伊勢へ行ってきましたよ~猿田彦神社&てこね寿司

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次は猿田彦神社です。

どんなところか知りませんが「さるたひこ」ですよ、「さるたひこ」。音の響きに惹かれて行ってみました。

天孫降臨を啓行(みちひらき)された猿田彦大神は、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を御案内した後、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と御一緒に本拠地である「伊勢の狭長田(さながた)五十鈴の川上」の地に戻り、この地を始め全国の開拓にあたられました。

そして、神宮第一の古典『皇大神宮儀式帳』等にあるように、宇治土公宮司家の祖先で猿田彦大神の裔である大田命が、倭姫命の御巡幸に際して、猿田彦大神が聖地として開拓された五十鈴の川上にある宇遅(宇治)の地をお勧めし、そこに皇大神宮(内宮)が造営されました。そのため宇治土公家はその後、神宮において代々「玉串大内人(たまぐしおおうちんど)」という特別な職に任ぜられ、式年遷宮で心御柱と御船代を造り奉るなど、重要な役割を果たしてきました。

「猿田彦神社」公式サイトより

…ということなのですが、ちんぷんかんぷんです。ほかの情報も交えて整理してみました。

  • 天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が、葦原の中津国を治めるために、高天原から筑紫の日向の襲の高千穂峰へ天降(あまくだ)った。邇邇藝命は天照大神から授かった三種の神器をたずさえ、高天原から地上へと向かう。途中、猿田彦大神が案内をした
  • 猿田彦大神が勧めたことにより、内宮が五十鈴川の川上に作られた。
  • 神社本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造。欄干や鳥居には八角形の柱が使用されている。
  • 5月5日の御田祭は、神田に豊作を祈って早苗を植える祭りで、植方が桃山時代の風俗衣裳をつける。三重県の無形民俗文化財に指定されており、神饌として飛魚を献上する風習がある。

御田祭は神社の裏手にある、ここで行われます。

また上記の日本神話の経緯により、猿田彦神社は「道ひらきの神様」と言われています。

方位石という開運石みたいなものがあり、触れる順番によって開ける運が違うようです。

後から調べると

  • 仕事運  亥→卯→未
  • 金 運  巳→酉→丑
  • 家庭運  申→子→辰
  • 人気運  寅→午→戌

らしいのですが、友だちが教えてくれたのが「金運」と「人気運」で、金運は3つのうち、ひとつの文字を見つけることができなかったので「人気運」の順序で触ってきました。

猿田彦神社を後にして内宮方面へ向かいます。伊勢街道の「すし久」で「てこね寿司(梅)」をいただきました。1310円でした。もうひとランク上の(竹)は700円上がります。天ぷらがつきます。天ぷら分700円をどう評価するかですね。私たちは「天ぷらが増えるだけで700円なら止めておこう」という選択をしました(公式ページを見るとなぜか1930円となっています)。

お味はよろしいです。お刺身の下は混ぜご飯で手が込んでいます。お刺身も大きくて分厚く、このメニューに関してはお値段を裏切っていません。地味なポイントにはなりますが、赤だしが大変おいしかったです。

伊勢志摩の郷土料理の一つ「てこね寿し」。かつお漁が盛んだったこの地域の漁師が持って行ったご飯と、とれたての魚をその場でさばいて醤油に漬けて手で豪快に混ぜて食べたのが始まりとされています。すし久のてこね寿しは、地元・御絲産コシヒカリの酢飯の上に甘辛い醤油に漬けた肉厚の鰹の切り身がのっています。

「すし久」公式ページより

検索すると「おかげ横丁」にあるかのように書かれています。実際には「伊勢街道」沿いです。

いよいよ内宮へ向かいます。

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