実話をもとにした犯罪ドラマといえば、以前こんな記事を書きました。
この話(↑)では、出会い系サイトを通して裕福な女性実業家デブラと知り合ったジョンが、彼女の莫大な資産を自分のものにするよう嘘と策略を重ねます。デブラの子どもたちは彼女が騙されていることを確信していますが、子どもたちから忠告されてもデブラはジョンの愛を信じているので取り合いません。
詐欺師と詐欺に遭う人の関係とは、すなわち支配者と支配される者です。詐欺とはマインドのゲームであり、いかに巧みに相手を操ることができるかがポイント。まずは安心させ、心理的な防御壁を崩します。最終的には相手の弱みと欲にいかにつけこむか、逃げ場を失わせて追い込んでいくかがカギとなります。
犯罪ドラマの面白さのひとつは、精神的な駆け引きを考察できることではないでしょうか。いかなる成育歴により、犯罪者としての素質を開花させるに至ったかも推察することができます。主犯と共犯も、支配者と支配される者という関係性であることが多いです。
ドラマ「ザ・サーペント」も実話を基にしています。大変な人気作、話題作というわけではないものの、とても面白いドラマです。”serpent” とは「蛇のような狡猾な人」を意味するようです。
犯罪は、その時代のテクノロジーの影響を受けます。
自称宝石ディーラーのフランス人、シャルル・ソブラジ(通称:アラン)は旅行客から奪ったパスポートに自分の写真を貼り付けて偽造します。それが通用したのは1970年代だったからで、今だったら、そのような雑なやり方で出入国審査の目をごまかすのは難しいことでしょう。もっと別の技術を駆使しての偽造が必要となります。
タイで2人のオランダ人旅行者が行方不明になります。オランダの在タイ外交官クニッペンバーグがシャルル・ソブラジ(通称:アラン)を怪しみ、独自に調査をスタートするところからストーリーが始まります。アランは宝石ディーラーを自称し、バンコクでたくさんの人を集めてパーティーを頻繁に行っていました。アランたちが滞在した「カニット・ハウス」は、狙った獲物を宿泊させ、油断させ、薬を盛ってパスポートや金品を奪う場でもありました。
当時はヒッピームーブメントのさなかであったことから、魂の救済、体制や物質主義からの自由を求める欧米人が、タイやインド、ネパールなどへバックパックで押しかけており、アランはそういう層(行方不明になっても目立たず、貧乏旅行をしていても、それなりの資産がある人たち)をターゲットにしていました。
今だったら「バンコクで怪しいパーティーを開いているフランス人に注意!あなたの飲み物に薬物を入れるかもしれない」とSNS等で拡散されそうですが、当時はアジアのどこかの街で旅行客相手に強盗を働いている人物がいても、限られた範囲での話題にしかなりませんでした。
オランダの外交官クニッペンバーグも、オランダ人カップルの殺害犯を見つけ出すために、新聞記事の切り抜きという、今どき誰もしないようなことを地道に行なっています。
アランの妻マリー・アンドレ・ルクレール(フランス系カナダ人、通称:モニク)は、アランと共犯関係にありました。「誰も自分と関わりをもとうとしない」「必要とされていない」と感じてきた彼女の自己肯定感の低さが、彼女自身をそのような状況へと導きました。モニクはアランの妻になる前、言われるがままに彼にお金を渡していました。彼女はそんな自分を憐れんで涙を流します。ときどき機嫌をとるかのようにアランからプレゼントがありましたが、それはモニクのお金が原資だったり、ほかの女性と調達した物品だったりで、彼自身が何かを差し出したものではありませんでした(ある意味でポンジスキーム)。
詐欺の定義は「加害者が被害者を欺いて、財産などの引き渡しをさせ、財産上の利益を得たり、他人にその利益を得させること」(刑法 第246条)です。アランの行為は “詐欺” に当たる部分もありますが、薬物を使って人を前後不覚にし、その財産を奪うという “強盗” や “強殺” がメインの罪状です。
アランもモニク以上に出自に関するコンプレックスを抱えており、誰からも必要とされない人生を送ってきました。彼は自己肯定感に欠けるモニクをうまく手のひらで転がします。マリーという名をモニクに変え、ファッションモデルという設定で生きることはアランからの提案でした。マリーとしてのカナダでの惨めな人生から逃げ出したかった彼女はバンコクへ拠点を移し、アランの望む妻モニクを演じることで彼の犯罪に加担することになります。後に “強盗” や “強殺” を重ねるにつれ「元のマリー」と「虚像のモニク」の間で葛藤が起きますが「ここまでアランとやってきたのだから仕方がない」と自分を納得させようとします。
アラン、モニク、アランの手下アジャイは、外交官クニッペンバーグや隣人ナディーンたちの尽力により追い詰められていきます。3人はタイ警察によって一旦身柄を拘束されます。しかし賄賂が幅を利かせるお国柄なので、事態が二転三転します。ことが思うように進まず、協力者もなかなか得られず、心を病み気味の外交官クニッペンバーグは、上司から休暇を取るように言われます。妻アンジェラと休暇を楽しんでいるとき、アラン&モニクの隣人ナディーンから一本の電話。その頃、モニクはアランとのパリでの新生活の実現を心の支えにしていました。舞台はタイ、ネパール、インド、パキスタン、アフガニスタンなどを転々とします。とってもドラマチックで、ドキドキハラハラする展開です。
[このドラマのみどころ]
- 1970年代のアジア(主に南アジアと東南アジア)のムード
- 犯人逮捕への使命感に燃えるオランダの外交官クニッペンバーグ。その妻アンジェラの気の強さと献身。結局のところ、クニッペンバーグにとって何者にも代えがたいパートナーだった
- アラン&モニクの隣人であるナディーンの無謀ずきる捜査協力。アランたちにいつバレるかと冷や冷やする
- アランの不気味さ。何をするか分からない冷血さ、恐ろしさ。あんな人は友だちのひとりにすらしたくない
- モニクの精神を追い詰め、支配していくアラン。少しずつモニクを共犯化していくプロセス、「支配―被支配」の男女関係を見ることができる。アランは、手下として働くアジャイ(推定インド人)も支配している
- 蛇はどこまで行っても蛇。最後に勝利するのは誰か
このドラマにはカトマンズの「クマリの館」が出てきます。私が旅行したときの写真(↓)とディテールが異なるので本物の「クマリの館」ではないと思います。クマリも本物ではないでしょう(ドラマに出てきたクマリは、どこかしら俗っぽかった)。
[ロケ地]イギリス、タイ