【北アイルランド紛争が背景にある映画(2)】テリー・フーリーの物語「グッド・バイブレーションズ」

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ベルファストが舞台の映画、ふたつ目は「グッド・バイブレーションズ」(原題 “GOOD VIBRATIONS” )です。

ひとつ目の「ベルファスト」が比較的普遍的な内容で、舞台となる場所や登場人物が変わっても成立しそうな映画であったのに対し、今回の「グッド・バイブレーションズ」は誰にでも成立する物語ではありません。ひょっとしたら観る人を選ぶかもしれません。しかしぜひ観ていただきたい、ものすご~くいい映画です。

実話ベースの映画で、混沌としたベルファストを拠点に音楽で人と人とを結び付けようとしたテリー・フーリーの物語です。

「カトリック教徒。共産主義者め」と同年代の子どもたちに因縁をつけられ、放たれた弓矢が当たり片目が義眼となったテリー少年。フォークやロックなど、音楽をこよなく愛する青年に成長します。ベルファストにやってきたミュージシャンのライブには必ず行く生活を送っていましたが、1975年に起きた、ツアー中のバンドがアルスター義勇軍によって虐殺されるという痛ましい事件以降、北アイルランドにやって来るミュージシャンが激減。当地の音楽産業は壊滅状態。そんなところから物語が本格的に始まります。

あらすじ

テリーはベルファストの客のいないクラブでDJを続けていた。かつては音楽を通じてアナーキスト、マルキスト、社会主義者、平和主義者、フェミニストらと友だちになったテリー。紛争が起きたことで活動家たちはプロテスタント側に付く人たちとカトリック側に付く人たちに分かれた。音楽を楽しむ人たちが店から姿を消した。そんなとき、自分以外に客がいないことなど意に介せず踊り続ける女性ルースとテリーは恋に落ちる。やがて結婚を決意する。

生計を立てるため、ベルファストにレコード店 “GOOD VIBRATIONS” をオープンするテリー。かつての友人たちに何度も危険な目に遭わされながらも、政治信条や信仰、職業の違いを超え、音楽を通じて戦いがなくなる世界を求めて力を尽くす。惚れ込んだ無名バンドのために自らのレコードレーベルを立ち上げる。テリーの元には彼の力を借りたいバンドが集まってくるようになった。しかし思うように行かないことが多く、経済的にも行き詰まる。ロンドンの大手レコード会社にプロモーションをかけるも反応は冷ややか。しかし業界に影響力多大な人物との出会いもあり、テリーの人柄と個性をベースに独自の人脈と世界を作り上げていく。

しかしそれはビジネスが軌道に乗り、商売が繁盛し、人間関係の軋轢が消えることとは別の話であった。

感想

映画「ベルファスト」では子どもの視点からの紛争が描写されており、騒動や暴力も比較すれば牧歌的である(1969年頃の出来事)。図式も “プロテスタント vs カトリック” という大ざっぱな分類で取り扱われていたが、主に1970年代を描いた本作からはベルファストで起きていたことがもっと複雑で深刻であることが伝わってくる。

テリー・フーリーを観ていると “思想なき思想家” という文言が脳裏に浮かぶ。彼の父親は社会主義者で選挙にも立候補。そんな父をもち、街では各種の思想家や活動家によって揉め事に巻き込まれ、王立アルスター警備隊(北アイルランドの警察組織)の横暴さに振り回される。人々が細かく分断され、考えの違いから諍いを起こす世界はもうたくさん。「各自の思想は違っても、音楽を楽しむときはそれを放棄しよう」「人々をひとつにできるのは音楽だ」それが彼の思想。

生活者は “生計を立てるにあたっての実情” を、思想家は “信じていること” を優先する。出会った当時は輝いていた妻ルースの表情が次第に曇っていく。赤ん坊とテリーと家族として生きていきたかったが、テリーにとっては音楽でつながった多くの人たちも家族だった。

“何かに夢中な男” は魅力的だが、彼は大きな成功を掴むことがない。しかし関わった人たちの記憶には刻まれている。暴行を受けたテリーに彼の父は言う。「本当の勝利は他人が決めるものじゃない」

やがて北アイルランドはパンクの最後の聖地と言われるようになり、資金難に陥った “GOOD VIBRATIONS” は2000人収容のアルスター・ホールで、地元パンクバンドを一堂に会してライブイベントを開催。イベントは最高の盛り上がり。収支はやはり大赤字。

人生はラクじゃない。それでもその人にしか生きられない人生がある。羅針盤が示す道を行け。人生の折々に私も同様の事を思うのだが、やがて忘れてしまう。そんなことを思う映画。

  • 北アイルランド紛争はその後さらに20年近く続き、約3000人が命を落とした。
  • “GOOD VIBRATIONS” は1982年に閉店。その後も開店と閉店を繰り返す。
  • 映画の最後で「ザ・クラッシュ」のジョー・ストラマーによるアルスター・ホールイベントへの賛辞が紹介されている。
  • イベントでテリーの歌う “Laugh at me”(ソニー・ボノ) が彼の人生を代弁している。

[ロケ地]北アイルランド、イングランド

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