最後に気付きが訪れるサスペンスーインドのドラマ「ブリーズ~光と影~」

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原題は “BREATHE : INTO THE SHADOWS”。細かく見ていくと突っ込みどころの多いサスペンスドラマではありますが、なかなか面白い内容です。

本作を観て、ブラッド・ピットの映画「セブン」を思い出す人が多いようです。「セブン」は観ようと思って3回くらいトライしましたが、なぜか途中で飽きてしまい、最後まで視聴できたことがありません。「セブン」は評価の高い作品だったようですが “仰々しい物語” というのが私の受けた印象です。

ドラマ「ブリーズ~光と影~」のほうが、私に合っていたのでしょう(「セブン」と似ているのはごく一部についてだと思います)。

導入部あらすじ

シーズン1

精神科医のアヴィナシュは妻アバ、6歳の娘シヤとデリーで暮らしています。見たところ、彼らの生活は非常に裕福かつ幸せそうです。ある日、シヤは友人サラの誕生日会へ出席。サラの誕生日会もお金のかかった一大イベントで裕福な家柄であることがわかります。そしてシヤは誕生日会から姿を忽然と消します。

父アヴィナシュは誘拐犯の要求に応じることを覚悟します。しかし数カ月もの間、犯人からの接触はありませんでした。その後、犯人が求めてきたのは身代金ではなく、アヴィナシュの手によって、ある人物を殺害することでした。

アヴィナシュは犯人から接触があったことを警察に連絡しようとします。しかし数カ月にわたり警察の捜査が成果を挙げていないことを理由に、妻アバは犯人の要求を呑むようアヴィナシュを説得。彼は妻の意思に従います。犯人の指示通りにすれば娘シヤが戻ってくると信じていた夫妻でしたが、その後も犯人からの要求は続き、後戻りできなくなります。

シーズン2

シーズン1の事件から3年が経ちました。アヴィナシュは心神喪失を主張、デリー中央精神科病院に収容されています。妻アバは殺人教唆や幇助の罪に問われるべきでしたが、娘シヤの世話をする人が必要ということで、罪は夫のアヴィナシュが被るかたちとなり、シヤはアバと暮らしています。

アヴィナシュの誕生日を祝うため、妻アバと娘シヤは病院へ面会に赴きます。ハッピーバースデーの歌がトリガーとなり、鳴りを潜めていた “J” の人格がアヴィナシュに現れ、主治医のシッダールタ医師と妻子は大きなショックを受けます。シヤも “J” に再会したことで、過去の監禁にまつわるPTSDに苦しみます。

“J” は “ラーヴァナの10の悪” に基づく殺人の続行を諦めてはいませんでした。“10の殺人” を完遂すればアヴィナシュから “自分(J)” は消えると言い、病院内からアバを操ろうとします。

一方、“J” を信奉するヴィクターは病院からアヴィナシュを奪取。“J” をときに主導、ときに手助けすることで “ラーヴァナの10の頭” を取ることに伴走します。ヴィクターはアバに「アヴィナシュと “J” の弟分」と自己紹介。ラーヴァナ殺人はさらに続いていきます。

登場人物

シーズン1

サバルワル家の関係者

アヴィナシュ・サバルワル:在デリーの精神科医。ナイニタール出身

アバ・サバルワル:アヴィナシュの妻。職業はシェフ

シヤ・サバルワル:アヴィナシュとアバの娘で6歳。糖尿病でインシュリン注射が必須

ガヤトリ・ミシュラ:女子医学生。誘拐されて行方不明となる

デリー警察の関係者

JP(ジャイプラカシュ):デリー刑事部の刑事。精神科医アヴィナシュとは仕事を通じて旧知の仲

カビール・サワント:職務上の過失により有罪となり、服役中に肝臓に傷を負った警部。出所後にムンバイ警察からデリーへ異動

プラカシュ・カンブレ:刑事でカビールの部下。カビールとともにデリーへ異動する

アルジュン・マルワ:警視でデリー警察本部長。ターバンを巻いた髭のおじさん

デリー警察副本部長:「副本部長」としか呼ばれていないが、テジンダー・シンという名前らしい

ゼバ・リズヴィ:デリー刑事部のやり手警部。ムンバイから異動してきたカビールを捜査から外そうとする

アヴァタル・シン:巡査。JPの友人

連続殺人事件の被害者

プリトパル・シン・バラジ:キッチン用品店の経営者で細菌恐怖症

ナターシャ・ガレワル:書籍を出版した同性愛者。ディヴィアンカという恋人がいる

アンガド・パンディット:薬局の経営者。薬物依存を克服しようとしている

クリシュナン・ムールティ:アヴィナシュの在籍したナイニタールの寄宿学校の校長

連続殺人の首謀者

足を引きずる謎の男:シヤとガヤトリを誘拐する。後に “J” という名であることが判明

その他

メグナ・ヴェルマ:カビールの過失により、車いす生活となった女性。実家のあるデリーで暮らしている。元薬物依存者

シャーリー・デ・スーザ:娼婦。足を引きずる謎の男と懇意になる。アランという弟がいる

クルブサン・ビンダル:ケータリング業者。アヴィナシュの元患者

A.ナラン:少年アヴィナシュのカウンセリング、診断を担当した精神科医

マディヴィ・カンブレ:プラカシュ・カンブレ刑事の妻

ヴルシャリ:デリーのレストランの女主人。プラカシュ・カンブレのかつての知り合い

アーカシュ・バラ:議員。カビールたち刑事部や娼婦シャーリーと揉め事を起こす

ソードフィッシュ:アヴィナシュの依頼に応じているハッカー

シーズン2(シーズン1で既出、追加情報のない人物を除く)

サバルワル家の関係者

ガヤトリ・ミシュラ:S・T・クラナ記念病院に勤務している

デリー警察の関係者

アビナンダン・カウル:国家犯罪統計局(NCRB)の局長。“J” の事件の指揮を執る

マトゥール:警視総監。カウル局長とマルワ本部長から報告を受けていた人

連続殺人事件の被害者

インドゥー・ラオ:誤診を認めようとしない精神科医。アヴィナシュのかつての上司

ニール・ベール:不動産ディベロッパー。デリー中央精神科病院新館建設の出資者

ニーラジ・シロヒ:盲目の腹話術師。ゼニア・ミストリーというパートナーがいる

マノジュ・グプタ:デリーで工場長をしていた男。DVにより妻が焼身自殺。カナウジ刑務所に服役中

シッダールタ・セガール:アヴィナシュの治療にあたっているデリー精神科病院の精神科医

ヒレン・ヴァルマ:“J” の犯行動画に登場する投資銀行家

ラムニーシュ・バランドーラ:通称PB。カスタムカー業界の有名人。アヴィナシュの寄宿学校時代の同窓生

バルン・アワスティ:アワスティ児童福祉協会のトップ。非営利活動において利益重視の人物。被害者になる前に自殺した

連続殺人の首謀者

ヴィクター・ベール:双極性障害でデリー中央精神科病院に入院していた “J” の信奉者。アヴィナシュを病院から奪取する

その他

バサント・ラジ・シン:政府与党の副党首。党首の妻アヴィンティカ・ラナと不倫関係にある。アーカシュ・バラ議員の政敵

アラン・デ・スーザ:シャーリーの弟。大学生

ラヒラ・カウル:アランの寄宿学校時代の女友だち。国家犯罪統計局(NCRB)局長の娘

シュロフ:アランの弁護士

ニルマル・ジャイン:食料品店主

タリカ・スリ:TVジャーナリスト

感想:細かなことを考えなければラストまで引き込まれる作品

“ラーヴァナの10の悪”とは

“ラーヴァナの10の悪” に基づいて、アヴィナシュは殺人を指示されます。その点で “キリスト教の7つの大罪” をテーマにした「セブン」と「ブリーズ~光と影~」の間に類似性を感じる人もいるようです。

ラーヴァナはインド神話に登場する刹那の王。10の頭と20の腕をもっていました。彼には傲慢さという欠点があり、それが10の頭を10の悪(怒り/色欲/恐怖/執着/我儘/慢心/妄想/無神経/傲慢/裏切り)へと変えました。※ 調べたところ “10の悪” については、いろんな表現がある

ラーヴァナは10の悪を根絶しようと荒行に取り組みます。修行は一定の成果を挙げたのですが、やはり傲慢であるためかロクでもないことをたくさんやらかします。

そんなラーヴァナに周囲は困り果て、ビシュヌ神はアヨーディヤーの王子ラーマとして転生してラーヴァナを討つことを約束。ラーマは善、ラーヴァナは悪。

一方、本作では「感情のない人間はただの石。10の感情があるからこそ人間は生きられる。10の感情をもって10の頭を完成させればラーヴァナになれる」とアヴィナシュが籍を置いていた寄宿学校の校長が語っています。見方を変えればラーヴァナもヒーローなのです。

善と悪は表裏一体で分かちがたい、ということかもしれません。

なんとなくの疑問を挙げてみる(ネタバレ要素あり)

シーズン1

【その1】最初の殺人指示の際、警察へ知らせようとするアヴィナシュを制し、妻アバは娘シヤを誘拐した犯人の意向に従うよう主張します。必ずやアバは人殺しに加担することを選択し、必ずやアヴィナシュはアバの主張を受け入れるという『影の存在の確信』がないと物語が成立しません。もしアヴィナシュが妻を振り切って警察に駆け込んでいたら別の筋書きになります。警察が成果を挙げていなかったとしても、娘を取り戻すために殺人を引き受けるという意思決定をするふたりが不自然に感じられます(アヴィナシュは犯罪者の精神分析を仕事の一部としていた精神科医/暮らしぶりから富裕層であるように見える)。

【その2】“ラーヴァナの10の悪” は人間のもつ普遍的な性質。一見すると、それらを戒める大義の殺人が行われていくかのようですが、結局は “私怨” に基づく殺人。「ずいぶんと大きく出たな」という感じです。殺人のバリエーションを増やすために “ラーヴァナの10の悪” が使われた印象です。ひとりの人物における人格の統合というベースになるテーマはあるのですが。

【その3】シーズン1のエピソード5の終わりで『足を引きずる謎の男』がアヴィナシュの別人格であることが明示されます(それ以前にも匂わせはあった)。『足を引きずる謎の男』は仮面を被っていますが、娘のシアは、別人格になっているとしても父アヴィナシュだとわからないものなのでしょうか。体臭とか、手の形とか、背格好とか。大人になるとちょっとしたことでピンときますが、6歳の子どもには無理なのかな。

【その4】『足を引きずる謎の男』はアヴィナシュとアバの家、彼らの車に出入りして物品を置き去っており、冷静に考えて彼らの家や車の鍵(現物またはコピー)を保有しているはず。しかし、その線から誘拐犯が誰かを推理しようとしないふたり。自分たちがラーヴァナ事件の殺人犯であることを隠匿することについては悪知恵が働くにも関わらず。ストレスで判断力を失っているのかもしれませんが、やはり不自然。

【その5】身寄りのないアヴィナシュがデリー医科大学に進み、その後、精神科医となって裕福な暮らしをしていること。豊かな親戚からの経済的な後ろ盾があったのかもしれませんが、その部分はあまり語られていません。薄幸だった少年に、いったい何があったのだろうと疑問が湧きます。

シーズン2

【その1】自身が罪に問われることはなかったものの “J” に振り回された結果、殺人の共犯となったアバ。娘シヤも “J” による監禁生活で心を病むことになりました。いい加減 “J” という存在に辟易しているはずですが、彼の指示に従って再び殺人に関わります。さらなる殺人を犯したところでいいことなど何もないはずなのですが(今回は自ら手を下しているし)この判断力の欠如っぷりが謎です。

【その2】“10の悪” 関係の数え方が難しい問題<シーズン1>①プリトパル・シン・バラジ→怒り / ②ナターシャ・ガレワル→色欲 / ③アンガド・パンディット→恐怖 / ④クリシュナン・ムールティ→執着 ※ ここまではいたってシンプル <シーズン2>⑤インドゥー・ラオ→慢心 / ⑥ニール・ベール(アヴィナシュの私怨に基づいていない)&バルン・アワスティ(既に自殺)→我儘 / ⑦ニーラジ・シロヒ→妄想 / ⑧マノジュ・グプタ→無神経 / ⑨ラムニーシュ・バランドーラ→傲慢 / ⑩シッダールタ・セガール&●●→裏切り ※⑥と⑩の解釈が難しい。ニール・ベールに対してアヴィナシュは直接的な負の感情を抱いていない。バルン・アワスティは殺す前に死亡。このふたりは一応 “我儘” カテゴリーの人なのだが、ほかの被害者たちと前提が異なる。そしてシッダールタ・セガールは偶発的に殺されたように見えるが、それがラストのクライマックスにつながっていく(これは面白さのポイントになっている)

【その3】“10の悪” の英語と日本語訳の対応関係がよくわからない問題。“10の悪” の “EGO(慢心)” と “SELFISHNESS(我儘)” と “PRIDE(傲慢)” の違いがよくわかりません。例えば “慢心” を英訳した場合、いろんな単語がありますが、そのひとつが “PRIDE” だったりするんですよね。

このドラマを面白いと思った理由

  • 既述の疑問を別にすれば、作り込みが細かくてサスペンスものとして十分に楽しめる
  • ラストシーンによって、終わったかに見えた事件の真相(最終到達地)が見えてくる仕掛けになっている
  • 娘を亡くし、妻と別れたカビール警部はアヴィナシュの妻アバや娘シヤに温かな対応をしてきたが、慧眼の警部すらも煙に巻かれていたらしいこと、警部が最後になってそれに気付くところが非常によい
  • アヴィナシュと “J” というふたつの人格がラーヴァナ事件を通して徐々に統合されていく(人格が交代する間隔が短くなるだけといえなくもないが)。最終的に家族の再生に結びついていくところもよい

よくも悪くも一番知恵を使ったのは誰なのか?良作です。

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