「泥の沼’97」は実質シーズン2で、シーズン1に当たる「泥の沼」(原題 “Rojst” )があります。洪水つながりで「泥の沼’97」について先に書くかたちになりましたが、その前日譚「泥の沼」を取り上げたいと思います。
私はポーランドへは行ったことがありません。知人によれば、人々が非常に親切でよい国だったそうです。
ポーランドの社会主義時代を感じられる良作
時代設定は1984年くらいです。日本では昭和59年にあたります。
ポーランドは、1989年に行われた自由選挙によって非共産党政権が成立するまでは、共産主義を経ての社会主義社会でした(現在は民主国家)。日本の公団住宅を思わせる “友好団地”、エンスト頻繁なボロボロの車、汚れたコンクリ壁の素っ気ない四角い建物など。他国でありながら “日本の昭和風味アリアリ” な風景、建物、インテリア、道具や備品。その “しみったれた” 感じに郷愁と哀愁が漂います。
「泥の沼」⇒「泥の沼’97」の順で視聴すると時系列で理解できます。「泥の沼’97」の前提になる出来事が「泥の沼」に含まれるので、時間があれば「泥の沼」⇒「泥の沼’97」と進んでいくのがキメ細かな視聴法といえます。
しかしシーズン2にあたる「泥の沼’97」だけ観ても問題なく楽しめます。ふたつの作品の間には12~13年という時間の隔たりがあり、その間には政治体制や社会に大きな変化があります。「泥の沼」のしみったれた感じへの嫌悪があると「泥の沼’97」の視聴に至らないのが難点かもしれません。
“グロンティの森”が基本の題材であり舞台
シーズン1「泥の沼」も、シーズン2「泥の沼’97」も “グロンティの森” を題材・舞台としています。
“グロンティの森” でポーランド社会主義青年組合の議長ズビグニエフ・グロホヴィヤク、22歳の娼婦リトカが喉を切られた死体で発見されます。娼婦と同棲していた男ウォズニアクが殺害を自供。事件はすぐに解決したかにみえました。しかし夕刊クーリエ新聞社記者ピォトル・ザジツキの取材により、真犯人は別にいる線が濃厚となります。
「泥の沼’97」では編集長としてクーリエ紙に返り咲くピォトル・ザジツキ。その12~13年前の「泥の沼」では、記者ウィトールド(ウィテク)・ヴァニッツの後任でやってきた “新人” という立場で、編集長はズビシェク・ブリンスキー。ヴァニッツは準備が整い次第、ドイツの西ベルリンへと旅立つ予定です(シーズン2の「泥の沼’97」を観ても、ヴァニッツが結局ドイツへ行ったのかどうか釈然としません)。
「泥の沼’97」では、ヴァニッツと恋人関係にありそうな雰囲気の美容師になっているナディア。ときを遡って「泥の沼」の舞台である80年代には、ホテルのバーで客待ちしている娼婦でした。対価を得てザジツキにも情報を流します。
ザジツキの妻テレサは妊娠中。彼が取材で接触した、殺された組合議長の妻ヘレナ(法廷速記者)は、夫のDVに悩んでいたことを告白してザジツキを誘惑。ザジツキは、ほかにも真相を知っていそうな人物をあたり命の危険に晒されます。情報源の娼婦ナディアも襲われ、姿を消します。
「泥の沼」では、「泥の沼’97」と異なり、事件の不審な点を追うのは警察ではなく記者たち。アンジェイ検事はやはり事なかれ主義で「ウォズニアクが殺害を自供したのだから、それで終わりでいいじゃないか」という考えです。この時期(共産主義社会)のポーランドは、警察のほか民兵組織も、治安維持や住民コントロールのために暗躍していました。
投獄された記者の娘の死
一方、新聞社を辞めてドイツへ行く準備を進めていたヴァニッツは、元同僚カジク・ドレヴィッツの妻の依頼を受けて、娘ユスティナの自殺について調べます。
ちなみにカジク・ドレヴィッツについて「泥の沼’97」では『1982年に “森の事件” について記事にしようと試みたが、反政府的であるという理由により18カ月間投獄された』と説明。実際に1981年~83年、ポーランド政府は反政府の立場をとる数千人のジャーナリストや反対勢力活動家を投獄しています。
生前のユスティナは父が投獄されたことにより学校でイジメに遭っていました。淡い恋仲だった青年カロルと飛び降り自殺し、ユスティナの母は、その真相を明らかにすることをヴァニッツに望んだのです。彼は自殺したユスティナの行動を追ううちに、殺された議長とのつながりを見出します。
新人記者ザジツキも危ない橋を渡り、満身創痍で事件の真相を掴みます。
“MODERNE DEUTSCHE MALEREI”という画集
「戦後、あの森には収容所があって多くの人が埋められた」。これが「泥の沼」シリーズにおけるキーフレーズと思います。ポーランドには強制収容所がいくつかありました。悪名高きアウシュビッツ収容所も、現在のポーランドに位置しています。
ドラマの冒頭で、ヴァニッツはお金と引き換えに民兵から包みを受け取っています。後に開封して出てくるのが “MODERNE DEUTSCHE MALEREI” という書籍。“現代ドイツ絵画“ という意味です。そこにエルサ・ケプケの作品が紹介されています。
彼女はかつて街にいましたが、ドイツ人であったため戦後は森の収容所に拘束されました。彼女の両親は森に眠り、彼女は西へと移送されていったのです。
ストーリーの全貌はシーズン3以降に明らかになる?
「泥の沼」の1984~85年当時、ヴァニッツが西ベルリンへ行こうとしていたのは、エルサ・ケプケを捜すためであったと思われます。「泥の沼’97」との関連でいうと、後の1997年にヴァニッツがドイツへ行こうとしていたのは「ある男に恩を返さねばならない」「記事を完成させるために重要証人に会う」というのが目的のようでした。
“恩を返す相手” “重要証人” “画家エルサ・ケプケを捜す” の一部が同一人物として重なるのか、それぞれ別の人物なのかは「泥の沼’97」(シーズン2)の最終エピソード時点でも不明なまま。
いろいろな伏線を回収できていないので「泥の沼」にはシーズン3がありますね、きっと。私はこのドラマシリーズを気に入っているので、もちろん楽しみにしています。