自然のなかで暮らす大家族、都会へ。ドキュメンタリー映画「アカーサ~僕たちの家~」

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2020年のサンダンス映画祭「ワールド・シネマ・ドキュメンタリー撮影賞」審査員特別賞受賞作品。このドキュメンタリー映画視聴後の気分は複雑です。感想を述べるのにも言葉を選びます。

ルーマニアの首都ブカレスト。その中心にあるバカレシュティ湖畔で20年暮らしてきたエナケ一家の記録です。

登場する子どもは9人。ボロボロのテント内に折り重なるようにして眠り、素手で採った魚を家族で食べ、夜釣りした魚は最年長の息子ヴァリが街へ売りに行ってお金に換えます。一見したところ、自然と調和した暮らしで子どもたちはリラックスしており、笑い声が絶えません。彼らは学齢に達しても学校へは通っていません。

バイタリティはあるものの、不衛生で低水準の生活であるため、折に触れて行政、児童福祉課などが子どもたちを養護施設に入れるよう説得に訪れますが、両親は彼らを受け入れません。そういう両親のもとに育っていますから、子どもたちも自然のなかの生活がよい、街での暮らしなど論外と考えています。

自然と調和して生きること自体は素晴らしいが…

私自身が文明社会に毒されているため、ルーマニアという国において私有地でもない湖畔にボロテントの家を建てて住まう、ということが合法なのか違法なのか、という点がまずは気になります。つまり「彼らが不法占拠の住人に見える」ということです。

エナケ家においては子どもたちが主たる労働力。犬猫や最低限の家畜もいるものの、息子のヴァリが街へ行って魚を売ったとしても、それで大家族を養うことができるのだろうか。…と首を傾げていたところ、数名からなるグループが古着をたくさん持参。「そういうサポートがあるんだ。なるほど」と思っていたら、彼らが持ってきた絵本類については「こんなもの、子どもに必要ない」と言って父親が薪代わりに火にくべてしまいました。

映像に映し出されるもろもろが「自然とともにある暮らしっていいよね」と手放しで喜ぶわけにはいかない状況です。「学校へ通わせないなら、父親が読み書きくらい教えなさいよ」と思います。

何を生業としているのかわからない父親は家父長として子どもたちに絶対的権力を振るいます。ドキュメンタリーの後半で判明するのですが、60歳過ぎに見えていた母親は実は40歳前。栄養や衛生の状態が悪いためでしょうか、どうやら病気だったようです。

父親の弁では「文明生活に嫌気がさして、ここに来た」とのこと。社会に適応することが素晴らしいとは思いませんが、エナケ夫妻(特に父親)は社会に適応できなかったのでしょう。

例えば日本でも、ホームレスをサポートしようと家に住まわせても、ある日突然、姿を消す人が少なくないと聞いたことがあります。誰かの世話になって、どこかに身を寄せるという生き方、「こういう生き方のほうがいいですよ」とレールを敷かれるのが息苦しいのです。

エナケ家の両親も大きく分ければ、そのタイプだったのかもしれません。一家が「ジプシーは河川敷で寝ろ」と言われるシーンがありますので、ジプシーの血を引いているとも考えられます。

国立自然公園整備に伴って立ち退きを迫られる一家

自然が手つかずで残されていた一家の生活エリアに開発の手が入り、国立の自然公園に生まれ変わることが決定します。ヨーロッパ最大の都市型自然公園の誕生です。

かなり大きな計画であったらしく、チョロシュ首相(2015年~ 2017年)やイギリスのチャールズ皇太子(当時)も視察にやってきます。

エナケ家の父親ジカは20年近く、その自然環境のなかで暮らしていますので、よくも悪くも行政側に知られた存在であったようです。ジカに対して「自然公園の管理者となって環境保護に協力して欲しい」と彼らは言います。

ルーマニアの人間ではないので背景事情はわかりませんが、傍らにいた報道陣を意識して表向きキレイな言葉を用意した感じです。ヒマラヤなどの山岳エリアならばともかく、首都ブカレストの中心部にある国立自然公園のなかにテントを張って暮らし続ける一家という状況があり得ないと思いますし、実際に一家はそこに住み続けることができなくなったのですから。最大の理由は「子どもたちの保護」でしたが、父ジカの健康状態にも問題がありました。

そして一家はブカレストの居住地域へ移り住みます。

親の視点と子の視点

エナケ家の子どもたちは大自然のなかで伸び伸び暮らしてきたため、街で暮らす市民として守るべきルールを弁えていませんでした。水門に近い遊泳禁止エリアで泳いだり、釣りをしてはいけないところで魚を捕獲したり。いろんな人たちが集まる都会で守らねばならないことへの認識が甘く、それで警察沙汰になったりもしました。

学校に通っていなかったので文字の読み書きができませんし、数の数え方がわからない子もいました。社会からのサポートが大いに必要でした。

子どもたちが成長する一方、父ジカの考え方に変化がなかったため衝突もしばしば。湖畔で暮らしていたときのように怒鳴って殴るスタイルの父子関係では息子たちをコントールできなくなります。父親の願いは、もといた場所に帰って以前の暮らしをすること。しかし彼の健康状態は悪く、いつも医療用のチューブを下げています。母親と年少の子どもたちは資源ごみを集めてお金に換える日々。年長のヴァリだけは国立自然公園のスタッフの職を得ました。

子どもたちは問題を抱えながらも若さゆえに適応が早く、パソコンを通じてテレビを見たり、公共交通機関を利用したり、スマホを持ったり、街の便利な生活に馴染んでいきます。

父親との衝突が増えたヴァリは家を出て恋人と暮らします。ちょっとした謎なのですが、その彼女にはヴァリと暮らせる家があり、妊娠して出産を決めますが年齢は15歳です(ヴァリはそのとき17歳)。若き恋人には家族の存在が感じられません。ドキュメンタリーなので、家族の登場について了承を得られなかっただけかもしれませんが、出産に関して自分の親からの横槍・干渉のない15歳の “家付き娘” は、かなりレアな存在ではないでしょうか。

彼女は「あなたの親は同じ歳であなたを生んだ」と、親になることに前向きでないヴァリを説き伏せます。“同じ歳” が17歳なのか15歳なのかはわかりません。いずれにしても60代に見えるヴァリの母親の実年齢は30代という答えが導き出されます。

提供された住宅の使い方があまりに酷いので、エナケ家は追い出されて公営住宅に移ることになり、抽選で権利を得るまでの間、条件のよくない集合住宅に滞在することになります。

大自然と調和し、父親と母親も大いなる大地として安定的な基盤になっていた子ども時代はよかったものの、自然から切り離された都会で暮らすようになり、子どもたちにとっての両親も今や “神” ではありません。親はふたりとも病気を抱えています。父親の言う「文明社会」で生きるのであればマイノリティとしてのハンディを背負わざるを得ません。子どもたちそれぞれが自分の道を選択する日が近づいています。心穏やかではいられません。

重い余韻を残しつつ、一家の記録は幕を閉じます。

「優れたドキュメンタリーでしたね」とは言えますが、「いいお話でしたね」という乱暴な表現ができない映画です。

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