こちらは雨です。

強風が吹く、という情報もありますが、今のところ無風。明日は晴れるようです。

今日は、この渦巻き犬(もうすぐ14歳)を、シャンプーに連れていきます。

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タラのタントラが好きということもあり

ブログに

「願望成就・願望実現」

というカテゴリーを設けています。

 

瞑想を継続していると

願望成就へのレールが突如出現する

プロセスが滑らかになる

という恩恵が得られるようになっていくので、それが面白くて、当初はせっせと記事を書いていたのですが…。

 

現在は

「願望成就・願望実現」

にあまり関心がなくなっています。

 

願望のとらえ方、在り方と、それとの関係性が変わってきたとでも言うのかな。

それに伴い

現実面での「お金」や「仕事」や「パートナーシップ」に

フォーカスしている方たちとの関わりが希薄になっていきました。

必然と言うか、それも流れだと思います。

 

「願望」について、私の現在感じていることを書いてみます。

それは「願望」という言葉のニュアンスとは、若干違うものなのですが。

 

正直言って

「お金」や「仕事」や「パートナーシップ」って

この世に生まれてきた存在にとって

「願望」の対象のうちには入らないと思うのですよ。

 

お金は増えることもあれば、減ることもある。

使うことで増えることもあれば、節約することで減っていくこともある。

 

仕事も順調と感じるときもあるし、流れが止まった感じがするときもある。

 

天職と感じる、

自分にとって心地よいことだけをしていれば、上手く運ぶ、というものでもない。

 

「できれば、こんなことはしたくない」ということをも含むのが仕事です。

 

 

パートナーシップも良好なほうがいいけれど

悪くなることで、気づきをもらえることがある。

 

やってくる縁もあり

完了する関係もあるのが当たり前なので

執着するようなものでもない。

 

すべてが動き続ける波。

波でしかない。

波は常に高いわけではなく、動きながら繋がっていく。

 

波に対して

変わらない、ある状態を望むのは「???」だと感じます。

 

ただし

日々のあれこれをおろそかにせず

向上心を持ち続けること

新しい創造を行なうこと自体に問題はありません。

 

私が今意識しているのは、自分が今在るところと、究極の地点、そのふたつ。

 

究極の地点は

瞑想などを通じて

ある程度探求してきているので

日常生活の現象的なところに何が起きても

揺らぐことがほとんどないし、起きていることにあまり関心を払いません。

 

嬉しいものであっても

うっとうしいものであっても

やってきた波に

対処・反応(+カッコつけて言えばクリエイション)はしますが

その波(経済/仕事/パートナーシップなどの変化)自体を大きなこと、人生の重大事とは感じないのです。

 

桃太郎が歩いていると、猿が来て、雉が来て、犬が来る。

わらを持っていたら、それとこれを交換してくれ、という人がやって来る。

風が吹くと、桶屋が儲かる。

 

何と何が、どう繋がっているかとか

なぜ今ここで猿が来たんだ?とかを

思考分析する必要はなく

 

やってきたことに対処するなり

そこで選択を行なうなりすれば、自動的に次の地点へと導かれる。

 

究極の地点と今の自分

ふたつを同時に感じながら

 

そして

両者のギャップ(狭間)

に起きたことを体験しながら

進んでいくのが

私にとっての人生であり

命の望むもの(感じる瞬間が途切れ途切れであっても、究極の地点は常に私とともにあるものだから)。

 

究極の地点とともにあるとき

「お金」も「仕事」も「パートナーシップ」も

どうでもよいものとなっていきます。

 

どうでもよいとは

日常的なことをおろそかにする

という意味ではなくて

 

それらが

主観的な幸不幸に関わる要素ではなくなっていくということ。

 

起きること

体験することの間の

主観的な大小や

優劣の差が縮まっていき、すべてが同等になっていく。

 

すると「願望」だと思っていたものが消えていく。

 

それら(「お金」や「仕事」や「パートナーシップ」など)が

自分自身の幸不幸に関わるものだと考え

それらを改善していこう

ブレイクスルーしよう

そんなふうに思うのが

よくある、この世的な願望実現の世界なのだと思います。

 

究極の地点と

今の自分のつながりが強固となり

常にともにあるなかで

生きるようになると

 

「お金」や「仕事」「パートナシップ」

の位置づけが変わり

それらについて体験する内容/質も呼応して変わります。

 

宇宙のサポートを、全面的に信頼できるように変化していく。

人生で何をしていても

何がどうであっても

そういったコトガラ的なことは、重要ではないことを実感するようになっていく。

 

それが私にとっての、瞑想を継続してきたことによって得ている恩恵かなと思います。

 

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