漬けた梅(ひと瓶目)の天日干し1日目。

ときどき雷鳴が聞こえたりと

天候が安定していないけれど

今日干したいから、今日干す(笑)

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さて

「どんな瞑想よりも、フルフィルメント瞑想を愛する」

多くの瞑想教師のなかで

 

私は、恐らく異色であり

「フルフィルメント瞑想は、私が愛する3つの瞑想法のうちの1つに該当します」

というタイプの人である

前回の記事で書きました。

 

ほかにも愛好している瞑想法がある分

フルフィルメント瞑想の優れている点についても

もちろん、その逆についても

よく分かっているつもりです。

 

フルフィルメント瞑想の良さを

ほかの何かに喩えてみましょう。

 

小学校6年生の夏休みに

ロサンゼルスのディズニーランドに行きました。

ロサンゼルスでは

初めてマクドナルドにも行きました。

 

どちらもビックリの世界でした。

 

お若い方には分からないかもしれませんが

日本にはまだ

ディズニーランドがなかったし

(東京ディズニーランド開園は1983年)

 

マクドナルドの日本上陸は1971年のことで

しかも1号店の出店先は銀座三越と

地方の庶民には

気軽に利用できない存在でした。

 

テーマパークも

ファストフード店も

それまでの日本には存在しなかった文化。

(“おばけ屋敷” と “立ち食いそば屋” はあったでしょうが、アメリカナイズされたもの、という意味で)

 

トータルのシステムに破綻がなく

人間味がありながらも

工場のように仕事が流れ

誰がスタッフやキャストとして働いても

うまく機能するマニュアル(ガイド)があり

全体のオペレーションが

合理化、統合されている。

 

有形無形の働きに無駄がなく

お客さんが求めるものを

安定した品質で

安定した時間内で提供する。

 

日本文化に浸ってきた

お客の立場からすると

その世界観が

不思議の国過ぎるので

体験していて飽きない。

(大人としても歳を取った今の私は、既に非常に飽きているけれど)

 

そこには

「アメリカって、凄いな」

という夢と憧れの世界が繰り広げられていました。

(昔の日本人には、アメリカに憧れを抱く人が多かった。・・・戦争に負けて、日本にGHQが入ってきたからかもしれない)

 

説明が長くなりましたが

私にとってのフルフィルメント瞑想は

それら(ディズニーランド、マクドナルド)と似ています。

 

・合理的で無駄のない仕組み

(マントラ、ヤントラ、瞑想のプログラム。必要なマテリアルが整備されている)

・お客さんの求めるものに対応したメニュー構成

(プログラムの各マントラと対応する効果が分かりやすく表現され、段階を追って整理されている。したがって、瞑想に何を求めるか、目的意識のはっきりした人向き)

・特徴のある各マントラによる瞑想から構成される、トータルでの瞑想の完成を実現

(ひとつのアトラクションとしても、トータルのテーマパークとしても、完成度が高い。先に進みたい人にも、そうでない人にも対応可能)

 

瞑想に何を求めるでもなく

捨てて捨てて捨てまくる

“只管打座 (ただ座禅する)”

の世界が好きな人にとって

 

瞑想のテーマパークみたいなところで

(「ここはハートの国」、「ここは豊かさの国」とか。実際には、決まったマントラで30分瞑想するだけですが)

「瞑想を楽しみなさい、瞑想で、そしてエネルギーで遊びなさい」

という世界は

しっくりこないかもしれません。

 

しかし

アメリカ的な合理的文化に慣れた

若い人や忙しいビジネスマンなどには

受け入れやすい世界なのではないでしょうか。

(人生を楽しむことができるのは、死ぬ間際よりも、早いうちからのほうがいいし、多忙な日々の生活で「ただ座る」ことに、時間を取ることができる人は多くない。成果を早く得られるほうが良い、という判断をする人はそれなりにいることでしょう)

 

「ダイエットならこれ」

「ビタミン補給はこれ」

「スタミナ補給はこれ」

と機能によって

商品が分かれている

ドリンク剤(機能性飲料)のように

機能性の瞑想をしたいならば

フルフィルメント瞑想は頭抜けて優れていると感じます。

 

もちろん、優れているところもあれば

そうでないところもあるわけです。

 

「極めて、極めて個人的な見解ですよ」

というのを大いに強調いたしますが

“悟り” とか “覚醒” とかの境地に

フルフィルメント瞑想によって至った方もいらっしゃるようですけれど

そちら方面には

あまり向いていないのではないか

と思いますね。

(つづく)

 

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