「こういうことが現実にあったんだ」と驚きを感じる面もありますが、この映画は “BASED ON TRUE EVENTS.”(事実に基づく物語)です。
モスルを巡るISISと特殊部隊の攻防を描く
“イラク第二の都市モスルを巡るイラクとISISの戦いは終わりに近づいていた”
そのようなテロップから始まります。第一の都市とはバクダード(またはバクダッド)と思われます。
“ISISはアラブ世界では『ダーイッシュ』と呼ばれる。彼らに占領された3年間、モスルではまるで中世のような蛮行が繰り返された”
“モスル解放の戦いの間、休むことなく戦い続けた唯一の部隊がモスル出身の精鋭警官で構成された特殊部隊(SWAT)である”
“SWATは多くのダーイッシュ戦闘員を殺した。そのためダーイッシュに捕まると懺悔する機会も与えられず即処刑された”
“ダーイッシュが完全にモスルから消える前にSWATは最後の任務に臨む”
すなわち、これから映画で描かれるストーリーは SWATの “最後の任務” ということになります。
具体的なストーリーに移る前にモスルに関する情報をピックアップしておきます。
[イラク第二の都市モスルとは]
- イラク北部の中心的な都市。国でいうとトルコとシリアに近い。
- チグリス川、ユーフラテス川に潤される肥沃な平野。特に古代は進んだ文明をもち、栄えていた。
- 住民の多くがムスリムのアラブ人。
- 2014年6月以降の過激派組織ISISによる統治、2016年から2017年にかけて行われたモスル奪還の戦闘により市街は荒廃。
- 2014年6月9日、ISISが政府施設などを占拠。警察機能を喪失させ街全体を掌握。
- イスラム教スンニ派であるISISの求めに応じてキリスト教徒は出ていった。シーア派住民の財産は没収された。
[モスルを巡る攻防]
- 2016年3月25日、イラク政府はモスル奪回作戦開始を発表。
- 2017年6月18日、イラク軍や治安部隊がISISのイラクにおける最大拠点モスル旧市街へ3方向から突入。
- 2017年7月10日、イラクのハイダル・アル=アバーディ首相が「モスルを完全に奪還した」と発表。
“戦いは終わりに近づいていた” とのことなので、時期設定は2016~17年頃と思われます。
そして映画の最後に “この映画をニネヴァのSWATの戦死者に捧げる” との献辞が表示され、戦死した隊員18名の名前が列記されます。
この映画は “THE DESPERATE BATTLE TO DESTROY ISIS”(ISISを滅ぼすための絶望的な戦い)という “THE NEW YORKER”(アメリカの雑誌)に掲載された記事をベースに製作されています。
物語はこんな感じで始まる
警官になって2カ月、21歳のクルド人カーワは叔父ら先輩警官らと、ドラッグと武器との交換取引容疑で売人を逮捕しようとしましたが、ISIS(ダーイッシュ)との撃ち合いとなって叔父を失います。
通りすがりに警察官らを助けたモスルの特殊部隊(SWAT)リーダーのジャーセム少佐は、その場でカーワをメンバーに加えます。SWATに加わるには条件があり、それは “ISIS(ダーイッシュ)に身内を殺されている” というもの。このSWATは元警察官たちによって構成されており、公式には既に存在していないはずの部隊で、これといった指令系統をもたず(あるいは無視して)独自の考えや戦術に基づいて戦闘を行っていました。
ISIS(ダーイッシュ)との戦闘は熾烈なものとなり、SWAT隊員もひとり、またひとりと死んでいきます。彼らはある使命をもって戦い続けていますが、新入りのカーワには「SWATの最後の任務が何か」は伏せられています。SWATが何を目指しているのかが不明確なまま、状況に翻弄されながらも戦い続けるカーワ。彼の表情と行動が次第に変わっていきます。
映画を視聴するうえで知っておいたほうがよいこと
こういった映画に関心をもって観る人たちは国際情勢や地政学、戦争や軍事(戦略・戦術・武器・兵器・組織編成・役割など)、各国の歴史(宗教や文化を含む)についてもともと詳しいのかもしれません。
私はまったくそうではないため、この映画だけをある日視聴しても制作意図、事実の深さや重み、表現を通じてのメッセージを理解することができません。私と似たタイプの方はISIS(ダーイッシュ)がどんな組織であるかを予め知っておくことで、この映画で目まぐるしく起きていることがどういうことなのかをより深く理解できます。
こちらの記事にISIS(ダーイッシュ)についてざっくりとまとめています。
この映画の興味深いところ
私にとって興味深かったことを書き記しておきます。
映画「モスル~あるSWAT部隊の戦い~」には日本語公式サイトもありますので、ご関心があればそちらもご覧ください(検索ですぐにヒットします)。
アラビア語を母語とする俳優陣を起用
製作者側のこだわりポイントらしいのですが、正直言って「それって、そんなに難しいことなのですか?」と思いました。
しかし①アメリカが製作する映画であること、②イラクっぽいアラビア語を話せるほうがいいこと、③さまざまな騒乱・動乱により移民や難民としてイラクを離れた俳優たちも多いと思われること、④本格的な戦闘シーンを演じられるキャパを兼ね備えていることが必要等を考え合わせると “アラビア語を母語とする俳優陣の起用” は相応に高いハードルだったのかもしれません。
これもざっくりと調べたところ、SWAT隊員を演じた俳優たちのバックグラウンドは以下の通りです。明らかにイラクがルーツなのは3人、ヨルダンの俳優・タレントが3人、モロッコ出身が1人。主人公カーワ役はチュニジアがルーツ。どの国も公用語はアラビア語です。スへール・ダッバーシはイラクの方言も使いこなすことができ、さすが少佐役を仰せつかるだけのことはあります。
[SWAT隊員を演じた俳優たち]
- スへール・ダッバーシ(ジャーセム少佐):イラクで生まれる。英語とアラビア語を話し、アラビア語の5つの方言のうち4つを話すことができる。
- アダム・ベッサ(カーワ):フランスで生まれる。父親はチュニジア人、母親はイタリア系チュニジア人。フランス語、アラビア語、英語、イタリア語を話す。
- イスハーク・エルヤス(ワリード):ヨルダンの俳優。実話に基づく映画「ある人質 生還までの398日」ではシリアの反政府武装組織との交渉をとりもつ人物を演じている
- クタイバ・アブデル=ハック(カマール):ヨルダンの俳優。英語とアラビア語を話す。
- アフマド・ガーネム(シーナーン):ヨルダンのTVタレント。
- ムハイメン・マハブーバ(アミール):アメリカ生まれ。両親がイラク人であり、イラクで暮らしていた時期がある。英語とアラビア語を話す。
- テール・アル・シャイエイ(HOOKA/サーエル):イラクで生まれ、同年に英国のウェールズへ移り、そこで育った。英語とアラビア語を話す。
- モハメド・アトウギ(アクラム):モロッコ生まれ。
※ 隊員役としてタリク・ベルメッキ(ユーネス)、フェイカル・アトウギ(ラッザーク)もいるが、本職はスタントマンのようで詳しいことは分からなかった。
※ ほかにも隊員はいたが詳しいことは分からなかった。
テーマは“家族”
ジャーセム少佐の率いるSWATは、①メンバーの共通条件が “ISIS(ダーイッシュ)に身内を殺されている” こと、②チーム自体が少佐を父親とした家族のような絆で結ばれていること、③身寄りのない子どもを保護して別の一家に養育を依頼するなど人道的であること等から、“家族” をキーワードにつながっている部隊だったといえます。
ジャーセム少佐だったからこそ、そのような絆を作り上げることができたのかもしれません。
新入り隊員カーワへの父性の伝承
物語が進むにつれ、主人公カーワの表情や言動、行動に変化が現れます。具体的には映画をご覧になっていただければと思いますが、少佐はカーワをSWATに加えたとき「父親はいつ死んだ?女手ひとつで育てられた雰囲気だ」と言います。
SWATに助けられた時点では新米警官でオロオロしていたカーワも、尋常でなく危険な任務に加わることで腹が座り、ほかのメンバー以上に冷静で勇気を伴う判断力を示すようになっていきます。いささか急過ぎる変化・覚醒ではありましたが、父性とは強さと勇気と守る力、そして強いリーダーシップ。
少佐の指揮官としての比類なさ強さと決断力、隊員への思いやりと厳しさに触れ、カーワは成長過程で触れることのなかった父性を短期間で継承したのだと思います。少佐の背中を見て学んだのでしょう。
ロケ地がモロッコ
モロッコは非常に数多くの映画・ドラマの撮影地となっています。特に中東を舞台とする作品においては、そのほとんどをモロッコで撮影しているような気すらします。
この映画に関しては一説ではカサブランカがロケ地ですが、廃墟と化した街、爆撃を受けた建物などが非常にリアルであり、セットで作っているのだとしたら、そのクオリティの高さに驚かされます。