今朝、プロスペリティマントラで瞑想をしました。

プロスペリティの瞑想をしている方はご存じですが

瞑想の最後の5分で

豊かさの女神である

ラクシュミからギフト(金貨)を受け取ります。

 

常日頃の瞑想では

この最後の5分の段取りを忘れることが

ほとんどです。

 

でも

「たまには、きちんと受け取ろう!」

と決めて瞑想したんですね。

 

すると

ラクシュミが私に渡してくれたのは

「何やら、ラテン語みたいなもの(少なくとも日本語ではない)が刻まれた石のプレート」。

 

それに近いフリー画像を探しました。

しかし、見つからなかったので

私の母校本館に刻まれている文章など。

 

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東京女子大学本館

「凡そ真なること」

イエスの言葉で「私の言葉に止まるならば」「『真理』が全ての源、本質である」。

つまり「思いと言葉と行為において真実を生きる」という意味/使徒パウロによる「フィリピの信徒への手紙」第4章より。

 

この瞑想では

ラクシュミから金貨をもらいます。

(金貨をくれるとは限らないのだけれど、こちらからの要請としては金貨なのですね)

 

私としては

荷物になるし、重さもある石なんぞ

使い途に困るので

ありがたくない。

 

「私が欲しいのは、何に使ったらいいのか分からない、こんな石の板ではありません。人生のすべてが豊かになるような、キンキンキラキラしたものを、たくさんください」

と訴えました。

 

ラクシュミも

「仕方ないねえ」

と思ったんでしょうか。

 

第3の目から

金色の液体を大量に注ぎ込んでくれました。

 

「お金って、いっぱいあると嬉しいし、それを使っていろんなことができるから、それなりに欲しい」

と顕在意識では思っています。

 

しかし

本当の私(「空(くう)」とつながっている魂)は

別のこと(すべてが真実であり、真理である人生)を望んでいるような気がしてきました。

(そして、ますます浮世離れしていくんだね。これが私の望みかいっ・苦笑)

 

ラクシュミがくれたように見えるけれど

ラクシュミとは

深い所の願望を伝える私自身なのかもしれません。

 

みなさん自身のラクシュミは

何を伝えてくれますか?

 

ちなみに

最近は第3の目に意識を置いた瞑想をすることが多くなっています。

 

まだまだ分からないことだらけですが

この領域の深耕・開発は面白いと感じます。

 

 

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