現在はウクライナとロシアの戦闘やイランの国内情勢に関する報道が多くなっていますが、イスラム過激派組織IS(イスラム国)の動きが注目を集めていた時期があります。「カリフェイト」(原題 “Kalifat” )は2015年設定の物語で、日本では2020年リリースですので最近のものとは言えません。
現在ISはイラクとシリアにおけるほぼ全ての占領地を失い、事実上の壊滅状態と言われています。しかしながらテロ組織、過激派、反政府組織がどのように組織を拡大し、活動家たちの配偶者候補やテロ要員を補充しているのか、という点でとても興味深く観ることができます。
一旦そういったグループの一員となった以上、死ぬまでの忠誠を誓わなくてはならず、抜け出すことには大変な危険と労苦を伴います。
このドラマはスウェーデンからシリアへ行ってISメンバーと結婚生活を送っているペルビン(トルコ系スウェーデン人)と、スウェーデンで洗脳されてシリアへ花嫁候補として送り込まれていくケリマ(チェチェン系)やスレ、リーシャ(スレの妹)、テロ要員となるミリアム(イラク系)、エミール、ヤコブのお話です。
ISメンバーの妻ペルビンの場合
ISの主張する首都はシリア国内のラッカ。そこでペルビンは夫フサーム、娘ラティーファと暮らしています。なおラッカのシーンはヨルダンで撮影したようです。
やはりスウェーデンからラッカへやってきたペルビンの夫フサームは、慣れない土地や任務のためかストレスを溜めてノイローゼ気味。ペルビンも裏切り者に対して残酷で民衆に対して支配的なISに馴染めません。生活インフラも十分とは言えません。娘を連れてスウェーデンに戻りたいと考えています。しかし夫や組織の目を盗んで遂行する必要があり、失敗したらひどい目に遭うことは確実です。
意図せずして入手した携帯電話を使って、ペルビンはスウェーデン公安警察局のファティマとやりとりを開始。彼女はスウェーデンに潜んでいるISメンバーや実行予定のテロ計画を知りたいと考えています。ファティマはペルビンに対し、ISメンバーである夫フサームのPCや通話内容から証拠を手に入れて提供すればラッカ脱出を手助けすると約束します。
無理難題を乗り越えてでもラッカを脱出したいと考える状態にまで追い詰められているペルビン。サドっ気が非常に強いふうに感じさせる公安警察局のファティマは「まだ情報が不足している」と次々に高いハードルをペルビンに提示します。ペルビンは彼女との取引を成立させることで娘とともにラッカを去ろうと数々の危険を冒します。
公安警察局のファティマも東欧ボスニア・ヘルツェゴビナからの難民であったことがドラマ後半で判明します。
異国でリクルートされる若者たち
ストックホルムのイェルバ地区。移民センターのような学校でケリマとスレは学んでいます。そこに出入りしているイベ。表の顔は感じのよいイケメン青年。彼女たちの勉強や私生活の面倒をみつつ、ときに男性としての魅力を武器に少女たちをコントロールします。一方でテロ実行要員として若い男性たち(エミール、ヤコブ)の育成にもあたっています。空港の免税品店で働くミリアムに目をつけ、彼女の婚約者となります。
イベは相手によって演じる自分を使い分けます。
- 父親の暴力に晒されるケリマに対して ⇒ 父性を示し、兄のようにサポートする(保護を与える)
- 社会に懐疑的で自立心の強いスレに対して ⇒ 問題意識と勇気を称賛し情報をインプットしていく(承認を与える)
- イスラム教徒や自分を否定した世の中への怒りをもっているミリアムに対して ⇒ 男性としての器の大きさ、包容力を示す(豊かさを与える)
- 何か障害をもっているエミールと前科のあるヤコブに対して ⇒ 粘り強い指導と強圧的な態度を共存させる(アメとムチ)
イベとの関わりを深めることでイスラム教への信仰を次第に深め、少女たちは親の反対を押し切ってヒジャブを着用するように。信心と大義を刷り込まれることにより、少女たちはISの戦士、活動家との結婚を夢見るようになっていきます。その後ラッカへ向かうグループまとめ役の女性ガダへと引き継がれ彼女たちはシリアへ向かいます。「ラッカではあなたたちのために、こんな家が用意されている」と宮殿のような豪邸の写真を見せられた少女たちは期待に胸を躍らせます。
満たされない日々を送っている若者に対し、神の望む生き方をすることで大いなる存在に認められる、理想の人生を手に入れられると洗脳してISのメンバーやその配偶者候補を集めるという図式になっています。現状に満足している人たちは、そういった活動に関心を示すことはありません。
ISは宗教ベースの政治的活動にあたるので当然のことながら、いわゆるテロ組織、過激派、反政府組織といった一般市民に犠牲者を出す活動集団の人集めのやり方とカルト集団のそれは極めて似ています。
スウェーデンの移民政策
かつてのスウェーデンは移民を積極的に受け入れていました。1930 年代後半からはドイツのユダヤ人、第二次大戦中はバルト海周辺や北欧の国々からの人々など。その後、シリア、イラク、アフガニスタンなどからの難民を受け入れます。豊かで進歩した国としての道義的責務を果たそうという姿勢でした。
それらのプロセスを経て国内では犯罪が大幅に増加。その対策が政府の最重要課題となりました。長期服役者や失業者の半数以上、福祉予算の大半を消化しているのはスウェーデンの外で生まれた人たちという現実に直面します。移民や難民の世帯はその多くが貧困のなかにあります。そんな社会環境を前提として本ドラマを観るとさらに理解が深まることでしょう。
現在のスウェーデンは移民受け入れには消極的です。移民受け入れを今後推し進めようという日本の動きに対し「スウェーデンの事例に学ぶこと」の大切さがしばしば指摘されています。
サスペンスドラマとしての本作の楽しみ方
ISメンバーに嫁いだペルビンのラッカ脱出に関しては絶体絶命の危機が繰り返し訪れます。ようやくラッカから救出されそうという段階でさらなる無理難題を押し付けられます。ペルビンと娘ラティーファの運命やいかに。
親に何も告げずにある日ストックホルムからラッカへ向かった少女たち。娘たちの失踪に気付き取り戻そうとする親。果たして少女たちの洗脳を解くことはできるのでしょうか。
そしてスウェーデンをターゲットに計画されている複数のテロ。それらを食い止めることは可能でしょうか。公安警察内の攻防も見もの。
最後の最後まで、かなり手に汗握ります。
宗教や政治というテーマはさておいて、そこを出発点としたサスペンスドラマとして十二分に楽しめます。
[ロケ地]スウェーデン、ヨルダン