このところ、思い出したように、観音マントラで瞑想をしています。

ヒーリングマントラである

この瞑想では

胸部と腹部に、心地よいフラボノイド感が広がっていきます。

(感じ方は千差万別と思いますが、私の現状はそのようである、ということです)

 

さて

瞑想に限らず、いわゆるスピリチュアルなツールを活用する場合

“巨視的な視点” と “極微な視点”

自ずと両方の資質が備わるように導かれていくのが

自然であると思います。

 

ところが

なぜか多いのは

“極微な視点” だけが強化されていく、というもの。

 

「私は今、〇〇な感じがする」

「〇〇に呼ばれている/導かれている感じがする」

「〇〇の道が閉ざされたのは、今がそのときではないからだ」

「〇〇が上手くいかないのは、もっと私にふさわしい道があるからだ」

「私の〇〇(ハート、肝、子宮)はこう言っている」

etc.

 

人間が、自分軸で

よりハッピーに、摩擦少なく生きるには

“物事に対する解釈” を変えるのが早道です。

 

潜在意識のブロックを取るとか

設定や前提を変えるとか。

それらはマインドの枠組みや

解釈のプログラムを取り換えて

人生を再スタートすることを意味します。

 

“物事に対する解釈” を変えるのは自由であるし

それこそ自分自身によってしかできないことであるし

それで生きやすくなるのであれば

積極的に取り組むと良いと思います。

 

しかし

自分にとって都合の良い解釈「しか」しなくなる人というのが

精神世界に首を突っ込んだ人達からベテランまで

ときどき見られます。

(ひょっとしたら、「それしかしなくなる」のではなく、「それしかできなくなる」のかもしれない)

 

人間、どこまで行っても

自分という主観を通してしか

物事を見ることはできません。

 

“客観的に見よう” とすることは可能かもしれませんが

“正真正銘の客観” はありえません。

 

しかし

その人のスピリチュアリティが磨かれていったならば

肉体寄りの感覚(感情・思考・直感など)を通して主観的に物事を見ることのほかに

高次の知性(ロゴス)からの直観(広大な透視図)が降りてくるはず。

(高次の知性とは、情緒的な “促し” ではなく、明確な “理” である)

 

すると、極めて広いものと、極めて小さいものを

同時に眺められるようになります。

 

私も、このような仕事をしておりますし

今後も自分の関心の範囲においては

細々と継続していくのかもしれませんけれど

スピリチュアルの “ビジネス街” からは

遠いところで

畑でも耕しながら生きていく予定です。

(こういう世界は、もうお腹いっぱい)

 

なので

ぶっちゃけた話をしちゃいます。

 

とってもすごいらしいヒーラーさんとか

とっても人気があるらしい占い師さんとか

素晴らしい技術や能力、経験をお持ちなのだと思うのですが

そうであるにも関わらず

とっても私の心を冷やす瞬間があります。

 

“極微な視点(技術・能力)” が素晴らしくとも

“巨視的な視点(ロゴス視点)” に欠けているときです。

 

いつだったか忘れちゃいましたけれど

すごい能力だという情報に触れたので

数十分ウン万円のヒーリングを受けに行きました。

(すごい能力というのが、一体どういうものなのかを体験しておきたかった)

 

ヒーリングは高額なので

よほどのことがない限り

再び行くことはないと思いますけれど

良かったです。

 

そこに居合わせた方たちと

そのヒーラーさんとの会話を

聞くとはなしに聞いていました。

 

愛知県に

地震などの天災が少ないのは

あるスピリチュアルヒーラーが県内にいて

その人のご加護があるからだと。

 

来週だか、再来週だかに

そのスピリチュアルヒーラーと

私がセッションを受けたヒーラーが

どこか遠くでコラボのセミナーを開くらしく

愛知県と関西の一部が空く。

 

なので

その頃、その辺りに地震が起きる怖れがある、と。

 

目が点になりました。

日本の人口は1億人以上。

特殊能力者はずっと少ないかもしれないけれど

日本の霊的次元を

あなたがた2人だけが背負っているわけじゃございません。

(満月、新月、夏至、冬至、なんとかゲートが開く日とか、いろんなワークをしている人って、中部地方にもたくさんいると思うのです。私はしないけれど。たとえば首都圏は地震が多いですが、スピリチュアルヒーラーもたくさんいると思います)

 

また、占い師のブログには

「今日は〇〇星と、〇〇星がなんとかだから(スクエアとか、オポジットとか、そんな感じ)、大雨です。星の運行の影響は、見事に天候にも表れますね」

などと書いてあったりします。

あなたの地方は雨かもしれぬが

私の住む地域は、またとない快晴なんだよね。

 

宇宙とか、エネルギーとか

すごく広いところを専門分野としているわりには

現実世界に関して

びっくりするほど視界が狭い。

 

能力や技術を信頼して

何かを依頼するのはいいような気がしますが

そういった人達を

これまた自分に都合良く解釈して

偉人・聖人・救世主のように神格化する信者たちというのも

何だかなあ~と思います。

 

この世(特にスピリチュアルな世界)は

珍奇珍妙なことだらけなので

盲目的に何かを信じるのは

よしたほうがよろしいです。

 

遠回りに見えても

外部の言うことに左右されず

“巨視的な視点(ロゴス視点)” と “極微な視点” に基づいて

自分だけの創造へと向かうのが

最善の道と思います。

 

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