このところスパイや諜報活動を扱ったドラマについて書くことが多くなっています。理由は特にありません。このブログを読むと何についても面白いと言っているように感じるかもしれませんが「面白い」にも質や量の違いがあり個性にグラデーションがあります。
このドラマ(原題 “Glória” )は1968年当時のポルトガルが舞台です。冷戦時代のポルトガルの史実に基づいています。時代を理解するため歴史を若干振り返っておきましょう。ざっと見た感じでは1968年の基本は反共政策。それに対する反対運動や学生運動を弾圧する方向で社会が営まれていた時代といえそうです。
[サラザールが首相だった1968年までのポルトガル]
軍事政権のオスカル・カルモナ大統領のもとで経済再建に成功した財務相アントニオ・サラザールが1932年に首相に就任。翌1933年に新憲法を制定し独裁を開始。
第二次世界大戦後、サラザールは反共政策を維持。学生や労働者による反サラザール運動が激化したが、それらを徹底的に弾圧した。
植民地に関しては1961年2月4日にアンゴラ独立戦争、1963年にギニアビサウ独立戦争、1964年にモザンビーク独立戦争が始まった。
1968年、サラザールは不慮の事故で昏睡状態に陥ったが、後を継いだマルセロ・カエターノ首相は前首相の方針を維持。国内では学生運動が激化し、財界の一部も離反の動きを見せた。
上記のような時代背景のもとドラマは進行していきます。エピソード10まであるので細かな話を割愛すると以下のような説明になります。
[ざっくりとしたストーリー]
- ジョアン・ヴィダルはグローリアにあるラジオ局RARETでエンジニアとして働くようになる
- ラジオ局RARETとは東側諸国に西側のプロパガンダを放送するアメリカの放送局。マクスケイラから音声を収録したリールが届けられる。多言語が収録されているため翻訳者が内容を確認した後にオンエアされる。アメリカに雇われた大使館員や諜報員も電信技手を通じて情報を提供している。ソ連によって、たびたび電波妨害に遭う。アメリカ人ジェームスがRARET局長を務めている
- 「ソ連は近々崩壊するらしい」という言葉が出てくるが、実際に崩壊したのは1991年でずっと後年のこと。ただし、この当時から共産圏におけるソ連の指導力は揺らいでいた
- ボリス・バルコフ将軍によるソ連への非同調を促す演説リールがすり替えられ、RARETは内部にKGB(ソ連の諜報機関)が潜入していることを疑い始める。後にジョアンはスパイの嫌疑をかけられるが、KGBではなくPIDE(ポルトガルの秘密警察)の差し金であると、RARET局長ジョーンズは考える
- PIDEはいわゆる “赤狩り(共産主義者の排除)” を行っている
- RARETの電信技手だったミアが行方不明となっており、勤務以前から旧知の間柄にあったジョアンがミアはどこへ行ったのか、なぜそういうことになったのかを探るプロセスが、このドラマの基本的な流れを作っている。それはジョアン個人のテーマであって、スパイという職務においてはアメリカ有利の展開を阻止する役割を担っており、上位からの指示に従って、ときに臨機応変な自己判断によって行動している
- ポルトガル政府の一部、CIA、PIDE、KGBが入り混じっての諜報活動。それぞれに端を発する事件が起きる
- 「ほう。そうくるか」という結末が待っている
[登場人物]
-RARET関係者-
ジョアン・ヴィダル 国営放送局を退職し、グローリアにあるラジオ局RARETに勤務する。職種はエンジニア。政府高官の父をもつ “お坊ちゃま” であるが、かつて母マダレナの反対を押し切ってアンゴラでの戦争に従軍していた。PTSDと思しき症状に苦しんでいる。父とその周辺からアメリカの動きを探るよう指示される。それとは別に彼には隠された特別な任務があった
ジェームズ・ウィルソン ラジオ局RARETの局長。アメリカ人。ジョアンの父エンリケとは友人。妻はアン・オブライエン・ウィルソン。RARET内の不穏な動きにより、組織をアメリカ人で固めることを考えるようになる(彼は作中で “ジェームス” と呼ばれているが正しくは“ジェームズ”ではないだろうか)
アン・オブライエン・ウィルソン 夫ジェームズよりも策士。CIAと関わりがある
ビル ラジオ局RARETの職員でアメリカ人。ジェームズの忠実な部下(演じている俳優の本名は “James Katsuyuki Taenaka” なので日系人と思われる。シンガポールが拠点であるらしい)
ウルスラ ポルトガルにやってきて11年の翻訳者。既婚者でジョアンとは不倫関係にあった
カロリーナ・フェレイラ ラジオ局RARETのカフェで働いている。フェルナンドという婚約者がいる
ラミロ・アイレス ラジオ局RARETの技術部長。組織内では保身を第一に考えている。嫉妬深く、妻ソフィアを虐待・支配しているDV夫。一方で婚約者のいるカロリーナにつきまとう(控えめに言って “ひたすらに気持ちの悪い中年男”)
ゴンサロ ジョアンの友人でラジオ局RARETの職員。ラミロの部下。ある筋に情報を提供している
ミア・オルロフ ラジオ局RAPETの電信技手だったが姿を消す。ジョアンとは因縁の深い人物。ポーランド人でアウシュビッツ収容所の生き残り
エリーアス 警官であり、ラジオ局RAPETの警備をしている
パーカー 新しくやってきたエンジニア。ドイツから技術者を連れてくる
ロベルト 電話交換等、庶務を担当している青年。エルメリンダと事件を起こす
-ジョアンの仲間-
アレクサンドル・ペトロフスキー ジョアンの母マダレナの音楽院時代の友人。ソ連からポルトガルへの亡命者
イルザ・ベッカー アンに仕えるメイドとして潜入。ドイツとポルトガルのハーフ。別名イリーナ。ビルに色仕掛けをする
キム 必要に応じて雑貨の移動販売者や便利屋として現れる。「共産主義者である」というゴンサロの密告により捕らえられ国家防衛警察(PIDE)に引き渡されそうになる
-誰かしらの家族-
セザール 翻訳者ウルスラの夫。医師で善人。共産主義者の嫌疑でPIDEによって投獄される
フェルナンド・マルセリーノ カロリーナの婚約者。兵士としてポルトガル領ギニアへ赴く。臆病で小心なところがある
トメ・マルセリーノ フェルナンドの父。カフェ?パブ?みたいな飲食店経営。日本で言うと “酒屋が切手やタバコを売る” 的にバスのチケットを売っている
ソフィア・アイレス ラミロの妻。元看護師。夫ラミロを嫌っている(そりゃそうだろう)
エンリケ・ヴィダル ジョアンの父で政府高官。冷戦下のポルトガルはソ連ではなくアメリカと組むべきと考えている
-その他-
ミゲル ブラジル出身の医師。社会情勢に不安を感じてポルトガルへやってきた。ゴンサロの友人で写真が趣味
ハイメ・ラモス 国家防衛警察(PIDE)の長官
ポルトガルがNetflixを通じて送り出す初めての作品らしいのですが、すごくよくできたドラマと思います。どの俳優も素晴らしい演技をしています。
ポルトガルは1500年代に種子島へやってきたり鉄砲を伝えたりと、それなりに日本と関わりのある国だったわけですが、近年は日本から見た位置づけが曖昧です(そう感じるのは私だけかもしれませんが)。隣国スペインとイメージが被っており、ポルトガルの特徴はワインが甘いということぐらいです(これも、そう感じるのは私だけかもしれません)。
そしてスペインのドラマはよく目にしますが、ポルトガルのそれは希少です。
本作は次のシーズンがあってもなくても成立するように作られています。主役のミゲル・ヌネスはかなりいいと思いました。今後も優れた作品に出演して、見ごたえのある演技を見せてくれることを期待します。使用されている音楽もセンスがよいと感じました。
ドラマ「ザ・スパイ-エリ・コーエン-」についての記事で書いた、妻に一途な愛情を抱く姿を美談としながら、スパイとして愛人を17人もつとはどういうこっちゃ、という件ですが「グローリア」を観ていて感じたことがあります。
ミゲル・ヌネス演じるジョアンは人妻ウルスラ、ほかの男の婚約者カロリーナ、病院の受付のルルドという3人の女性と関係をもちます。気持ちの半分は駒としての利用ですが、残りの半分は好意に近いものがあったのでは。ルルドについては今ひとつな感じがしますが、騙されてであったとしても自分に協力してくれているわけですから、基本、相手のことを憎からず思っているような気がします。そしてジュアンが探し求めたミア。スパイになるくらいなので、彼にはマゾっ気があるのではないでしょうか。自分を厳しく指導したミアに惚れ、再び会う日を心待ちにしていたような気がします。
スパイの性的な訓練といえばドラマ「ジ・アメリカンズ」のワンシーン。KGBのスパイ訓練項目のなかに「相手がどんな人物であろうとSEXする/できる」というものがありました。「好みじゃない」とか「そういう気分になれない」とかは許されず、関係をもったからといって相手が情報を提供してくれるとも限らず、色仕掛けで情報を得るということはアタマで考えるよりもずっと大変なことなのだろうと推測します。