1987年の西ドイツ(当時)の映画。原題は “Out of Rosenheim” で英題は “Bagdad Café” です。舞台はアメリカのモハーヴェ砂漠にあるダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテルの「バグダッド・カフェ」。…にも関わらず、制作したのは西ドイツという点が面白いと思います。
映画と挿入曲の「Calling You」が大ヒットしたことを覚えています。しかしながらこの映画を観てはおらず、このたびニューディレクターズ・カット版がAmazonプライムビデオで公開されたので視聴することにしました。
いわば「古き良き時代」「古き良き友人」「古き良き出会い」というように「古き良き(=懐古性を伴う理想のモデル)づくし」の映画。実際のところ「古き良き作品」です。あり得ない物語である一方で「あったらいいな」と素直に思える世界が描かれ、観る人の心のどこかに隠れている生命の種子に水を注ぐような映画だと思いました。
有名な映画なので、あえて物語紹介をするまでもないのですが簡単に。
この映画の特徴は以下の通り。
- 映像が非常に美しい ⇒ 配色や構図が印象に残ります。あえて水平線を水平にもってこなかったり、ジャスミンらの想像(脳内)をファンタジックかつ象徴的な絵面にして挿入したりで、シンプルに「面白いなあ~」と思います。特に色遣いは魅力的。
- 出自の特性がそれなりに描かれる ⇒ 「バグダッド・カフェ」に現れたジャスミンはチロリアンハットを被った、砂漠やバカンスが似つかわしくない “いでたち” のドイツ女性。「バグダッド・カフェ」の女主人ブレンダは黒人で、やかましく夫や子どもたちを叱りつけ、怪しいドイツ女のジャスミンに対して警戒心や意地悪さを全開にします。いかにも黒人女性にありがちな態度です。先住民の人たちは穏やかな性質として描かれています。白人には白人ぽいノリの軽さがあります。
- 最後のほうにミュージカルっぽいショーのシーンがある ⇒ ミュージカルは好きでないのですが、この映画に関しては場のムードと人々の関係性を表現するものとして非常に意味のあるシーンだと思いました。
登場人物それぞれが好き勝手なことをしている一方で、ジャスミンを中心にして「バグダッド・カフェ」には和や輪が生まれていきます。ジャスミンが美人でもスタイルがよいわけでもないところ、なぜかマジック(手品)で人々を魅了していくところが、現実にありそうでなさそうなファンタジー性を高めています。
不思議と心温まる映画です。なぜかと考えるに、ジャスミンは「バグダッド・カフェ」で生きる喜びを発見し、その世界を楽しんでいました。それが周囲を幸せにして、周囲の人たちもそれぞれの “自分らしさ” のもとにいられるようになっていったからではないでしょうか。生きるうえでの理想の関係性が広がっていきます。
ちなみに36年も前の映画なので出演者のみなさんは健在なのだろうかと気になりました。出発点がそこだったためか、調べているプロセスで明るさに欠ける情報も得てしまいました。
[主要な登場人物]
- マリアンネ・ゼーゲブレヒト(ジャスミン・ムンシュテットナー役):1945年生まれ。ドイツの女優。現在は女優として活動する傍ら、ターミナルケアに関する社会的な活動を行っている
- CCH・パウンダー(ブレンダ役):1952年ガイアナ共和国生まれ。女優として活動中
- G・スモーキー・キャンベル(ブレンダの夫サル役):生まれ年は分からないが、現在も俳優として活動中
- モニカ・カルフーン(ブレンダの娘フィリス役):1971年生まれ。女優として活動中。英語版Wikiには「彼女には盲目の息子がいる」とある
- ダロン・フラッグ(ブレンダの息子サロモ役):「バグダッド・カフェ」でピアノを弾いていた彼は本作以外のクレジットが見当たらない。本職は俳優じゃなかったのかも
- ジャック・パランス(絵描きのルディ・コックス役):1919年生まれ。87歳で逝去。彼自身はアメリカ生まれだが、両親はウクライナからの移民
- クリスティーネ・カウフマン(タトゥ彫師のデビー役):1945年生まれ。ドイツの女優。72歳で逝去
- ジョージ・アギラー(ダイナーで働くカヘンガ役):1952年生まれ。俳優として活動中。フランスの女優と結婚してパリに住んでいる。英語版Wikiには「俳優だった彼の息子は28歳で亡くなった」とある
- アペサナクワット(アーニー保安官役):1949年生まれ。ここ5年くらいは出演作なし(年も年なので不自然ではない)。ネイティブアメリカンの部族の指導者でもある
- ハンス・シュタドルバウアー(ムンシュテットナー氏役):1945年生まれ。ドイツの俳優。現在も俳優として活動中
映画は肩の力を抜いて見られるし、ほっこりできる良作です。嘘か本当かわからないけれど「へー」な情報を紹介して終わります。
●映画ではジャスミンにルディが思いを寄せる設定になっているが、ルディを演じたジャック・パランスはジャスミンを演じるマリアンネ・ゼーゲブレヒトとのロマンティックなシーンを拒否。ふたりは別々に撮影された。ジャック・パランスはマリアンネ・ゼーゲブレヒトを魅力的でないと思っていたからだそうだ。俳優を仕事とする者がその手の私情を挟むことに驚いたが、1919年生まれのおじいさんなので仕方ないかもね。実際のところ、あのシーンはあってもなくても、どちらでもよいものだったと思う
●ブレンダ役のオファーを断ったのがウーピー・ゴールドバーグ。後のTV版では彼女がブレンダを演じた