原題は “La sociedad de la nieve” で、ウルグアイ空軍機571便遭難事故(実話)を映画化したものです。
映画本編はリリース早々に視聴していました。しかし令和6年能登半島地震が発生、羽田空港では旅客機が絡んだ事故、その後、北陸方面は降雪と、私自身の気分が微妙だったので書いていませんでした。
このたび製作の裏側を伝える「雪山の絆:僕らは何者だったのか」を観たので、そろそろ取り上げたいと思います。「雪山の絆:僕らは何者だったのか」は基本 “番宣” ではありますが、ところどころに「へえー」と驚きや発見がありました。
1993年の映画「生きてこそ」(原題:Alive)との違い
ウルグアイ空軍機571便遭難事故を題材とした作品としては、かつて映画「生きてこそ」を観たことがあります。イーサン・ホークとヴィンセント・スパーノが主要な役を演じていました。
この機会に再度視聴すればなおよし、でしょうが、追加課金が発生するので記憶や記録をもとに2作品を比較します(追加課金してまで観ることはしない、というのが私の基本姿勢)。
[2作品の比較]
- 出演者:「雪山の絆」→ 無名だったりキャリアが浅かったりのアルゼンチンやウルグアイの俳優を積極的に起用。「生きてこそ」→ 有名ハリウッド俳優をトップ2の役に配置。その点は、やはりアメリカ映画。
- リアリティ:「雪山の絆」→ 実際に搭乗していた人たちに近い国籍の人たちが演じている。雪山の飢餓のシーンでは時系列で不自然さがないように、俳優たちは体重を落とした。「生きてこそ」→ 2ヶ月間のほぼ飢餓状態を演じた俳優たちの身体つきに変化がない、という指摘があった。有名俳優を使っているし、万障繰り合わせての撮影なら「みんなで少しずつ痩せていきましょう」は無理だったかも。
- 登場人物:「雪山の絆」→ 調べた限りでは全員が実名で登場。「生きてこそ」→ 生還者は実名で登場するが、死者のほとんどについて名前を変えている。製作当時の30年前は遺族がまだ若くて存命だったと考えられる。遺族の希望や亡くなった人たちへの配慮があったのかもしれない。
- ラグビーチームの主将:「雪山の絆」→ マルセロ・ペレス(実在)。「生きてこそ」→ アントニオ・バルビ(架空の人物)。弁護士の卵だったヌマ・トゥルカッティ(実在)をチームの主将アントニオとして描いたのかなと思う。
物語(ウルグアイ空軍機571便遭難事故)のポイント
基本的には実際にあったことの映画化なので、その場に一緒にいる気持ちになってシンプルに視聴したらよいだけです。かなりの臨場感があります。ポイントを述べるとしたら以下の通り。
- 1972年10月13日にウルグアイ空軍の571便機がアンデス山脈に墜落した航空事故。
- 墜落したのは、ウルグアイ空軍の双発ターボプロップ機フェアチャイルドFH-227D。目的地はチリのサンティアゴだった。
- 乗客はラグビーチーム “オールド・クリスティアンス” の選手団とその家族や知人で40名。
- 乗員乗客45名のうち16名が72日間の雪山での苦闘の末に生還。悲劇であるとともに奇跡とされた。
- 生存者の多くは「もし死んだら自分の身体を食べていい」と宣言。生存者は葛藤の末、死者(仲間)の肉で飢えを凌いだ。生還後、その事実が明るみに出ると社会で議論の的になった。
※ 本作は下線部分に至る手前でエンディングとなる。
※ モンテビデオのカラスコ国際空港から離陸したものの、アンデス山脈の天候不良のためにアルゼンチンのメンドーサで一泊した事実は映画では割愛されている。
※ 事故原因が何であったかについても、作品中では触れていない。
※ 上記以外についても、一連の流れのすべてが映画に反映されているわけではない。
事故によって遭難した乗客はラグビーチームの人たちが大半。基礎体力(「筋力」「持久力」「柔軟性」「バランス」)が普通の人たちより高かったのではないかと思います。実際のところ、乗員と女性は全員死亡(母数が違い過ぎるので何とも言えないところはあります)。
そしてラグビーチームと聞くと運動ばかりやっていた人たちのようですが、一行のメンバーは教養があり、壊れた機体から取り出した部品を使って通信傍受しようとするなど知識を駆使します。
登場人物のなかで主要な役割を果たすヌマ・トゥルカッティは事故当時24歳。大学院(?)卒業後は弁護士になる予定でラグビーには興味がなかった、誘われたので同行した、というふうに描かれています。彼は献身的に動き、生存者たちの精神面に貢献。
ラグビーチームのメンバー、ロベルト・カネッサほか1名は医大生。彼らが中心となって生存者の怪我に対応しました。
フェルナンド・”ナンド”・パラードもラグビーチームの一員。瀕死の状態から奇跡的に回復し、窮地におけるリーダーシップを発揮。
絶望的な現実が次々に生存者を襲います。仲間が死んでいくなかで彼らは諦めません。ひとりだったら同じことができたでしょうか。仲間がいたからこそ、知恵を集め、粘り強く行動していけたのだと思います。
“神”はどこにいるのか
乗客の全員がカトリック教徒でした。命をつなぐために「人肉を食べる」ことは罪なのか。法律に照らし合わせるとどうなのか。彼らは議論します。
キリスト教会が説く信仰や教えは平時の “神” であって、非常事の “神” は生きている人間の手に、足に、思いに宿る、そんな話も出てきます。“神” とは観念や人間の思い込みのなかにいるのではなく、都度 “実在の細部” に宿るものだと。
恐らく「人肉を食べる」ことは戦時中にもあったことでしょう。食べるために殺すのでない限り、やむを得ない場合もあるのでは。そうして生き長らえた命を何に使うか、そちらのほうが “ときに大切” です。すべては状況によります。少なくとも私はウルグアイ空軍機571便遭難事故の生還者たちに「仲間たちの肉を食べるなど許されないことです。あなたたちは全員死ぬべきでした」とは言えません。
個人的には例えば死後数十年経ってからも、故人の人となりを知らないような親戚たちが儀礼的に集まって回忌供養をしている、そんな日本の仏教はどこかおかしいと思います。故人は遺された人たちの心のなかにいて、その心の延長線上にある生き方のなかに故人も生き続ける、そういう見方のほうがしっくりきます。
とはいえ、私はあくまでも「外側から眺めている者」。実際に事故に遭った人たちの心情に深く寄り添うことには無理があります。それでも本作はリアリティの再現に力を注いでいますので、自分もその場にいるメンバーのような感覚を得ることができます。
製作の裏側を伝える「雪山の絆:僕らは何者だったのか」
撮影期間は140日以上、有名俳優は使わない方針だった「雪山の絆」。「雪山の絆:僕らは何者だったのか」では製作の様子が明かされています。私自身は撮影技術に関心がないのですが、遭難事故や雪山の過酷さをリアルに伝えるための手法も紹介されています。
シエラネバダ山脈という3000m級の高地での撮影はさぞかし大変だったことでしょう。
撮影初日に監督と俳優全員が新型コロナに感染したそうです。「どういう状況?」と思いますが、そういうことってあるんですね。同じ空気を吸い過ぎたのかもしれません。
世界的に有名ではない俳優たちのなかで、主役ヌマを演じたウルグアイの俳優エンソ・ボグリンシックはアルゼンチンのドラマ「悔い改めたスパイ」(シーズン1)にその他大勢として出演しています。はっきり映ることがほぼないので間違っているかもですが、左翼政治活動グループ「オファキム」の一員。役名はありますが、作中で名前を呼ばれることはありませんでした。これまでは舞台をメインに活動してきた俳優のようです。
[ロケ地]チリ、ウルグアイ、アルゼンチン、スペイン(シエラネバダ山脈、グラナダ)