当事者へのインタビューで綴るドキュメンタリー。副題は「麻薬取引の最前線」となっています。2017年の作品なので、登場する人たちが語るのは “今の最前線” ではなく “かつての最前線” だと思います。
これといってドラマチックな仕立てではありません。しかし当事者の話の内容や話す姿には格段の別世界感があり、自分の住む世界との大きな隔たりを感じます。
インタビュアーはラスティ・ヤング。オーストラリア生まれの作家です。かつてボリビアのサンペドロ刑務所でイギリスの麻薬密売人トーマス・マクファーデンと過ごし、「Marching Powder」を記しました。
サンペドロ刑務所は一味も二味も違う刑務所として国際的に有名。自治エリアとして機能しており、もはや刑務所とは言えないくらいです。
サンペドロ刑務所はボリビアのラパス最大の刑務所。それ自体が社会を構成していることで有名。受刑者はコミュニティ内で仕事をし、多くの場合、家族と住んでいる。囚人服はなく、私服で過ごしている。
コカインの材料を観光客に売ることで、刑務所内の人々はかなりの収入を得ることができる。看守はおらず、高さ15mの塀の中で桁違いの自由を得ることができる。
約3,000人の受刑者(有罪判決を受けた夫と住んでいる女性と子どもは含まれない)がおり、刑務所のホテルに滞在しているゲストもいる。
受刑者は入場料を支払って刑務所に入り、自分の住むエリアやランクを自由に選択する。なかでも最も裕福なエリアの「ラ・ポスタ」は、受刑者に専用バスルーム、キッチン、ケーブルテレビを提供。ある囚人は独房の2階を増築して街の景色を眺められるようにした。ただし刑務所内のほとんどの人は窮屈な環境で生活しており、1つの部屋に5人収容されるのが一般的。
Wikipediaをもとに加筆
「ワイルドランズ(Wildlands)」でインタビューしているのは以下の人たち。
[麻薬密輸/密売関与者](※ 登場順)
- トーマス・マクファーデン:イギリス育ちのタンザニア人。麻薬密輸人でサンペドロ刑務所に服役し、刑務所ツアーを企画。「Marching Powder」の題材になった人物。現在はタンザニアで暮らしている ⇒ お金に困っていた(貧困が出発点)
- ジョージ・ユング:アメリカの麻薬密売人。1970~80年代初頭、アメリカを舞台としたコカイン取引の主要人物。まだカルテルとは呼べなかった時期のコロンビアのメデジングループに麻薬輸出の手ほどきをした。ジョニー・デップ主演映画「ブロウ」の題材になった人物。2021年に肝不全と腎不全により78歳で逝去 ⇒ 大金を得るゲームにハマった(チャラい大学生が出発点)
- カルロス・トロ:メデジン・カルテルの幹部の幼馴染。ニューヨークで暮らしていたが、頼まれて合法的な役職を引き受ける。組織と報酬の支払いで揉める。その後DEAの潜入捜査に協力。後年DEAに対して不信感を抱く出来事が起きる ⇒ 豊かで享楽的な暮らしに目がくらんだ(いっときの欲に負けた)
- ジョン・ハイロ・ベラスケス・バスケス:ニックネームは “ポパイ”。麻薬王でメデジン・カルテルのトップだったパブロ・エスコバルの下で最高幹部に位置した殺し屋(シカリオ)。1989年に起きた大統領候補ルイス・カルロス・ガラン殺害容疑で逮捕。1992年にテロ、麻薬密売、殺人などの罪で実刑判決。出所後はメデジンで暮らした。2020年、食道がんにより57歳で逝去 ⇒ カルテルの価値体系を根拠に自分を正当化(押しの強い自営業者に多いタイプ)
- ピラール(別名:プリンセス):美貌の元CA。当時の夫が “ガチャ” の部下であり、彼の指示で職業を隠れ蓑に運び屋をしていた。後の夫も麻薬の売人。大変な美人であっただろうに、なぜそのような人ばかりを夫に選んでいたのかが謎。後の夫が逮捕されことがきっかけでDEAと司法取引。その後もDEAの後方支援により、資金洗浄人として麻薬ディーラーたちの逮捕のきっかけを作った ⇒ 腹を決めると女は怖い
[DEAの元エージェント](※ 登場順)
- マイク・マクマナス:1970年代の終わり頃からDEAで活動。コロンビアのメデジン・カルテル、カリ・カルテルの撲滅に尽力
- マイク・ヴィジル:潜入捜査官として活動。コロンビアのメデジン・カルテル、カリ・カルテルの撲滅に尽力
⇒ DEAの仕事の大義、多大なる危険、密告者への対応について体験談を交えて語る
[海軍特殊部隊(Navy SEALs)の元兵士]
- アダム・ニューボールド:中南米で密売ネットワークの撲滅に尽力。現地の軍隊や警察、特殊部隊の訓練に携わった
⇒ 現地の軍隊等を訓練してもカルテルが彼らを買収する等の体験談を語る
ドラマ「ナルコス」にもあるように、かつての麻薬流通の大きな拠点はコロンビア。メデジンやカリといった主要カルテルをDEA等の各国組織が壊滅へと追い込もうとしたことによって、麻薬流通の中心地はメキシコへと移ります。それがよいことだったのか、そうでもなかったのか、よくわかりません。ただしDEAや海軍特殊部隊の元メンバーたちは誇りをもった仕事をしていたようです。
麻薬密輸/密売関与者については「人の価値観っていろいろだよな」としか言いようがありません。犯罪のはびこる貧しいエリアで生まれ育った人(例えば殺し屋のジョン・ハイロ・ベラスケス・バスケス)の信条や価値体系が一般社会のそれらとかなり異なっていることは不自然ではないように感じます。
遊び人の元大学生(お金に困っていなさそう)や航空会社のキャビンアテンダント(超絶美人)が密輸や密売に関わっていた、というところが興味深いです。前者は恵まれた少年時代ではなかったらしいのですが、ゲーム感覚で取引に関わったというのは「ありそう」な話。片や後者が反社会的勢力のDV男(愛人有)と結婚していたのを不思議に感じます。お金や権力があっても、身体に痛みを伴う体験、誇りを損なわれる思いをするのはイヤじゃないですか。ミスナントカに選ばれたくらいの美人ですし、インタビューに答える姿を見る限りでは自己肯定感が特段低いわけでもなさそう。健全なお金持ちの男性では物足りなかったのでしょうか。
映画「ブロウ」の題材になったジョージ・ユングは78歳まで生きました。メデジン・カルテルの殺し屋だったジョン・ハイロ・ベラスケス・バスケスは57歳で死にました。映像を見るとわかる通り、ジョンの顔のテカり具合や話し方が精力的な人物像を伝えています(出所後はユーチューバー)。しかし強がっていても消化しきれない何かが内面に留まり続けていたのかもしれません。57歳の死はコロンビアの男性の平均寿命に照らし合わせても早いと思います。
興味深いインタビューが多いので、お時間があればどうぞ。Amazonプライムビデオで視聴できます。