この1月、タイにて、私が滞在したバンガロー。

居心地がよかったです。

次回も、この部屋に泊まりたい。

ベンチ座面とテーブルの高さが同じなので、サイレンスの際の食事には不便でしたが・・・
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本日の記事は、「願望成就シリーズ」のおまけです。

ボブさんは、タラのコースのなかで

「願望においては、執着も利害を伴うものもOK。瞑想を続けることでそれが一番よいように解決される。問題なのは、利害関係はいけない、執着はいけない、と抑圧すること」

というお話をされたようです。

 

私も、注釈つきにはなりますが、その通りと考えています。

(私は、その場にいなかったので、ニュアンスに対する誤解もあるかと思いますが、ご容赦を)

 

一見すると、利害の絡むことのように見えても

「その人の道の上にあること」ならば、叶うと思います。

 

その人が、「本気になる」きっかけが、利害という目先のことなのかもしれませんしね。

執着も、一旦はしてみるほうがいいでしょう。

 

特に、なかなか叶いにくいと思われる願望の場合

強引にプラスの方向に引っ張る力が必要になる場合もあります。

 

でも、私の感覚においては、

「願望が大変なこと、おおごとだからこそ、執着するのは当たり前。執着するくらいでないと成就しない」(気合だ、掴め、押しまくれ)

というよりは

「どの程度、真剣に欲しいと感じ、それを宇宙に伝えられるか、が流れを左右する」

という表現になります。

 

また、「瞑想を続けることでそれが一番よいように解決される」という言葉にウソはなく

「自分にとって利する展開になる」

「執着によって、願望が成就する」

とは言っていないわけです。

つまりは、「収まるところに収まる」ということですよね?

 

「まずは利害に関する願望であっても、執着であってもいいから、成就を願ってみないさいよ」と。

モノによっては叶うでしょうし

手ごたえゼロかもしれないし、

ガツーンとくるような体験がやってくるのかもしれないし

瞑想しているうちに

自分の損得にしがみつく自分が、どこかに消えていくのかもしれません。

 

ボブさんの言葉のポイントは

「問題なのは、利害関係はいけない、執着はいけない、と抑圧すること」

という部分だと、私は思います。

 

抑圧は「カルマ(ブロック)」を作り出します。

あるものを「ない」ことにし

「これはいい/悪い」というジャッジをし

表面的なところを整えることで、ストレスを少しずつ蓄積していきます。

 

 

そして

「利害関係/執着の奥にある、自分の動機や気持ちに気づく」

「執着しなくても願望が成就することに気づく」機会は

利害関係を巡って動いたり、何かに執着したりする体験があることによって生まれるのです。

 

「する前の抑止が大切」なのではなく

「その行為を通して、自分で、利害へのこだわりや執着の正体を見出しなさい」ということですね。

 

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