2003年の「ヒマラヤシャンボチェトレッキング」の記録です。主催は当時通っていたヨガの先生。山が好きで、山岳ガイドもしていたようです。メンバーは先生の山友達、そこにヨガの生徒が加わった感じです。団塊の世代が多く、若い頃から山やハイキングを好んできた方たちと思われます。
先生のサービス精神の旺盛さのお陰で残されている記録があり、それを基にこの旅行記録を書くことができます。ありがたや、ありがたや。今になって分かります。記録は大切です。
「旅行はその瞬間の体験こそが宝、一期一会」ではありますが、後日振り返ることができると、二度も三度もおいしくご飯を食べることができます。
先生の描いたイラストです。
お釈迦様の誕生日とされる4月8日に成田を発ち、なぜかバンコクで1泊して翌日カトマンズへ。バンコクは連日40℃超えだそうで、異常気象だと言っていました(今に至るまで地球はずっと異常気象)。
そうそう、思い出しました。この時期はSARS(重症急性呼吸器症候群)というのが流行っていました。マスクをして飛行機に乗ったことを覚えています。
もうひとつそうそう、アルピニスト野口健氏と同じ飛行機でした。野口氏は濃い顔の小柄な人でした。
カトマンズでさらに1泊。大きめの荷物をホテルに残し、有視界飛行の飛行機に乗ってルクラへ飛びました。
カトマンズはこんな感じで、ホテルの庭はこんな感じでした。
カトマンズ⇒ルクラの小さな飛行機は操縦室が見えて楽しいです。
ルクラに着きました。ここから出発します。