このスペインによる作品(原題:La última noche en Tremor)はとても楽しめました。私の評価は非常に高いのですがIMDbのスコアは今のところ7.0に届いていません。意外です。
サスペンス、SF(というか未来予知)、家族や人間関係のトラウマ、マフィアの動きなどが絡んでいます。一本調子ではなくエピソードによって切り込む角度が変わります。久しぶりに画面に惹きつけられっぱなしでした。優れた心理/クライムサスペンスでミケル・サンティアゴによる小説が原作です。
こんな感じのお話しです
精神的に追い詰められたピアニスト兼作曲家のアレックス・デ・ラ・フエンテは作品を完成させるために、拠点としていたロンドンからスペイン北部の海岸沿いの町トレマーに隠遁(今のところ “Tremor” という “海辺の町” は発見できていません。ポルトガル国境寄りの “海に近い町“ならありました)。
アレックスの住まいの隣家は離れた場所にあり、隣人といえばビーチの傍に住む夫婦(レオ&マリア)だけ。
精神的に不安定なせいか、芸術家であるせいか不思議なビジョンを見ることがあるアレックス。ある日、嵐の中で雷に打たれる事故に遭ったことをきっかけに、その能力が加速度的に増強されます。恐ろしいビジョンをリアリティを伴って体験するようになり精神がさらに追い詰められていきます。
彼には離婚した妻パウラ、彼女と彼女の新しい夫と暮らすふたりの子どもベア&ブルーノがいます。彼らはオランダのアムステルダムで暮らしていますが、一時的にトレマーのアレックス宅に身を寄せます。
アレックスにはトレマーで出会ったジュディという恋人がいました。ふたりは将来的な約束をするわけでなく、互いに踏み込まない大人の関係を維持しようとしています。アレックスにはジュディに話していない過去があり、彼女にも大きな秘密があります。
アレックスの母エルビアには未来のビジョンを得る能力があり、彼には母親の独善的かつ支配的な教育によって負ったトラウマがあります。
アレックスの成育歴と心理的外傷、家系に受け継がれる特殊能力、アレックスや彼の家族らを襲う危機。彼は実際に経験してきた出来事による傷、ビジョンで見た惨状を解決へと導くことができるのでしょうか。
できなければアレックスを含む何人もが死を迎えることになります。彼は悲惨な結末を回避しようと躍起になりますが、かえって怪しまれてしまいます。
主な登場人物
主人公、その家族など
- アレックス・デ・ラ・フエンテ:ピアニストで作曲家。自分を統合失調症だと思っている
- ベア・デ・ラ・フエンテ:アレックスの娘。母パウラとアムステルダムに住んでいる。マリアに絵を習う
- ブルーノ・デ・ラ・フエンテ:アレックスの息子。母パウラとアムステルダムに住んでいる。アレックス同様の素質(ビジョンを見る/夢遊病)がある
- イサーク・デ・ラ・フエンテ:アレックスの父。アレックスの理解者だが、息子がビジョンを見るのは妻エルビラの遺伝ではないと思い込もうとしている
- エルビラ・デ・ラ・フエンテ:アレックスの母。音楽の教師だった。音楽家になるのが息子アレックスの運命と信じた。統合失調症と診断される
- パウラ・ヴァルティエラ:アレックスの別れた妻。新しい夫ニールスと子どもたちとアムステルダムに住んでいる
- ニールス:パウラの現夫。パウラとはロンドンで出会った
- エストレーヤ・エスクデ:アレックスのかつての恋人。未来を嘱望されたピアニストだった
- ラミロ・エスクデ:エストレーヤの父。大手建設会社勤務。資産家
- アラン:アレックスの仕事仲間でエージェント
トレマーで出会った人たち
- レオ・バザン:アレックスの隣人。マリアの夫。ベネズエラにある多国籍企業の元悪徳弁護士。“ダニエル号” という船をもっている
- マリア・バルガス:アレックスの隣人。レオの妻。元はヒッピーの画家
- ジュディ・ガルメンディア:アレックスの恋人。友人のオーロラから引き継いでトレマーでペンションを運営。元看護師でトゥールーズにいたことがある。ミライという友人がいる
- ペイオ・パルダレス:レオ&マリアの知人でアレックスのファン。ヴィヴィアナとは夫婦
- ヴィヴィアナ・パルダレス:レオ&マリアの知人でアレックスのファン。文化活動に熱心
病院/警察関係者
- 名前のない女医:雷に打たれたアレックスを治療する
- ヴィクトリア・カウフマン:カウフマン研究所長で精神科医。ジュディの紹介でアレックスも治療を受ける
- ルース・カラブリア:警部
- リカルド:ルースの相棒
トゥールーズにいた人たち
- アルフォンソ/クロード/カディル/クレム/ピエール:ジュディがクラブで出会った男たち。RV車で旅をしているとのこと
感想:心理という時空間を描いた秀作
運命は自分で選択できるのか
本作は意外に奥深いといいますか、人間を考察するうえで必要な視点を網羅しています。ひとりの人間(個性)を作り出す要因は「遺伝(DNA)」(先天的なもの)。次に「成育環境/人間関係/教育」(後天的なもの)。それらをベースに “人生が展開“ していきます。
“人生が展開“ していくためには「時間軸」が必要です。“過去と未来を結ぶレール” がないと物語を広げることができません。起承転結もありえません。そして “レールの先の未来“ を予知することは、特殊能力がない限り困難と考えられています。
未来を予知できるとしたら望ましくない結果(未来)を変えることができるのでしょうか。①「未来や運命は変えられない」という母エルビラからの刷り込み、②実際にビジョン通りの展開を目の当たりしてきたことによる諦めムードのほうが、アレックスの内面において優勢になっていきます。しかしあるとき「ビジョンと異なる出来事」も起きていることに気づきます。
彼は「運命は変えられる」という希望を捨てずに尽力する未来をビジョンとして見ます。そのなかで彼の努力は半ば水泡と化して絶望的な結末を迎えることになるのですが、ビジョンをもとに自らのマインドセットを変える選択をします。
悲惨な未来の原因、その背景もビジョンを通してわかっていきます。
過去、現在、未来の場面がシームレスにつながったり、重なったりします(同じシーンが繰り返し出てくるが、それぞれに別の意味が与えられる)。アレックスにとっては、それらすべてが現実であり真実。視聴者が主人公アレックスの視点から「遺伝(DNA)」「成育環境/人間関係/教育」「時間軸」を疑似体験できるところが本作の優れたところです。
「今を変えれば未来は変わる」とは「現在と未来は同時に存在する」ということでもあります。その点で哲学やSFのテイストも兼ね備えています。
映像に表現されていることは今なのか、過去なのか、未来なのか。それは本当にあったことなのか、これから本当に起こりうることなのか、そんな小世界を行き来します。
トラウマやPTSDは克服できるのか
アレックスには、いくつかのトラウマがあります。彼がなぜ心理的外傷を負ったかというと、母エルビラの支配的な音楽教育が彼を痛めつけてきたからです。彼はそんな母親に閉口していましたが、未来予知の素質は彼女から受け継いでいます。ただしデ・ラ・フエンテ家においては、医師の診断によりエルビラもアレックスも特殊能力保持者ではなく、統合失調症を患っていると認識していたようです。
ビジョンに苦悩するアレックスは、ジュディの勧めでヴィクトリア・カウフマン医師の催眠療法を受けます。医師の誘導によって過去の出来事を想起/追体験し、その意味を理解/再定義していきます。彼の子ども時代、青年時代もドラマとしてリプレイされます。それは本当にあったことというよりは彼にとっての真実、彼にとっての心象風景なので言い換えれば過去のビジョン。それらもアレックスの主観的ストーリーのなかでシームレスにつながったり、重なったりするため、観る者も過去・現在・未来が裏表なくつながるメビウスの輪のような感覚を得ることができます。
カウフマン医師の誘導やレビューは興味深く、この手のドラマにしては切れ味がよいのが特徴。見ごたえがあります(小説をベースにしているからかも)。
最終的には「運命を変える選択」によって、アレックスは体験やトラウマを昇華し、次のステップへ進みます。彼はそのひとつの事実により、長年憎んできた母を了解し受容し許すに至ります。
それも仕組まれた運命だったのかもしれません。
私はある人から「子どもは自分の業(カルマ)を見事に開花させる親の元に生まれる。親に怒りを抱いたり憎んだりするが、自分の人生の目的を達成したとき『自分をこの世に生んでくれた』というただ一点のみで深く感謝するようになる」と言われたことがあります。それを思い出しました。
サイドストーリーも興味深い
アレックスの恋人ジュディ、隣人のレオ&マリアにまつわる表裏(おもてうら)の物語も丁寧に描かれていてドラマ全体の完成度を高めています(長すぎる、重要度が低いという意見もあるようです)。単なる添え物ではなく、主要な登場人物を巡る因果が明かされ、アレックスの見るビジョンと絡み合い、物語の奥行や深みが増している点もよかったと思います。
[ロケ地]アストゥリアス州(プエルト・デ・ベガ、ナビア)