フレディ・ハイモア結婚ということで「ベイツ・モーテル」について語ります

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これは2018年1月に、ほかへ投稿した記事です。ごく最近、ネットニュースで「フレディ・ハイモア(29歳)結婚」と見かけたことがきっかけで、「そういえば昔『ベイツ・モーテル』について書いたっけ」と思い出しました。

私はNETFLIXで観ましたが、現在はラインアップに見当たらず、Amazonプライムビデオならば視聴できます。とにかくフレディ・ハイモア、びっくりするほどの演技力です。

ここからが昔の投稿。心理、精神分析寄りの内容です

昔、ヒッチコックの「サイコ」という映画がありましたが、その前日譚(現代版)です。

モーテルの経営者ノーマンは、母ノーマの溺愛と支配のストレスにより、母のパーソナリティを自分の内側に取りこみ、自覚的意図のないところで、もうひとつの人格として母を演じるようになります(母として母になり切って生きる、母の言葉を聞いた気がしてその指示通りに行動する等)。そんなノーマンの少年~青年期を描いたドラマが「ベイツ・モーテル」です。

青年期のノーマンを演じるフレディ・ハイモア(当時25歳)の演技力の高さに驚かされます。特に “内面に取り込んだ母ノーマ” の人格になっているときの、表情から何からの “瓜二つっぷり” 、放つオーラがただことじゃありません。

ノーマンはときどき意識を失い、ノーマンの意識と入れ替わるかたちで、母ノーマの人格(交代人格)になります。恐らく解離性同一性障害です。

そのような障害をもつ人たちの多くは、幼児期から児童期に強い精神的なストレスを受けた体験をもっているようです。ストレスの強い負荷の力が、その人をどのような状態に至らしめるかというと、その人の「人格面での弱い部分」に亀裂を生じさせ、異変を引き起こしていきます。

私たちは自分の内面にいくつもの人格をもっており、いろんな場面で異なった側面を表します。

それは、ひとつの交代人格で生きているときに、基本となる人格がどこかへ行ってしまい、その間の記憶がない、という解離性同一性障害とは異なるものとされています。一方で、複数の人格的側面をもち、日常の場面によって表出する人格に多かれ少なかれ違いが見られる、という点においては、解離性同一性障害も、障害をもたない人たちも同じです。

Wikipediaを読んでみますと

酔うと人が変わる。 散々暴言を吐いておきながら翌日にはそのことを覚えていない。 相手によって態度や発言が変わる。 おとなしい人が突然激昂する。 これらは普通の人間にもよくあることであって異常ではない。 時として自分の内なる声を感じるとか別の自分を感じることがある。 しかしこれも通常は人間の多面性の表れ、日常的な迷いや葛藤であって障害ではない。 障害でないだけではなく、正常な範囲の解離ですらない

とあります。

  • “解離性同一性障害 ⇒ 正常ではない”
  • “何かの拍子に人が変わって(他者の目に)理解しがたい振る舞いをする ⇒ 正常である”

と言っています。恐らく、連続した自覚的な自我意識があるかないかで判断するのでしょう。

善なる自分と邪悪な自分、穏やかな性質と暴力的な性質、他者への思いやりと破壊的な情動、それらはすべてひとりの人間の中にあるのが正常であって、刺激や環境によってそれらのどの部分が表出したとしても、それは異常ではない、ということです。

確かに、精神鑑定において責任能力を問えるかどうか等が問題となる状態と、責任能力のある人たちにおける複雑な内面の表出の間には、識別のライン引きが必要です。

それはそれとして、異常と正常は連続したメビウスの輪のようなものであり、正常の延長線にあるのが異常であり、異常の延長線にあるのが正常であると私は考えます。普段意識しないかもしれませんが、例えば、驚くほど親に似たふるまいをする自分になっているときがありませんか?連続した自覚的な自我意識があるかないかは違えども、他者の人格を自分に取り込んでいることに違いはありません。

私たちは見たもの、聞いたことを正しく認識し、客観的にも主観的にも考えることのできる存在であると、自分たち「人間」について思い込みがちです。しかし、私たちはそのような機能を持ち合わせていません。人間の認知・認識機能にはそもそも限界があり、それに基づく行動にも自ずと偏りを伴います。

「支配的な親をもつ子ども」も「共依存の関係性」も、「支配する親」や「共依存の関係にある他者」の人格を自分の内面に生息させています。

ノーマンの異父兄として、ディランという青年が出てきます。仕事が大麻の流通と、まっとうな稼業ではありません。

しかしディランが、ドラマに出てくる人物のなかでは最も標準的(≒普通、ノーマル)な感覚をもっているのも興味深いところ。ノーマルとされる定点や視点を設けないと、視聴者にとって居心地の悪いドラマになるのかもしれません。

ここまでが昔の投稿

その後シーズン5まで観ましたが、ディランはますます人間の美徳・善の象徴のように描かれていきます。フレディ・ハイモアの演技はますます凄みを増していきます。

「ベイツ・モーテル」は残念ながらNETFLIXから消えました。しかし「グッド・ドクター 名医の条件」があるということに気づきました。これから観てみようと思います。フレディ・ハイモアが自閉症とサヴァン症候群を抱える青年医師を演じています。

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井上 あつこ

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