20代後半の頃(すなわち、かなり昔)両親と一緒にオランダ・ベルギー旅行へ行きました。航空会社はエールフランスでパリ経由。かなりの余談ですが、タレントの菊池桃子さんと同じ便で、後にも先にもあんなに可愛い顔をした人を見たことがありません。
さてオランダではアムステルダム国立美術館を訪れ、レンブラントの作品を観ました。あの有名な「夜警」の前には大変な人だかり。関心や人気の高さがうかがえました。実物を前にすると、その重みや迫力に打ちのめされます。
そんなことを思い出したのでドキュメンタリー映画「レンブラントは誰の手に」(原題:“Mijn Rembrandt/My Rembrandt”)を視聴することにしました。
監督はウケ・ホーヘンダイク。女性であり、アートを取り上げたドキュメンタリー映画を専門としているそうです。登場人物は画商だったり、コレクターだったり、美術館の担当者だったり。彼らが愛し、執着しているのは「あのレンブラント」ですから、美術館の担当者は除外するとしても、貴族や富豪など桁違いの大金持ちです。私のような庶民がお目にかかることは一生ないであろうアッパーな方々。
この映画に出てくる人たちはレンブラントに魅入られた大富豪で、作品に唯一無二の価値を感じており、強いこだわり(悪く言えば執着)をもっています。日々絵画を鑑賞し、味わい尽くし、絵画と過ごす時間を心の滋養にすることができ、額縁の埃を使用人が丁寧に掃除するような “ゆとりに満ちた優雅な人生” が約束された人たちと思われます。
登場する、レンブラントの作品を熱く所望する顔ぶれは以下の通り。
- ヤン・シックス11世:オランダの貴族で美術研究者。画商であり、アムステルダムに画廊を所有。彼の先祖にあたるヤン・シックス1世の肖像を描いたのがレンブラント。やんごとない生まれ&育ちなのだが、鼻筋の曲がりと顔の左右非対称が気になる。「ヤン・シックスの目利きは信頼できる」というのが専らの評判。レンブラントが描いたと思われる絵画を複数見出し安値で落札、レンブラント研究に第一人者や保存科学者たちに真贋の判定を依頼。そういった “お宝発掘” が得意なようだ
- エイク・デ・モル・ファン・オッテルロー/ローズ=マリー・デ・モル・ファン・オッテルロー:美術コレクターの夫婦。オランダ人の名前が長いことを示す実例。原画に上塗りされた “ある絵” がレンブラントの作品なのでは、という話をヤン・シックス11世に聞かされ、4年を要する絵画修復作業後の判定を待って購入することにする
- バックルー公爵:スコットランドの城に住む大地主。レンブラントの描いた読書する老女の絵を所有。“本を読む彼女” をこよなく愛しており、ともに過ごす時間を大切にしている。同居家族の人数は明らかにされていないが、絵画が多数掛けられた、使っていない部屋がたくさんありそう。広大な領地の城で暮らすのは出かけるにも、掃除をするにも大変そうだし、屋敷や所有地の維持修繕に巨額の費用がかかるだろうから、読書する老女の絵も後世において競売にかけられる可能性がある(と私は思う)
- アムステルダム国立美術館:レンブラントの祖国オランダ(ネーデルラント連邦共和国)の威信にかけて、彼の作品を所蔵したいと考えている。パリ・ロスチャイルド家所蔵の2枚の肖像画を巡り、ルーヴル美術館ならびにフランス政府との駆け引きを迫られる
- トーマス・S・カプラン:美術品収集家で事業家。レンブラントの「ミネルヴァ」等を購入し美術館と共有。富豪投資家で彼の鉱山投資にはソロス氏も出資。さんざん儲けて破たんする前に撤収するのが上手いらしい。ユダヤ系と思われる
- エリック・ド・ロスチャイルド男爵:パリ・ロスチャイルド家の血筋。ボルドーシャトーの頂点に立つシャトー・ラフィット・ロートシルトを継承したのが当男爵(現時点では彼の娘が既に継承済)。一族の税金の支払いのためにレンブラントの描いた肖像画を対で売却。こちらもユダヤ系
- ルーヴル美術館:パリ・ロスチャイルド家所蔵の2枚の肖像画がフランス国外に渡ることがないよう画策する。同家の提示した対価のほとんどを集めたアムステルダム国立美術館に対し、ルーヴル美術館は文化大臣を動員して政治的圧力をかける
- サンダー・ベイル:ヤン・シックス11世の友人で画商。父のマーティン・ベイルは、ヤン・シックスの “ある絵” の修復を内密に行っていた
このドキュメンタリー映画をどのような視点で観るかは人それぞれ。一般的なところで言うと①「40年ぶりに新たなレンブラントの作品が発見された」件に関するヤン・シックス11世のスキャンダル、②パリ・ロスチャイルド家の絵画売却を巡るアムステルダム国立美術館とルーヴル美術館(&フランス政府)のせめぎ合いでしょうか。
素晴らしい絵画は鑑賞する人々の内面を豊にかにする、それは事実でしょう。しかし作者不明とされていたときは安値で、レンブラントの作品と判明したら価格が吊り上がるというのは奇妙です。その絵画を欲しいと願う人が増えれば価格は上がる、それは理解できるのですが、価格とは絵そのものに付くものではなく、入札者たちのアタマの中身(幻想や目論見)に基づく値踏みと言えます。名作絵画とは金持ちにとってのトロフィー、周囲に対して示される勝利の記号なのでしょうか。
登場するなかでは、レンブラントによる “読書する老女の絵” とともに自身も読書するスコットランドのバックルー公爵は、絵画との深遠で豊かな暮らしを味わっているように見えました。「場の共有」「一期一会」があり、絵画への愛が感じられました。
ほかの登場人物にレンブラント作品や美術品に対する愛がないわけではないのですが、利害が絡むと人は何かを見失うということを教えられた気がします。
個人的にはユダヤの傀儡っぽいカプラン氏(イスラエルでヘッドファンドをやっていた人)に怪しさを感じたので、この映画ではキレイにまとめ上げられていた彼の素顔をもっと知りたいと思いました。