確定申告のシーズンです。

なぜか

私の仕事ぶり(経理業務)を見張りにやってくる愛犬。この姿勢のまま、ずっとたたずむ。
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さて、昨日の記事の補足(まとめ)から。

・フルフィルメント瞑想(タラのタントラを含む)は、願望実現に使うこと「も」できるツールです。

・瞑想をツールとして使わなくても、願望実現は可能なので、瞑想に頼ることはありません。

・大きな流れを既に掴んでいる人のほうが、支流の願望を実現することが容易です。そういう人は、支流の願望を絶えず意識していなくても叶います。

・願望がなかなか実現しないと感じる場合は、願望成就よりも、カルマの解放に軸足を移すほうが、結果として確実です(急がば回れ)。

・フルフィルメント瞑想をしているからといって、願望実現のために瞑想をしなくてはいけない、というものではありません。

・願望成就を目的としなくても、フルフィルメント瞑想は、あまりある恩恵をもたらしてくれるツールです。

 

私について言いますと

タラプログラムであろうと

プロスペリティであろうと

マハラクシュミであろうと

ラブマントラであろうと

 

まずは瞑想中に

「ここで願望を投げよ」

「ここで受け取れ」

というタイミングを逸することが多く

(瞑想しているうちに、忘れてしまうんですよ)

 

たまたま何か投げたとしても

何を願ったかを忘れてしまい

結果として

叶ったのか叶っていないのか

判別がつきがたいのですが

 

人生や生活のなかで

「こうなるといいなあ」と思っているものは、あらかた実現してきています。

 

物事の起こるタイミングや相互の関係性も

一見すると、上手く行っていないように見えるときでさえも、その陰に、完璧さを見出します。

 

では、「瞑想で願望を成就したい方」が留意するほうがよい点とは。

①ある程度の瞑想歴をもつか、カルマの解放が十分な段階にあること。

②願望はあって当たり前、否定するものではありませんが、願望に執着しない自分でいられること。

③執着とも関連しますが、神や仏にすがるかのように、瞑想というツールにすがらないこと。

④自分の願望の表面的なところ(条件)を見ず、深い欲求を感じる習慣をもつこと。

⑤意図と執着の違いを理解すること。

 

潜在意識系の願望成就プロセスにおいては

ブロックを解放する、ということをします。

ブロックがあると

願望自体がブロックを反映するものになったり

願望成就の障害となったりするためです。

同様なことを瞑想を通じて行ないます。

それが、カルマの解放です。

 

②と③

個人的な感覚ではありますが

「絶対にこれを手に入れないと、私は幸せになれない」とか

「絶対に、私の人生にはこれが必要だ」とか

「絶対に叶えてやる」とか

という執着、願望を特別視する姿が

私の目には

「願望とは叶いにくいもの」

「その条件を手に入れない限りは、自分は無力」いう前提に立っているように見えます。

その前提が、願望を叶いにくくするように感じます。

願望はあっていい。

でも「それが叶わないと、自分の人生はどうなってしまうんだろう?」というような、不安・心配は横に置いてください。

 

「ダルマの流れに乗り、自分の人生をマネージし、いろんな可能性を開拓し、人生を充実させ、豊かで楽しいものとしたい」ってことですよね?

人生で起きてくることは

いいことも、悪いことも

そちらに向かう、きっかけを与えてくれています。

自分で設定した細かな条件のほうばかりを見て

「私の願望は成就しない」と思い込まないことが大切です。

 

これについては、次回の記事で書きます。

 

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