イギリスの偉大な小説家チャールズ・ディケンズによる複数の作品に対して、横断的な接点から編み直した大きな物語です(原題:“Dickensian”)。あくまでも後年の創作で、ディケンズ自身の作品ではありません。
…とか偉そうに書いていますが、私はディケンズを読んだことがありません。『クリスマス・キャロル』は読んだかもしれない…(よく覚えていない)。一応付け加えておくとディケンズの名前は知っています。
チャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ(Charles John Huffam Dickens、 1812年2月7日 – 1870年6月9日)は、ヴィクトリア朝時代を代表するイギリスの小説家である。主に下層階級を主人公とし弱者の視点で社会を諷刺した作品を発表した
Wikipediaより
『ディケンジアン』には、ディケンズの著作『オリバー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『大いなる遺産』などの主要人物が登場します。それらの作品を知っているほうが楽しめるのか、知らないほうが新鮮な気持ちで視聴できるのかはわかりません。予備知識なしで観ても『ディケンジアン』は独立した作品として十分に面白いと思います。
シーズン2以降は用意されていないようです。その代わりと言っていいのかどうか、エピソードが20までありますが、1エピソ―ド30分程度と短いので視聴しやすいと思います。
【感想】結局のところ、みんなが貧者?
一言で言うと詐欺師コンペイソン(『大いなる遺産』)の最低っぷりに目が釘付けになるドラマです。コンペイソンは巨額の遺産を手にした資産家の娘アメリアに取り入り、彼女と結婚することで財産を奪おうとするのですが、元は姉アメリアから遺産を奪おうと目論んだ腹違いの弟アーサーによって雇われた人物でした。
アーサーはお馬鹿さんなので、コンペイソンを使って自分が遺産を手にするつもりが、手口が巧妙過ぎるコンペイソンに支配され、しゃぶり尽くされ、姉の財産を横取りされそうになります。
繊維貿易事業を営むバーバリ家(『荒涼館』)は家柄がよいわけではないものの元大金持ち。借金まみれで破産しそうになっても使用人を解雇しません。姉のフランシスは、華やかで恋人に愛される自由な妹オノリアに嫉妬しており、要所要所で体裁よく妹を助けることもするのですが、妹の幸福など願っておらず足を引っ張ります。
このドラマに出てくるのは「金持ちだが心が貧乏」「貧乏で心も貧しい」「貧乏だが心は豊か」のどれかで「金持ちで心も豊か」な人物が(ほぼ)見当たりません。すなわち、みんながどこかしら貧者なのです。それは①金持ちが桁違いに力をもっていて経済的貧者が圧倒的弱者である社会システム、②人間の際限のない貪欲さ、③他者の幸せを嫌悪する嫉妬深さによるものと思います。
無慈悲な高利貸し、体裁を繕う破産寸前の事業家、無能なのに全遺産を自分がもらうべきと考える馬鹿息子、金目当てに女性をたぶらかす詐欺師、中身が伴っていないのに昇進したくてたまらない偽善者…。19世紀の小説がベースですが、いつの時代の人間ももっている普遍的な弱さ、悲しみを感じさせる作品です。高利貸しマーレイ殺害事件がひとつの軸になっていて、ディケンズの小説を読んでいない私のような者にもミステリードラマとして楽しめました。19世紀のイギリスの陰鬱さみたいなものも印象に残ります(男女とも清潔感のある人が少ない)。
『ディケンジアン』が非常に面白かったので、関連している原作ドラマや映画も観ることにしました(そちらについては別の機会に書きます)。
ディケンズの小説からの登場人物
『オリバー・ツイスト』(原題:“Oliver Twist”)より
- フェイギン:窃盗団のボスでユダヤ人。『ディケンジアン』ではマーレイ(『クリスマス・キャロル』)が彼の太客設定
- ビル・サイクス:フェイギンの仲間
- ナンシー:ビル・サイクスの情婦
- オリバー・ツイスト:孤児
- ジャック・ドーキンズ(ドジャー):スリや窃盗で盗った物品や金銭をフェイギンに納める少年団のリーダー格
- バンブル:救貧院の運営を任されている。妻の尻に敷かれている。上位者にゴマをすって昇進しようとする。『オリバー・ツイスト』によれば養育院婦長コーニーと結婚。『ディケンジアン』のバンブル夫人はコーニー?『ディケンジアン』では20年結婚しているらしいので年数の辻褄が合わない
『クリスマス・キャロル』(原題:“A Christmas Carol”)より
- エベネーザ・スクルージ:「スクルージ・マーレイ商会」のあくどい金貸し。共同経営者のマーレイと仲が悪い。『クリスマス・キャロル』はマーレイの死から7年後の設定
- ジェイコブ・マーレイ:「スクルージ・マーレイ商会」の共同経営者。慈悲のカケラもなく借金の取り立てに回る男。クリスマスイブに殺される
- ボブ・クラチット:「スクルージ・マーレイ商会」の事務員として薄給でこき使われている。6人の子どもをもち、貧しい暮らしをしている。『ディケンジアン』では妻のエミリーは日中、バー「スリー・クリプルズ」で働いている
- ピーター・クラチット:ボブの息子。『ディケンジアン』では骨董屋の孫娘ネルに恋している
- マーサ・クラチット:ボブの娘。『ディケンジアン』ではオノリア・バーバリのドレス店で働いている。ジョン・バグネットと結婚
- ティム・クラチット:ボブの息子。『ディケンジアン』半ばあたりから、病気により松葉つえで歩くようになる
『荒涼館』(原題:“Bleak House”)より
- バケット刑事:『ディケンジアン』ではマーレイ殺しの捜査にあたる
- オノリア・バーバリ:破産寸前の事業家エドワード・バーバリの華やかな次女。『ディケンジアン』ではドレスを仕立てる仕事をしている。『大いなる遺産』のアメリア・ハヴィシャムと親しい
- ジェームズ・ホードン大尉:オノリアの恋人。早く昇進して少佐となり、彼女と結婚したいと考えている。後年の『荒涼館』では “ネーモー” を名乗っている
- フランシス・バーバリ:エドワードの長女。華やかな妹オノリアと対照的で地味。独身で母亡き後のバーバリ家を守っているつもりだが、父親にあまり評価されていない。『荒涼館』では “ミス・バーバリ” と呼ばれている
- レスター・デッドロック卿:フランシスの妹オノリアとの結婚を目論む資産家
- エスター:オノリアの娘
- タルキングホーン弁護士:『ディケンジアン』では弁護士事務所の扉の名前のみで登場。『荒涼館』ではデッドロック家の冷酷かつ狡猾な顧問弁護士
- ジョージ軍曹:ホードン大尉と親しい人物
『大いなる遺産』(原題:“Great Expectations”)より
- アメリア・ハヴィシャム:資産家の長女。サティス・ハウスで暮らしている。多くの遺産を得る。『大いなる遺産』では “ミス・ハヴィシャム” と呼ばれている
- メリウェザー・コンペイソン:ハヴィシャム家の財産を狙って暗躍する悪党。『ディケンジアン』ではアーサー・ハヴィシャムに雇われている
- マシュー・ポケット:故ハヴィシャム氏の甥。職業は教師。『ディケンジアン』では、いとこのアメリア・ハヴィシャムに想いを寄せる
- ジャガーズ弁護士:ハヴィシャム家の顧問弁護士。『ディケンジアン』ではバーバリ家などとも関わりがある。『大いなる遺産』では “ミス・ハヴィシャム” の代理人
- アーサー・ハヴィシャム:アメリア・ハヴィシャムの腹違いの弟で母親は料理人。大いなる遺産』ではエイべル・マグウィッチの打ち明け話に登場
- サリー:メリウェザー・コンペイソンの妻。『大いなる遺産』ではエイべル・マグウィッチの打ち明け話に登場
「ディケンジアン」に登場するその他の人物
- エドワード・バーバリ:「スクルージ・マーレイ商会」に借金があって破産寸前。繊維貿易業を営む事業家。オノリアとフランシスの父
- ネル:「スクルージ・マーレイ商会」に借金のある骨董屋の孫娘
- ギャンプ夫人(セイリー):ゴシップ好きで下品。ファニー・ビゲティーウィッチというノッポの中年女性と凸凹コンビのように一緒にいることが多い。薬を持参して民間治療もどきをしている。何かとせこく、アルコール依存症気味
- サイラス・ウェグ:登場人物たちが立ち寄るバー「スリー・クリプルズ」の店主。足が悪い
- ヴィーナス:剝製品店の店主。鑑識のようなことをしたり、マッサージをしたりとバケット警部をサポートする。松葉つえも作る便利屋さんみたいな人
- メッセージを届ける少年:駄賃をもらって私信を届けている
エピソードごとのテーマ骨子(あらすじ)
エピソード1
資産家のハヴィシャム氏が亡くなり長女のアメリアと腹違いの弟アーサーに遺産が残される。遺産争いにコンペイソンが一枚噛む(『大いなる遺産』)。スクルージとマーレイ(『クリスマス・キャロル』)はクリスマスイブも借金取り立てに余念がない
エピソード2
高利貸しのマーレイが殺される。バケット刑事(『荒涼館』)が捜査を開始。コンペイソン(『大いなる遺産』)はアメリアとの距離を縮めようとする。バーバリ家の財政状態を知らない次女オノリア(『荒涼館』)とホードン大尉の仲睦まじい様子に長女フランシスの心は揺れる
エピソード3
マーレイ(『クリスマス・キャロル』)殺害犯をバケット刑事は追う。ビル・サイクス(『オリバー・ツイスト』)に白羽の矢を立てる。コンペイソンはアメリア攻略に本腰を入れる。オノリアはバーバリ家の財政が破たん寸前であることを知らされる
エピソード4
長女フランシスは父エドワードに「結婚して家を出ないことがバーバリ家の経済苦の理由」だと責められる。ビル・サイクスの情婦ナンシーがバケット警部の取り調べを受ける。父の遺産を独り占めしたいアーサー・ハヴィシャムに対し、コンペイソンが主導権を握っていく
エピソード5
コンペイソンはアメリアの友人オノリアの恋人ホードン大尉に接近。自分になびかないアメリアに対し大きな芝居を打つ。偶然フランシス・バーバリと再会したレスター卿は彼女の妹オノリアとの間を取り持つよう依頼する
エピソード6
アーサーはコンペイソンにさらに取り込まれていく。アメリアはコンペイソンに少しずつほだされていく。アメリアのいとこマシュー・ポケットが叔父の訃報を聞いてやってくる。フランシスは妹オノリアに家柄のよい資産家レスター卿との結婚を勧める
エピソード7
マシュー・ポケットはアメリアに誘われ醸造所の経営に携わる。バケット刑事はサイラス・ウェグを調べるよう指示。ウェグからマーレイに関する新情報を得る
エピソード8
コンペイソンはマシューを味方につける。バケット刑事は破産寸前の事業家エドワード・バーバリを取り調べる。アーサーはコンペイソンと関わりをもったことを後悔するが、彼の魔の手から逃れられない。コンペイソンにそそのかされてマシューは醸造所の経営から手を引く
エピソード9
事業家エドワード・バーバリの金策は尽きる。オノリアは父エドワードに恋人のホードン大尉を紹介するが、金持ちと結婚させたい父親はよい反応を示さない。飴とムチ、表と裏の顔を使い分け、アメリアをコントロールするコンペイソン
エピソード10
マーレイ殺害事件に懸賞金がかけられる。コンペイソンは遺産をアメリアから全額奪うことをエサに、彼女の弟アーサーも食い物にする。アメリアはコンペイソンを信頼し愛するように。父エドワード・バーバリの代わりにオノリアはホードン大尉と金策に奔走する
エピソード11
コンペイソンの支配から抜け出せないハヴィシャム姉弟。バケット刑事はボブの妻からマーレイについての情報提供を受ける。オノリア・バーバリは骨董店で母親の形見を売るが、一家の莫大な借金の返済には程遠い
エピソード12
フェイギンの秘密の倉庫でバケット刑事は孤児を発見。刑事が法的後見人となりバンブル夫妻の救貧院にオリバーを預ける。アーサーはコンペイソンに妻がいることを知る
エピソード13
コンペイソンの本性を知るアーサー、ハヴィシャム家の弁護士ジャガーズは、コンペイソンとの結婚を思いとどまるようアメリアに言うが彼女は聞く耳をもたない。レスター卿との結婚を選択したオノリアは体調が優れない
エピソード14
レスター卿に借金を肩代わりしてもらったエドワード・バーバリは家庭内の問題を表沙汰にしないよう厳命。スリ窃盗少年団のドジャーを取り調べるバケット刑事。コンペイソンはアーサーに、醸造所の株の持ち分をアメリアに引き取らせて手仕舞いしようと提案
エピソード15
オノリアは郊外で静養。ジャガーズ弁護士はコンペイソンについて詳細な調査を指示。バケット刑事はマーレイ殺害事件の担当を外される
エピソード16
コンペイソンに不信感を募らせるアメリア。オノリアの姉フランシスはホードン大尉に緊急の手紙を書くが、フランシスを嫌うホードンは読もうとしない。バーバリ姉妹(フランシスとオノリア)の愛憎劇が繰り広げられる
エピソード17
バケット刑事は事件の核心に迫る。コンペイソンに怒りを露わにするアメリア。コンペイソンの妻は彼の悪事に加担する。フランシスは妹オノリアに重大な事実を隠匿する
エピソード18
バケット刑事は事件の真相を知る。エドワード・バーバリはオノリアをレスター卿に差し出すようフランシスに指示。アーサーはコンペイソンに脅され、またしても彼に協力する。そんなときマシュー・ポケットが帰ってくる
エピソード19
式の前日、マシューはアメリアにコンペイソンとの結婚を思いとどまらせようとする。バンブル夫妻は救貧院視察者たちに昇進に向けたプレゼンテーションを行うが、オリバー・ツイストの振る舞いによってシナリオが狂い憤る。オノリアとレスター卿の結婚話が進行する
エピソード20
アメリアはオノリアの仕立てたウェディングドレスを着る。アーサーはある決意をし、ビル・サイクスとジャガーズ弁護士が協力。フェイギンから身を隠していたドジャーが戻る。ドジャーは街を放浪していたオリバーを連れ帰る
そして…
物語は『オリバー・ツイスト』『大いなる遺産』『クリスマス・キャロル』『荒涼館』へとつながる設定になっています。