コチラ(↓)の続きです。
今回は「ナルコス:メキシコ編」をドキュメンタリー「ラスト・ナーク~麻薬捜査官 殺害の真相を暴く」と照らし合わせます。
ドキュメンタリーから引用すると「メキシコでは麻薬密売人はメキシコ政府の保護なしに何もできない。麻薬王らがキキの誘拐を命じたとしても自ら手を下すことはない。警察官を使うはず」。これをメキシコ社会の特徴として念頭に置きます。
シーズン1との比較
ドラマはDEA捜査官エンリケ・“キキ”・カマレナが誘拐される1985年のシーンから始まります。キキをさらった男たちは4人。ロペ・デ・ベガの通りにある邸宅にキキを連れていきます。運転席のサングラスの男はパトカーに乗った警察官ふたりに目配せ。両者が通じていることを示しています。些細なことですが、とりあえずドキュメンタリーの証言と一致しています。
ドキュメンタリーにおけるキキの直属の上司ハイメ・クイケンダールはドラマ字幕では “キューケンドール” となっていますが、実名通りです。ハイメは①DEAには逮捕権がないこと、②ゆえに情報収集が主な仕事になること、③汚職警官だらけなので上手な対応が求められることを転属してきたキキに説明します。
成果を挙げたくて猛進するキキ、そんな彼を諫める一方で理解や協力を示すハイメ、そんな関係性です。キキのグアダラハラ事務所での同僚はドラマではブッチ・シアーズとロジャー・ナップ(彼らの名はドキュメンタリーで見かけなかった)。ハイメの上位者でメキシコシティにいるエド・ヒースも実名で登場。ドラマでは支局長ヒースよりも、現場に近いハイメのほうが部下たちや職務に対して一途だったように描かれています。
後のグアダラハラ・カルテル幹部3名は拠点をシナロアからグアダラハラへと移します。その後方支援をしたのが連邦公安局(スペイン語で “Federal Security Directorate” )。ドラマ内ではDFSのことを連邦公安局と言っています(ドキュメンタリーでは連邦調査局と訳されている)。
バーにはグアダラハラ市警、ハリスコ州警察、連邦司法警察、DFS、DEAなどが集まって酒を楽しんでいます。そんなシーンを挿入することで別々に見える組織が一蓮托生であることを伝えようとしていたのかなと思いました。
とりあえずDFS、連邦司法警察の腐敗っぷりがナレーションを始めとして随所で強調されています。カルテルとメキシコ政界との癒着も描かれています。
フェリクスたちが指示を受けて軍の飛行場に武器を運び、それらがニカラグアに渡るというシーン、苦労して入手した情報について「メキシコの腐敗暴露はアメリカ国務省等が望んでいない」とワシントンD.C.の上位者からハイメが言われるシーン。基本的にはドキュメンタリーの主張とトーン&マナーに沿っているかのようです。
キキが拷問にかけられるロペ・デ・ベガ881番地の邸宅の所有者ルベン・スノ・アルセ、彼の叔父の国防大臣とフェリクスとの間のやりとりもあり、彼らをつなぐパイプの太さを伝えています。
ドラマでは、①マリファナ農園摘発のきっかけを作ったキキへの復讐を誓うキンテロらがキキを誘拐 ⇒ ②それを知ったフェリクスはキキを解放するようキンテロに指示 ⇒ ③メキシコの国防大臣は「キキを解放するなら今後支援はしない」とフェリクスに告げる ⇒ ④長い物に巻かれる意思決定をしたフェリクスに対してフォンセカが「解放しろ」と説得するが聞き入れられない、という流れで描かれています。
ドキュメンタリーではキンテロとフォンセカへの言及が多く、フェリクスの動きにあまり触れていなかった印象でした。登場した元警官たちはフェリクスの護衛ではなかったからでしょう。
DEAグアダラハラ事務所長のハイメはドラマのシーズン1の終わりにテキサス州への転属が決まります。ドキュメンタリーではDEAの捜査官に対してクールというか、DEA側らしからぬ反応が目につきましたが、ドラマでは部下のために労を惜しまず動いていました。
カマレナ事件の真相究明のために「アメリカは本気を出すぞ」と “レジェンダ作戦” を立ち上げるところで「ナルコス:メキシコ編」のシーズン1は終了です。
シーズン2との比較
ドラマは、拷問されたキキの診察を行ったカルテルお抱えの小児科医デルガドを、DEAの捜査官たちが誘拐するシーンから始まります。ドキュメンタリーでは医師はウンベルト・アルバレス・マシャイン。実名を使わなかったのは後に無罪となってメキシコへ送還されたからでしょうか。ドラマは陸路で、ドキュメンタリーは空路で医師をアメリカ国内へ移送します。手段をわざわざ変えているのも何か理由があるのでしょう。マシャインが実際に誘拐されたのは1990年で、カマレナ事件の捜査を目的としたDEAの “レジェンダ作戦” はもっと早くからスタートしていました。しかしドラマではあたかも医師誘拐から作戦がスタートしたかのような印象です(ドキュメンタリーが正しければ、むしろ “レジェンダ作戦” 打ち切りの決定打になったのが医師誘拐)。
「ナルコス:メキシコ編」で “レジェンダ作戦” を指揮するのがウォルト・ブレスリン。彼がドキュメンタリーに登場する元DEA特別捜査官のヘクター・ベレレスと思われます。
エド・ヒース支局長はウォルトが危ない橋を渡るのではないかとやきもきしています。シーズン2のウォルトはDEAの支局長ヒースから直接指示をもらっていました。ウォルトのモデルであるヘクター・ベレレスは1987年にマサトランの事務所長になっています。したがって上司は支局長のヒースになるのでしょう。その一方でドラマではウォルトの勤務地はグアダラハラのようでした。麻薬密売の協力者を洗い出し、しらみ潰しに証言を引き出していくのが “レジェンダ作戦” のやり方、ただし逮捕権はない、とドキュメンタリーでも説明しています。
捜査によって、キキを尋問した人物が元DFSのセルヒオ・エスピノ・ベルディン司令官であることが判明。彼は “役名=実名” です。ドキュメンタリーでは、当初DFSの人間がキキを尋問しており、その後キューバ訛りの人物に引き継いだとされています。すなわち “当初尋問に当たっていたDFSの人間” がベルディン司令官と思われます。ドラマにキューバ訛りの尋問者(CIA工作員)は出てきません。そういう人物は存在していなかったことになっています。
さて「ナルコス:メキシコ編」ではベルディンはDEAに誘拐され、ウォルトに尋問され痛めつけられます。その後について「ベルディンは死体安置所にいる(=死んだ)」とヒースは述べています。しかしベルディンはキキ誘拐への関与で連邦大陪審に起訴されており、DEAによる尋問後に死んだという事実は確認できませんでした。
拷問の場となった邸宅の所有者ルベン・スノ・アルセが取り調べ時の供述と一致しない証言を大陪審で行って(「フェリクスと会ったことはない」と述べた)DEAの裏をかきます。片やフェリクスは国防長官と組んで暗躍。彼らはアメリカ政府と取引し、ニカラグアへの武器と資金の輸送継続の手筈を整えます。ドラマではそのように描かれています。すなわちウォルトらDEA捜査官の苦労や思いが報われなかったことを伝えています。
シーズン2の終わり頃、ウォルトのチームがフェリクス一味のコカイン密輸の取り押さえに失敗したことにより、ワシントンD.C.の本部が “レジェンダ作戦” 終了を命じた体になっています。その後フェリクスが逮捕され、ここぞとばかりにアメリカ国務省は “レジェンダ作戦” の成果を対外的にアピール。ウォルトはその頃所属していたサクラメント事務所から、ハイメ・クイケンダールが所長を務めるエルパソ事務所へと移ります。
いろいろと調べての結論として、実際にあった出来事の時間軸を前後にズラし、周辺のプロット(登場人物やストーリー等)に手を加えて左右にズラすことで「事実に着想を得た創作」にしているのだなあと思いました。世には「事実に着想を得た」系の作品がたくさんありますが、事実と創作の入れ子によって全体の空間軸が実話らしく見えるように仕上げているということがおおよそわかったので、私の今後のドラマ・映画の観方も若干変わることでしょう。
何が事実で何がフィクションかを見分けることは難しいですが、エンタメと考えれば見分ける必要などありません。ドキュメンタリーを観たことにより「どこがドラマとは違っているのだろう?」と気になり始めただけで、私はどうでもいいようなことに引っかかりを感じる人間なのです。
シーズン3との比較
メキシコのカルテル間の抗争は新局面を迎えますが、カマレナ事件や “レジェンダ作戦” とは直接の関係がないので割愛します。
ウォルトはアメリカのエルパソで捜査官として働いており、メキシコのカルテルの動きを気にしています。こちらもカマレナ事件や “レジェンダ作戦” とは関係のない物語なので割愛します。
ドキュメンタリーを巡るトラブル
ハイメ・クイケンダールは「ラスト・ナーク~麻薬捜査官 殺害の真相を暴く」を巡り、2020年に訴訟を起こしました(「Kuykendall v. Amazon Studios et al.」)。
①ハイメがカルテルから賄賂を受け取っていた、②カマレナの誘拐が計画された会議に出席していた、③その計画の実行を幇助した、④カルテルのために嘘をついてカマレナの殺人犯のひとりの裁判を故意に妨害した、これらを示唆するドキュメンタリー「ラスト・ナーク~麻薬捜査官 殺害の真相を暴く」は虚偽の主張をしているとの訴えによるものです。
本ドキュメンタリーを公開しないようCIAから Amazon Studios に対して圧力がかけられた、という情報も目にしました。
告発を行ったヘクターや3人のメキシコ人の元警官などは何を目的としていたのでしょう。注目を集め、有名になって大金を得ることで承認欲求や金銭欲を満たそうとしていたのでしょうか。
元DEA特別捜査官ヘクター・ベレレスの話の多くは大袈裟な武勇伝に聞こえるかもしれません。ただし、何も知らないのにまことしやかな “しゃべり” をしようと、しゃしゃり出てくるほどの厚顔無恥にも見えません。彼は優秀な捜査官として国から表彰されたこともある人物です。彼らが本作で重大な “知っていること” を公に語ろうとしたことの前提には、“ジャーナリストであるチャールズ・ボーデンの死” があることが冒頭のテロップに書かれていたことは先の投稿でも触れました。加えて “ヘクターに対するメキシコの逮捕権の問題”、“彼の息子の自殺” などが背景にあるようです。
Amazon Studios も脇が甘い問題作を世に送り出したときの訴訟リスクは織り込み済みでしょう。
一方でCIAがこれまでに関与してきたとされることをベースに考えると、彼らは国家の安全や機密を守るためなら何でも行う組織であるように感じられます。倫理や道徳に基づいて活動しているわけではないのです。
ハイメ・クイケンダールの立場になって考えてみると、訴訟のひとつも起こして否定の姿勢を見せておかないと、内容を認めたことになってしまって先の人生が生きづらく、まずは名誉回復に向けた対処をしたかったことでしょう。…ということはエド・ヒースは無関係?
ドキュメンタリーの内容が虚偽であれば、百戦錬磨でうさん臭さ満点の元CIA工作員フェリックス・イスマエル・ロドリゲスも何かアクションを起こしそうなものですが、彼単独で何かしたという情報は確認できませんでした。CIA関係者は何か別の力によって守られているのかもしれません。
ハイメの起こした訴訟のその後については知りません。2024年になってもドキュメンタリーはAmazonプライムビデオで視聴できています。