先ほど、雪がチラついていました。

そんなときに、こんな写真を見ると寒いです・・・。

いろんな瞑想法のあるなかで

私がフルフィルメント瞑想を継続できた理由として

「ヨガ(アーサナ)や体操と併せて行なわなくても 『心身の不調(偏差)』 を招くことが少ない」というものがあります。

 

ひょっとしたら

フルフィルメント瞑想の実践により

「心身の不調(偏差)」を招いたことのある方もいるかもしれませんが

少なくとも私は、深刻な状況に陥ったことがありません。

(カルマの解放として、心身に不調和を感じたことはあっても、短くて数分、長くて1カ月以内に、そのプロセスを完了しています)

 

頭ばかり使い、修行に明け暮れる禅僧は、禅病になりました。

(禅病の症状 ⇒ のぼせる、頭痛、冷える、耳鳴り、胃腸の不調、ノイローゼ、鬱状態 など)

 

問答と瞑想ばかりしていて精神に変調を来たさぬよう

チベットの僧たちは

瞑想の前に「チベット体操」をしました。

 

インドにおいて

ヨガのアーサナ、呼吸法等と

瞑想がセットで実践されてきたのも

スシュムナやチャクラに集中しての瞑想ばかりをしていると

心身の調子を崩すので、バランスを整えるためです。

 

瞑想によって何がしかの境地/効果を得ようとするとき

それに先立っての体操や

ヨガのアーサナ、呼吸法などを行なう必要がある、とされてきました。

 

そのプロセスに

相応の時間(1~2時間)を要することが

忙しい現代人の瞑想継続を

困難にしていた面があるように感じます。

 

フルフィルメント瞑想においても

瞑想に先立って

体操、ヨガ(アーサナ)、呼吸法を行なわないよりは

行なうほうが

エネルギーの通りがよくなり

バランスが整うため

好ましいとは言えるでしょう。

 

しかし

●それらの準備運動をすることなく、ただ30分間の瞑想をすればよい

●結跏趺坐や半結跏趺坐といった、馴染みのない座法をとる必要がなく、イスに腰掛けての瞑想でよい

という点が

私にとってはラクであり

受け入れやすかったと言えます。

 

心身のバランスを崩すことが少ないのは

“身体のどこか” や

“マントラ” や “ヤントラ” へ

意識を集中し続けることがないので

決まったところにばかり、『気』 が集まるということがなく

 

「『無』にならねばならない」

「ある状態(三昧とか)にスムースに入れないようではダメだ」

「集中を欠いてはならない」

といった精神面からの縛り(ストレス)もなく

 

『ただリラックスして座り、“マントラ” と “ヤントラ” に委ねるだけ』

というのが大きいと思います。

 

そんなフルフィルメント瞑想に満足してきた私ですが

今年は、身体に意識を向けた瞑想法にも取り組んでみようと思っています。

 

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