思考を止めたい場合

「考えるのを止める」のではなく

「言葉を捨てる」ほうが適切なのはなぜでしょうか?

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人によっては

“考えるのを止めること=言葉を捨てること”

だったり

「『言葉を捨てる』ところまで徹底しなくても、『考えないようにする』ので十分なのでは?」、そんなふうに思ったりするかもしれません。

 

もちろん、それで上手く行く方は、それでよいでしょう。

 

私が身をもって

検証したところによれば

「考えないようにする」

ことで

“考え”が静まることはありません。

徒労です。

 

「考えないようにしよう」

と抑え込む力もまた

思考に由来するものだからです。

 

コントロールや抑制は、放棄とは、根本から異なります。

 

さらに

「言葉そのものよりも、考えてしまうことのほうが問題なのだ」

という前提に立つと

考えることが先にあって

言葉が後にあることになります。

 

言葉がなければ

考えることは極めて困難なわけで

「考えることが先で、言葉は後」

というのは道理に合いません。

 

「考えないようにしよう」

とすることで

「これは言葉を使っているが、私が判断するに、考えではないから問題ない」

「これは、静かにさせたい思考だ」

などと、マインドが、それ自身のなかで基準をもち、雑念をさらに分類する動きを展開します。

 

考えの上には考えがあり、考えの下にも考えがある・・・。

考えの多層構造を

マインドが

「重要なアイデア」

「重要でないアイデア」

「もっともらしい思い」

「とるに足らない思い」

等に分類し

そのなかをさらに

「今考えるべきこと」

「後回しにすればよいこと」

といったふうに、さらに仕分けていきます。

 

したがって、「言葉を捨てる」ほうがよいのです。

 

目の前にある物体を

さっきまでは「りんご」というラベリングで、私は呼んでいた。

 

しかし言葉を捨てたとき

それはあなたの記憶のなかにある「りんご」ではなくなっている。

 

指し示す言葉によって

現実を概念に変えて

処理していくのが人間という生き物です。

 

瞑想に限らず

日常の過ごし方においても

その動きを一時的にでも止めてみると、いろんな面白いことを発見できます。

 

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