本日の話は、犬がテーマのようですが、回り回って、瞑想に繋がります。

本日のニケさん

 

12月12日という

一見縁起の良さげな数字の並んだ日、

愛犬ニケ(14歳9カ月)は

抜歯&歯石取りの手術をする予定になっていました。

 

しかし手術前の血液検査により

腎臓の状態が良くないということが判明し

投薬で腎臓の経過を観察することとなり、手術は延期。

 

私はこのところ、仕事が忙しく

手術を控えた愛犬の健康問題に

始終フォーカスするだけの「ゆとり」がありませんでした。

 

・・・と書くと、

時間がたっぷりあって

犬の健康問題に向き合い続けて

微に入り細に入り、お世話を焼くほうが

どこかしら、人として深みがあって

温かいかのようですが

むしろ、犬の状態に一喜一憂する「暇」がなくてよかったと思っています。

(一喜一憂することで、犬の状態が悪くなることはあっても、良くなることはないので)

 

「愛」と「愛情」の線引きは難しいけれど

犬は、人間的な愛「情」を重く感じ、

それをストレスとして背負い込む、

というのが、10年以上、ニケと暮らしてきた、私なりの結論。

 

「『愛』はOKだけど、愛『情』過多は犬の負担になる」

「人間の関心や心配が自分に集中することに、犬は嬉しさより、むしろ不安を感じる」

(違和感のある方は、私の犬に限った話として聞き流していただいて結構です)

 

それらは、大きく言って、2方面から説明することができます。

 

ひとつは、「犬の本能」に由来するもの。

生きる原理における優先順位が、犬は、人間と異なります。

 

細やかに愛情を注ぎ

長時間を共に過ごしてお世話する、身近なお母さんよりも

在宅時間が短く

犬の世話をするわけでもなく

家の中でちょっとばかりエラそうにしている

距離感の遠いお父さんのほうを犬が慕う。

これは、よくあることです。

 

犬は、強く、自分を安全に導くことのできる

能力を保有している者を慕い、付き従う。

ゆえに自分(犬)のことを何だかんだと心配し

世話を焼き、

感情やメンタルが揺らぎまくる人間から

意識を集中的に向けられ

構いだてされると

犬は本能ベースでの不安や混乱に陥り

同時に生理的機能のバランスも崩れます。

 

自分の命の安全・存続を手に入れるために

強者の庇護下に入ることをよしとするのが、犬の本能。

犬が遊びに誘うポーズを取ったり

一見フレンドリーな素振りを見せたりすることがありますが

これも、無用な争いを避け

自分なりのポジションを確保するための本能的な知恵が根本にあり

人間が、よく分からない人に対して

自分から進んで挨拶をするなどして身の保全を図るのと同じです。

(野生の強い犬ほど顕著だと思います)

 

こちらも、本日のニケさん

 

もうひとつは、人間側の抱える問題を

より繊細で敏感である犬のほうが察知して受け取ってしまうという「構造」によるもの。

一見すると

人間が世話をしているように見えますが

外側からは分かりづらい

人間の闇の部分のお世話を犬が引き受けている。

これは犬の、大きなストレスになっています。

(犬が好きで大切かもしれないけれど、人間が犬に何かを投影し、寄りかかって生きている状態です)

 

うちの犬は、

物静かで温厚に見えるようですが

その実、ものすご~~~く敏感です。

 

高齢で耳が遠いので

「散歩に行くよ~」と大声で叫んでも、どこ吹く風。

気がついてくれません。

目はまだ見えるようで

近寄って行き

目の前にお散歩バッグを示すと、大喜びして玄関に向かいます。

このように、肉体的な感覚器官は、徐々に衰え、鈍ってきています。

 

おかしな咳をすることがありますが

そういう時、別室からであっても、私が

「ニケちゃん、どうしたの?」

と声を掛けるだけで、

耳が聞こえないにも関わらず、瞬時に静かになります。

(心配波動の言葉かけでは逆効果。咳は止まりません)

 

反対に、私が予期せぬことに動揺したり

理由が悪いものではなくても

心的なエネルギーが動いたりすると

(「これをするのを忘れていた~、どうしよう」的なものであっても)

それだけのことで

やはり別室にいたとしても

ニケが、途端にガサガサと動作を始め、落ち着かなくなります。

呼応するように、フガフガ言い出すこともあります。

 

うちの犬が、不可思議な態度・行動を示すとき

その出発点は、私にあることが多いのです。

 

私は、世のほかの人たちに比べると

内面の上がり下がりや

揺れの少ない人間であると思いますが

 

私を出発点とした

本当に小さな

微妙なエネルギーの動きや変化にも

うちの犬は、たちどころに反応します。

 

飼い主は、揺らぎの中にあっても、不動であること。

 

ニケと一緒に暮らす中で、

私が最も強く学んだのが、それです。

 

揺らぎは絶えずある。

いろいろなことが起こり

一喜一憂することもあります。

 

それでも

自分が、人生の波の上や中や下にあり

自由度高く、常に移動し続けながらも

波のうねりとともにある以上

自分自身は全体から見て、不動の状態にあり続けることができる。

 

瞑想者であれば、自ずと体得していく境地と同じものが、飼い主と犬との関係のベースにも求められます。

 

瞑想中につながっていた「空(くう)」が日常にも溢れ出し

自分自身が「空(くう)」となって生きれば

そこから、どのようなうねりが生まれても不動です。

 

 

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