「これぞ」というサスペンスドラマに出会えないとき、韓国ドラマ「誰もいない森の奥で木は音もなく倒れる」を観たら面白かったので、それに倣って今回は「トランク」(原題:트렁크/Teureongkeu)を観ました。キム・リョリョンの同名小説を原作としています。
視聴後の印象で言うとサスペンスといえなくもないけれど、むしろラブストーリー(メロドラマ)。
カテゴリーとしてのラブストーリー(メロドラマ)には関心がないのですが、気をもたせる構成、若干含まれるドロドロ系愛憎劇などがサスペンス要素と相まって、面白い内容に仕上がっていると思いました。
導入部あらすじ&設定
ノ・インジが病床の夫を看取ったところから始まります。インジは医師に対し「10分前に離婚した」と述べます。「10分前」がどのタイミングなのかが気になりますが、ドラマの続きを観た限りでは、彼らはNM(New Marriage)プログラムに則った夫婦であり「臨終に伴って夫婦関係は終了」という契約内容になっていたように感じます。
再びフリーの身になったインジは、次の男性ハン・ジョンウォンと新たな結婚契約を結びます(正式な結婚ではなく、契約書を取り交わす事実婚のようです。マニュアルあり)。
薄いブルー地に赤の柄の入った特徴的なトランクをもったインジは、映画音楽プロデューサーで資産家でもあるハン・ジョンウォンの豪邸へと移り住みます。
ジョンウォンは元妻イ・ソヨンに未練があって “あわよくば元さや” を狙っているようなのですが、ソヨンは別の男性と結婚。そんな元妻による制裁が “ノ・インジとの契約結婚” であり、ジョンウォンはそれを呑んだ形になっています。ジョンウォンとソヨンの間には、何か大きな禍根があるようです。
契約結婚はジョンウォン自身の望みではなかったため、派遣契約の妻インジとスタートした新生活は非常に形式的、よそよそしいものでした。
インジはジョンウォンの豪邸で暮らしていますが、古ぼけた集合住宅に部屋(契約結婚に基づいて暮らす家とは別)を維持しており、そこの主である元婚約者は行方知れずになっています。
一方、警察は湖で薄いブルー地に赤の柄の入った特徴的なトランクを発見。韓国内に3つしかない高価でレアな品のようです。湖からは死体が収容されます。
登場人物
NM(New Marriage)プログラム関係者
- ノ・インジ:“W&L”(ウェディング・ライフ)の展開するNM(New Marriage)の派遣社員で肩書は次長。NM(New Marriage)プログラムに則り、5人の会員男性と契約事実婚をしてきた。イ・ソヨンの元夫ハン・ジョンウォンと1年契約で事実婚をする
- ハン・ジョンウォン:睡眠薬依存の映画音楽プロデューサーで資産家。元妻イ・ソヨンの意向により、ノ・インジと1年契約の事実婚をすることに同意。両親との間に問題を抱えており、自邸のシャンデリアに恐怖心をもっている。父親は入院中。トマトが嫌い
- イ・ソヨン:建築家。レイブルという会社を経営している。ジョンウォンの元妻で、彼とは幼なじみ。彼と離婚後にユン・ジオと事実婚
- ユン・ジオ:イ・ソヨンの事実婚による夫。NM(New Marriage)での肩書は “代理”
- イ・ソン:“W&L”(ウェディング・ライフ)副代表。ウェディング事業とは別に契約結婚斡旋事業NM(New Marriage)を展開しており、そちらでは代表理事。インジをNMの派遣社員にスカウトした
- ユ・イニョン:インジの派遣仲間でNM(New Marriage)での肩書は “代理”。インジの依頼で、彼女の元婚約者の行方を捜している。北朝鮮の人?
上記人物たちの関係者
- オ・ヒョンチョル:ジョンウォンとともに事業をしている
- カン・ユナ:オ・ヒョンチョルの妻。イ・ソヨンの部下または後輩にあたる
- クォン・ド・ダム:インジが維持している部屋の隣人
- チョン・シジョン:インジの友人
- ソ・ドハ :インジの元婚約者。サムビン電子 海外事業チーム 庶務チーム長だった。彼女の母に告発され、5年前に姿を消す
- オム・テソン:餅ケーキのアート作家。インジのストーカー。精神科病院に収容されていた
- キム室長:ジョンウォンの邸宅の管理をしている
- ソ・ヘヨン:インジの大学時代の友人
警察関係者
- マ捜査官:違法ドラッグなどに関して、ジョンウンの周囲を捜査。未成年だった頃のジョンウォンを検挙したことがある
- キム・ヒョンチュ:京畿(キョンギ)警察署強力1チームの刑事。スーツケースと殺人の謎を追う
- オ・ジンボム:キム・ヒョンチュの部下にあたる刑事
感想:若干わかりづらい…。しかし面白い
原作を読んでいれば、物語の細部までもっと理解できたのかもしれません。
NM(New Marriage)は表に出せないビジネス?
インジは “W&L”(ウェディング・ライフ)副代表イ・ソンにスカウトされて社員(派遣妻)となります。ソヨンの新しい夫ユン・ジオも同事業の社員(派遣夫)。NM(New Marriage)は結婚をテーマにしたマッチング事業なわけで、その結婚が永続的ではなく期間を設けた契約である点が特徴です。
大金持ちのソヨン(ジョンウォンの元妻)などがサービスをどこかで知って利用しているわけですが、表の社会に対して大っぴらにできないビジネスだったようです(「契約妻」「契約夫」であることを公にしたくない気持ちは理解できます。守秘義務もあることでしょう)。インジのストーカーであるオム・テソンが彼女とジョンウォンの結婚契約書とNM(New Marriage)のマニュアルを世に公開しようと目論んでトランクを奪ったあたりから、そんな雰囲気が濃厚になっていきます。
結婚契約書とマニュアルの流出を含む、想定しうる厄介事が今後生じないようにオム・テソン殺しが実行に移されます。当事者や周囲の人たちに契約結婚であることについてコソコソした感じがなかったので、そういう流れを予想せずに視聴していた私は不思議な気分になりました。
“キーパー” と呼ばれる派遣社員を守るスタッフ、隠密の連絡係も地域社会に配置されていて、随分と大がかりなビジネスだなと思いました。かなりの大金が動かないと採算が合わないことでしょう。
トランクに隠された秘密をどう捉えるか
韓国に3つしかない同タイプのトランク。うち1つがオム・テソンの死体が上がった湖で発見されます。トランクには所有者が隠しておきたい秘密が入っていました。
インジのトランク、ソヨンのトランク、どちらにも秘密が入っていましたが “とんでもない秘密” というほどのものだったのかどうか…。所有者にとっては隠匿したい内容だったと思いますが。
オム・テソンがトランクを盗んだ動機は “その中身”。ストーリー全体としてはインジとソヨンが同じトランクを所有していたことのほうがカギとなります。
オム・テソン殺害の背景には①他人に知られたくない秘密、②守らねばならない人たちが存在したわけですが、②のうち片方の描き方が微妙で少しわかりづらかったです。
男女の愛の描き方はベタだがよい
派遣妻インジによそよそしく接するジョンウォン。“ですます調” で会話するふたりは少しずつ互いを知り、理解し、距離を縮めていきますが、大学時代に互いを知る機会があり、実はジョンウォンはインジに惹かれていました。…という話が後半に挿入されます。その割には、やってきた派遣妻インジに素っ気なさすぎという点も腑に落ちませんでした(元妻ソヨンに未練があるとしても)。
またインジの元婚約者ソ・ドハが姿を消した理由(インジが世に認められるような結婚にこだわったらしいこと)を彼自身が語るシーンがありますが、今ひとつピンときませんでした。世に認められるための結婚を、インジが並外れて指向していたような描写もなかったですし、ドレスを着たふたりの写真くらいしか思い出の品もありませんでした。
とはいえ、なんだかんだ揉めつつ、予定調和でありつつもジョンウォン、その元妻ソヨン、派遣妻インジが自分なりの愛の道を選択するまでの物語は最後まで飽きることがありませんでした。私は韓国ドラマをあまり視聴しませんが、ひょっとしたらその辺りについては韓国メロドラマの面目躍如だったのかもしれません。
ほぼ韓国ドラマを観ない私が言うのもなんですが、背景・構図・焦点の当て方などカメラワークに韓国作品特有のものがある気がしました。