優れたドキュメンタリー作品にはいろいろあれど、事件・サスペンス系のなかで私が傑作と思っているのは「キーパーズ(The Keepers)」。
1969年にアメリカのメリーランド州ボルチモアで起きて迷宮入りした、キーオ大司教高校の教師だったシスター・キャシー・セスニックー殺害事件。その後長い年月を経て、彼女の元教え子2人が事件の調査を始めます。宗教、教育、地域社会のダークサイドに迫った作品です。
事件発生からかなりの年月が経過しているなか、リタイア層の女性たちが「そういえばそんなこともあったね」で終わらせることなく、恩師殺害事件について調査に乗り出すところが興味深いと、まずは思います。
当時のシスター・キャシーは20代で生徒たちと歳が近く、授業や人物像がとても魅力的でした。「このまま何もせずに死んで事件を風化させるわけにはいかない」と元教え子たちは考えました。
地道に足で情報収集したり、Facebookを通じて情報提供を呼び掛けたり。非常に精力的に動いていきます。Facebookでのやりとりをきっかけに、積極的な協力者も現れました。
その活動とは別に、かつて「シスター・キャシーの遺体を見せられた」と証言した教え子がいました。ずっと身元を伏せてきたジーンを含む2名が、キーオ大司教高校で行われていた神父、警官、地域の実力者などによる性的虐待について語る決意をし、神父を告発し、訴訟を起こします。
シスター・キャシーは高校での神父たちの行為を告発しようとしたため、それを望まない顔見知りに殺された、キャシーを殺し遺体を見せることで自分への口封じとした、とジーンは言っています。
キーオ大司教高校在学中、特定の生徒たちに対する性的虐待は続き、その内容はひどいものでした。そんなことがこの世にあるのかと信じがたい気持ちになります。
ジーンは懺悔室で、子どもの頃に小児性愛者である叔父から受けた虐待について話しました。すると神父は彼女の名前を聞き、顔を見せるよう指示したそうです。そして「それを神が許されるか私にはわからない。祈ったあと答えを連絡する」と言います。神父らはたびたび彼女を呼び出し、彼女に罪悪感をもたせる形で虐待を加えました。それを受け入れることでジーンは神から許され、聖なる者になるのだと神父たちは説いたそうです。さらに権力をもつ警官・実力者などに彼女たちを提供することで望む地位や待遇を得てもいました。
ボルチモアは、アメリカにおけるローマカトリックの発祥の地。女子修道会が運営する、設備の新しいキーオ大司教高校に憧れて、入学を希望する女の子が当時は多かったのだそうです。教師のほとんどは女性でしたが、ふたりの神父はカウンセリングや懺悔を通して “つけ入りやすい生徒” を選別し、虐待していました。
もちろん、それは公にされることはありませんでしたが、察している教師(修道女)もいました。シスター・キャシーも、生徒から性的虐待についての相談を受けていました。後年、キーオ大司教高校の神父らから同様の被害を受けた人の声を求めると、寄せられた報告だけで100件以上にも上りました。性的被害者のうち名乗り出るのは3~5%。年齢が上がってからが多く、40代くらいに至り、自分自身の心的問題を抱えきれなくなることがきっかけのケースが多いそうです。
しかし、その件に触れられたくない警察や大司教区は協力的ではなく、罰せられるべき人が裁かれるには時間が経ちすぎていました。既に死んでしまった人もいます。神に使える身、市民のために働くはずの人々は神の御許へ行くことができたのでしょうか。特定の職業に権威をもたせること、宗教が力をもつこと、どちらも唾棄すべきものであることがわかります。
ボルチモアという地域の特性、カトリックが支配する社会・学校・家庭、実際の場所や建物からの検証、家族を始め、当時の生徒や修道女、警官、検察への取材など、多面的に「そのとき、一体何が起きていたのか」に迫っており、立体的な内容となっています。
徐々に真相へと迫っていく2人の元教え子。勇気をもって過去の性的虐待を告発することを決めた被害者たち。シスター・キャシーを殺したのは誰なのか。粘り強い活動に寄せられた情報提供から、殺害に関与したと思しき、ふたりの男性が浮かび上がります。
舞台はボルチモアですが、本件に関する部分(地域社会や学校)に不自然なまでに黒人は出てきません。女性の州検事に黒人の血を多少感じましたが、その人くらいです。「THE WIRE」(ボルチモアを舞台としたドラマ)にはたくさんの黒人が登場しますし、ボルチモアでは黒人による暴動なども起こっているようです。
神父を告発した女性のうち1人は、49歳で弁護士になりました。彼女は黒人を含む、不当な扱いを受けている人たちのサポートをしているようです。実質的に白人と黒人が分断されて暮らし、警察には汚職がはびこっている、公正さを欠く地域社会なのかもしれません。