カリスマ指揮者の闇落ちにみる真理ー映画「TAR/ター」

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原題は “Tár”。主演のケイト・ブランシェットをはじめ、いくつかの賞を獲得している作品。

ケイト・ブランシェットといえば、私のなかでは「ロード・オブ・ザ・リング」のガラドリエル役の印象が強いです。彼女の出演している作品をさほど観ていないので、どうしてもLORが思い浮かぶわけですが、数々の作品で高い評価を得ていることは知っています。本作でも “見事” という言葉を超越した存在感を見せています。

映画の冒頭があたかもエンドロールのようで面白い構成になっています。

物語のあらすじ

リディア・ターはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団における女性初の首席指揮者。作曲家でもあります。同性愛者であることを公にしており、オーケストラのコンサートマスターを務めるシャロン、養女ペトラと暮らしています。

天才的な音楽的能力をもつリディアは努力家でもあり、男性的で後へ引かない攻めの性格でマスメディアを上手に活用。オーケストラ界のカリスマ指揮者として君臨します。

音楽面で個人的な苦悩やストレスを抱えるいっぽうで、権威を笠に着てのアカハラ、パワハラ、セクハラ等が暴かれ、追い詰められます。

登場人物

リディア・ター(ケイト・ブランシェット):アメリカ出身。カーティス音楽院卒業。師はバーンスタイン(実在したレナード・バーンスタイン?)。世界最高峰のオーケストラのひとつであるドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団における女性初の首席指揮者。同性愛者(男性的ポジション)でパートナーと養女とベルリンで暮らしている。演じるケイトはオーストラリア出身の女優

シャロン・グッドナウ(ニーナ・ホス):オーケストラのコンサートマスターでリディアのパートナー(妻)。ふたりの間にはペトラという養女がいる。演じるニーナは「HOMELAND」(けっこう前の作品)でアストリッド役だった人でドイツの女優

フランチェスカ・レンティーニ(ノエミ・メルラン):リディアの個人秘書。オーケストラの指揮者を目指している。演じるノエミはフランスの女優

マックス(ツェトファン・スミス=グナイスト):ジュリアード音楽院の学生。リディアに授業で徹底的に吊るし上げられる。ツェトファンはドイツの俳優

セバスティアン・ブリックス(アラン・コーデュナー):ベルリンフィルの副指揮者。アンドリスを慕っている。アランはイギリスの俳優でドイツ系。私生活では同性のパートナーがいる。この人も「HOMELAND」に出演していた

アンドリス・デイヴィス(ジュリアン・グローヴァー):リディアの師のひとり。彼の推薦によってセバスティアンをベルリンフィルに雇うことになった。演じるジュリアンは「ゲーム・オブ・スローンズ」でグランド・メイスターのパイセル役だった人

オルガ・メトキーナ(ゾフィー・カウアー):リディアが心を奪われる若きロシア人のチェリスト。演じるゾフィーはイギリス系ドイツ人で本物のチェロ奏者。数々の受賞歴がある

アダム・ゴプニック(本人):実在するアメリカの作家でコメンテーター。映画冒頭で主人公リディアにインタビュー。彼女の略歴&功績を紹介するとともに指揮やジェンダーについての見解を引き出している

エリオット・カプラン(マーク・ストロング):リディアとともに女性指揮者を支援する財団を立ち上げる。演ずるマークは本作では髪がある(通常はスキンヘッド)。イギリスの俳優だが母親はオーストリア人。彼にはドイツの大学へ通っていた時期があることからドイツ方面との親和性が高いのかもしれない

クリスタ・テイラー(シルヴィア・フローテ):有望な若手指揮者だったが、リディアによってオーケストラ業界から排除され、情緒不安定となり自殺する。女優さんについては、ほとんど情報なし

感想:エゴの強い人が深遠な真理に肉薄したときに堕ちる罠

音楽の演奏にせよ、スポーツにせよ、ダンスにせよ、絵画等の創作にせよ、俗にいう「ゾーンに入った人」「私というエゴが消失した状態の人」はこの世の真理に肉薄します。

「ゾーンに入っている」ほうが、その人の魂が本質的に求めている状態に近いため、一旦何かに触れた魂はその境地を求めてさらに探求するようになります。

一方でそういう人たちは、どの業界においてもトップクラスであることが多く、必然的に競争の激しい世界に生きています。音楽でいえば指揮者でもチェリストでも著名な師につき、コンクールで入賞し、メディアに関心をもってもらうことが必須となります。例えばクラシック音楽の世界であれば、一人前の演奏家に成長するには莫大な資金も必要です。スポーツならば、他者に対してであれ自分に対してであれ、負けず嫌いでないトップアスリートなどいないことでしょう。絶えず何かと闘っています。

“あるゾーン” へ到達するにはエゴという機動力がパワフルでなくてはならず、一方で “あるゾーン” に到達するにはエゴが完全に消失していないとダメなのです。“あるゾーン” を知るようになったら、自分のエゴと上手に付き合う術をもたねばなりません。

才能豊かであるがゆえにエゴも強大だったリディアは世界的なオーケストラを去ることになります。しかし “あるゾーン” に肉薄した体験を忘れることができないため、意外な世界で絶たれた指揮者生命を復活させます。そんなふうに感じた作品です。

リディアを演じるケイト・ブランシェットも憑依レベルの「ゾーンに入った演技」を見せています。予想以上に深遠な内容だったと思います。

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