エベレスト街道の人たち―2003年

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2003年4月、ネパールへ行きました。手元写真等を見直してみると、主催者による行程記録の抜粋がありました。

資料を基に、エベレスト街道のトレッキング旅行についての記録を起こすことにしました。シェルパと子どもたちの写真のみ、まずは UP しておきます。

私たちのシェルパです。父と息子。息子さんの足元はビーサンです。もうひとり、青年(お兄さん)がいましたが、この写真には写っていません。

こちら(↓)は私達の荷物を運んでいたというよりは、同じルートで近くを歩いていることが多かった少年。私だったら、この荷物では10mも歩けません。大変な仕事です。相手はお父さんなのか、お兄さんなのか、泣き言を言って叱られている風もありました。

こちら(↓)は完全に別グループのシェルパです。多少なりともお金を持っている人達のレジャーのために働いているということが端的に分かります。自分達の仕事をどう感じているのかなあと思います。仕事があることが嬉しい、お金を落としてくれるので歓迎だ、ということなのか、できればこんな仕事はしたくない、いつか仕事を変えたい、なのか。

子どもたちです。考えてみれば20年近く前の写真ですから、今では大人になっているはず。通学途中の女の子がポーズをとってくれました。

更新しました。上のほうが新しい投稿です。

ネパールで買ったもの
カトマンズで可愛い、縁起の良さそうなポットを買いました。エベレスト街道ではポットに入った紅茶を行く先々で飲みました。以前チベットを旅行したときに欲しかったタンカも買いました。
女神クマリの化身とされる少女の手
ここから先は記録がまばらです。記憶もまだらです。ルクラまで戻って宿泊、カトマンズへ飛んで1~2泊して観光というのがざっくりした流れです。
シャンボチェ4000mで記念撮影。下山は余裕で楽しいわあ~
シャンボチェ4000m地点で記念撮影をしました。下山は余裕です。高山病になるからと禁じられていたアルコール類も解禁。ネパール産どぶろくか大変おいしいです。
2003年におけるネパールの新年!おめでとう!
ネパールはビクラム暦を採用しており、新年のはじまりが毎年変わります。今日はシャンポチェ付近を散歩した後、クムジユン⇒クンデと歩きます。
山屋の超人っぷりを目撃する機会が急増―シャンボチェ4000mに到達
空気のうす~いシャンボチェ4000mに到達しました。目に汗がしみるわあ(汗かきなので)。ナムチェバザールを過ぎた頃から、マジな山屋に遭遇する機会がグッと増えました。
ナムチェバザールでバザールを見る
ジョルサレを出て、ヒマラヤ登山の拠点とされるナムチェバザール(3450m)へ向かいます。ナムチェバザールではバザールを見ました。野菜や肉、日用品が売られていました。
いくつもの橋を渡りジョルサレの関所へ
谷あり、水あり、橋あり、人里ありで、歩くのってしんどいわあと思っても、それをはるかに凌ぐ魅力が山にはあります。パクディンを出発しモンジョへ経てジョルサレから国立公園に入っていきます。
パクディンへ。私以外はみな元気
最初のステップはエベレスト街道最初の宿泊地パクディンへの到着。私はグループのなかで最年少のはずですが団塊世代の健脚の足元にも及びません。
まずはバンコク⇒カトマンズ⇒ルクラです
お釈迦様の誕生日とされる4月8日に成田を発ち、なぜかバンコクで1泊して翌日カトマンズへ。カトマンズでさらに1泊しました。ホテルに大きめの荷物を残したうえで有視界飛行の飛行機に乗ってルクラへ飛びました。
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