明けましておめでとうございます!

こちらは現在、雪が降っています。愛知県なのに、雪で始まる新春です。

積もるのでしょうか?

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さて、残された質問につきまして。

「自分にオッケーを出すというところも、自分の何にオッケーを出したらいいのか、その辺をちょこっと解説していただけると、すごくありがたいです。」という部分ですね。

 

一言で言ってしまえば「すべて」にです。

ジャッジ的表現にはなりますが、「いいところ」も「悪いところ」も「すべて」ですね。

 

無理してポジティブに

「さあ、すべてにOKを出すぞ。自分の人生のすべてを、微笑みをもって受け入れるぞ」

という構えを作って、頑張るのとは違います。

 

「バケツリレーみたいなもの」を想像してみてください。

回ってきたバケツから、水がこぼれぬように、その行為になりきって、淡々と次に回す。

 

回ってきたバケツと水に、いいも悪いもありません。

でも、「今ここ」にいない状態でバケツを扱うと、中の水をこぼしてしまいます。

それは、あなたが「今ここ」で取り組むことになっている課題への対処に

ムラやジャッジ(関心を払っている/いない、行為に対する好き/嫌い)があることを示しています。

 

一旦バケツを渡した後は

「あのバケツはどうなったのか、水はこぼれなかっただろうか」

と、そのバケツについて心配をする必要はありません。

 

あなたは過ぎたバケツと

これから来るバケツのことは忘れ

そのとき自分のところに回ってきているバケツと、「今ここ」にあればよいのです。

 

そういう状況にあるとき、人は自分をジャッジしていません。

「全面的にある」ことが、結果として「すべてにOK」を出します。

「私はこれにOKを出す/出さない」とかと、マインドで態度を決める必要はありません。

わざわざ意識しなくてよいのです。

 

赤白タラでのカルマ解放が進んでいれば

カルマのないスシュムナを流れる

最高波動のひとつである金のエネルギーが

感情や信念体系のスクリーン(カルマ)を通して働く、

 

つまり赤と白のカルマに翻弄される、ということが少なくなってきます。

 

この世的には長所であろうと、短所であろうと

それらが、その人にふさわしい「果実」を連れてきます。

 

金タラの実践に入ってからも

物事がスムースに流れない

豊かさがやってこない、という場合は

赤白タラをまだ十分なまでに、やり切れていない、ということも考えられます。

 

瞑想体験としては

赤白タラよりも、金タラのほうが伸びやかで平安なことが多いので

金タラの心地よさに交えて、赤白タラでの瞑想も継続していくほうがよいかもしれませんね。

 

「タラを始めたら、人生えらいこっちゃ」なモードに入ったと感じる場合、もうひとつ考えられるのは次のようなことです。

 

かつての人生ならば、2~3年かけて起きてきたようなドラマが

動きの大きいタラのタントラにより

わずか2~3カ月間での出来事となるので

その急展開ぶりに混乱することがあります。

 

既に述べた通り、「カルマはダルマの一部」なのですが

全体を通じて流れているダルマ的側面ではなく

日常の細部に姿を現すカルマ的側面に注目する、ということになりがちです。

 

リクエストのありました、ナディ、セン、スシュムナという言葉の解説は次回行ないます。

雪が激しく降ってきました。

少し前に、弟を車で送り出してきたんですが、とてもよいタイミングでした。

これからの時間、食糧も灯油もたんまりあるので、どこにも行く必要がありません。雪見酒かな。

 

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