このところ、それなりに映画&ドラマを観てはいるものの、ブログに書こうと思うようなものに出会えませんでした。したがって新作でも何でもありませんが、韓国のサスペンスドラマ「怪物」(原題:괴물/Gwimul)について書こうと思います。
エピソード数は16。一気に視聴するには多いかもしれません。しかし観る者を上手に錯覚に陥らせる仕掛けがところどころにあり、トータルでみると無駄な要素はあまりなく、点と点がつながって大きな絵図へと発展していくので、完成度の高いサスペンスドラマといえます。韓国ドラマっぽい情緒や哀愁も盛り込まれています。
あらすじ
全16エピソードからなりますが、「はじまり/序盤」「中盤」「終盤」とは単純に16を3で割ったエピソード数に対応していません。「おおよそ3つのフェーズに分けるとこんな感じ」と解釈してください。
はじまり/序盤
イ・ドンシクは変わり者の巡査部長。20年前(2000年10月)の夜、テキストメッセージで呼び出された双子の妹ユヨンが姿を消し、10本の指先が家の前に並べられました。一時は容疑者だった彼は消えたままの妹の消息を追っています。しかし変わり者ゆえに腹に一物を抱えたサイコパスに見えることがあります。マニャン派出所の所長ナム・サンベ、同僚、後輩らはドンシクを温かく受け入れています。
そんな折、エリートのハン・ジュウォン警部補がソウル庁外事課から転属。地方の派出所に似つかわしくないバックグラウンドをもつ彼とその父も、ある秘密を抱えていました。彼の父ハン・ギファンはかつてムンジュ署の署長を務め、ユヨン失踪事件の捜査打ち切りを宣言した人物。水と油のようなハン警部補とイ巡査部長は派出所の所長ナム・サンベによってパートナーとして動くことを命じられます。
通報を受けて認知症の老人を探していたところ、葦原で身元不明の白骨遺体を発見。イ巡査部長はハン警部補がその白骨死体の身元を知っていることを察知します。
その後、「マニャンスーパー」社長の娘ミンジョンの切断された10本の指先が発見されます。20年前の事件を思わせる内容に、ハン・ジュウォン警部補はイ・ドンシク巡査部長の事件関与を疑います。
中盤
ハン・ジュウォン警部補が勇み足で「20年にわたる連続殺人事件の可能性が高い」とマスコミに語ったことが面倒を引き起こします。エリート警部補と警察庁次官である父は秘密を共有しているという点で一蓮托生でしたが、マスコミに対する息子の言動に危機感を覚えた父は彼を切り捨てます。
潔癖症で人との関わりもドライだったハン・ジュウォン警部補は、少しずつマニャン派出所の警官たちとの距離を縮めていきます。父の次官ハン・ギファンへの不信感が募る一方で、繰り返される衝突や意見交換を通じてイ・ドンシク巡査部長への理解と信頼が醸成されていきました。ただし依然として彼が犯罪に関与していたとの疑いは消えません。加えて、巡査部長の長年の友人であるムンジュ警察署の庶務班長パク・ジョンジェ警部補にも疑いを抱きます。
「マニャンスーパー」社長の娘カン・ミンジョンが失踪した夜のことが関係者の証言により少しずつ明らかになっていきます。事実がパズルピースのように組み合わさっていき、容疑者が逮捕されます。しかし事件の全体像の解明には至りません。
ムンジュ市の再開発計画を巡り、ムンジュ警察署庶務班長パク・ジョンジェの母で市議会議員のト・ヘウォン、JL建設代表のイ・チャンジンが手を組みます。警察庁次官ハン・ギファンもそれに関与。知られたくない政治的企てが存在していることに物語の焦点が移っていきます。
終盤
カン・ミンジョンらの殺害犯が逮捕され、20年にわたる連続殺人事件は終結したかのように見えました。しかし犯人は「イ・ユヨン(に関して)は俺じゃない」と言い残して、この世を去ります。
指先を残したものの20年経っても遺体が見つかっていないイ・ユヨン。彼女を捜し出すことが兄であるイ・ドンシクの切なる願いであり、自らに課している責務でした。
連続殺人犯を逮捕に導いたことにより、イ・ドンシクは巡査部長から警部補へ、パク・ジョンジェは警部補から警部へ昇進。一方、ハン・ジュウォン警部補は内部監査を受け、連続殺人犯逮捕への貢献を根拠に、おとり捜査で被害者を出した件について不問とされそうになります(背景には警察庁次官ハン・ギファンらへの忖度がありそう)。エリート警部補自身は公正な処罰を望み、それとどのような関係があったのかは不明ながら昇進することなく休職へ。一方、母を殺害した犯人と目される人物を知った「マニャン精肉店」のユ・ジェイも3カ月間、姿を消します。そして、ふたりが同時期に姿を現します。
この時点での犯罪捜査の焦点は以下のふたつです。
- 連続殺人犯の死は他殺なのか自殺なのか。他殺ならば殺したのは誰か。その理由は?
- イ・ユヨンの失踪と死の真相は?
そして、さらにふたりが死に至る結果となります。
イ・ドンシク警部補は広域捜査隊時代のパートナー、故イ・サンヨプ警部補の無鉄砲さを若きハン・ジュウォン警部補のなかに見出します。
ハン・ジュウォン警部補の父ハン・ギファンに引き抜かれて、イ・ドンシク警部補はソウル庁監察調査係へと異動。敵になりそうな人物を手元に置いておきたいと考えたのかもしれません。
ふたりの警部補(イ・ドンシク、ハン・ジュウォン)は異なる個性をもつ者として互いに影響を与えつつ、正義を求めます。とはいえ過去に公になっていない違法行為をそれぞれが行っていました。彼らは信頼と不信の間で揺れながら、大きな勝負に出ます。
登場人物
2021年の作品なので、今さら登場人物の整理など不要とは思います。しかし、あると後に思い出すのに役立つので一応書いておきます。
イ・ドンシク(変わり者の巡査部長)とその家族
- イ・ドンシク:巡査部長(後に警部補)。20年前に双子の妹ユヨンを失う。兄でありながら一時は容疑者だった。理解しがたい行動や言動をとることがあり、変わり者として有名。故郷を離れてソウル庁の広域捜査隊に所属していたが、パートナーだったイ・サンヨプ警部補の殉職で左遷され、マニャン派出所に転属した(後にソウル庁監察調査係に異動)
- イ・ユヨン:ドンシクの双子の妹。20年前に切断された10本の指先を残し、姿を消す。成績優秀なソウル大生だった
- キム・ヨンヒ:老人ホームに入所中。意思疎通を図れない状態
- イ・ハノ:ドンシクとユヨンの父。ユヨンの帰りを待ち続けて戸外で凍死
イ・ドンシクの職場関係者(友人を含む警察関係者)
- ハン・ジュウォン:ソウル庁外事課からマニャン派出所に転属した若きエリート警部補。潔癖症
- オ・ジファ:ムンジュ警察署強行犯係の警部補でチーム長。ドンシクとは旧知の仲。マニャン派出所に勤務する巡査のジフンは弟
- パク・ジョンジェ:ムンジュ警察署の庶務班長(警部補)。捜査記録の管理などをしている。ドンシク、ジファとは旧知の仲。精神障害がある。後に警部に昇進、生活安全係長となる
- ナム・サンベ:定年間近のマニャン派出所所長。20年前、刑事としてパン・ジュソンとイ・ユヨンの事件を担当。イ・ドンシクが広域捜査隊に所属していた頃は、同じチームのリーダーだった
- チョ・ギルグ:マニャン派出所に勤務する巡査部長。賭け事を好む妻イ・ガンジャがいる
- ファン・グァンヨン:マニャン派出所に勤務する警部補
- カン・ドス:オ・ジファ警部補の部下にあたる刑事
- イム・ソンニョ:科学捜査課長で巡査長。カン・ドスの妻で妊娠中。ハ警部補は同僚
- クァク・オソプ:ムンジュ警察署の刑事(係長)。ナム・サンベの元部下でもある
- チョン・チョルムン:ソウル庁からムンジュ警察署長に就任
- キム・チャンギョン:ソウル庁広域捜査隊の警官。ドンシクの元同僚
イ・ドンシクの友人/知人(マニャン住民)
- カン・ジンムク:「マニャン農産」(生花販売?)→「マニャンスーパー」社長。身寄りがなく、イ・ドンシクの両親がサポートしてきた。対人社会性に問題がある。娘のミンジョン(家に帰らず夜遊びする女子大生)と暮らしている。ミンジョンの母ユン・ミヘは失踪して行方不明
- パン・ジュソン:ライブカフェ「ボンジュール マニャン」で働いていた。20年前、イ・ユヨンの失踪と同時期に遺体となって発見された。パン・ホチョル(認知症の老人)は彼女の父
- ユ・ジェイ:「マニャン精肉店」を切り盛りしている。中森明菜似。母ハン・ジョンイムは10年前に失踪して行方不明
ハン・ジュウォン(エリート警部補)の周辺人物
- ハン・ギファン:ハン・ジュウォン警部補の父。。次期警察庁長官と目されている次長(かつてのムンジュ警察署長)
- クォン・ヒョク:ハン・ジュウォン警部補の元家庭教師。現在は検事。ハン父子から情報提供を頻繁に求められる
- イ・グムファ:ハン・ジュウォン警部補が外事課在籍時、おとり捜査に利用しようとした不法滞在者
- イ・スヨン:ハン・ジュウォン警部補の母。オイル建設の令嬢
パク・ジョンジェ(鹿の絵を描く警官)の周辺人物
- ト・ヘウォン:パク・ジョンジェの母。ムンジュ市議会議員で、市の再開発計画の実現に熱心に取り組んでいる。ムンジュ市長の座につくことを望んでいる。市議会議員レベルであるためか「やり手」に見えない「湿度の高いおばちゃん」。チャン・オボクという秘書兼ボディガードがいる
- イ・チャンジン:JL建設(元ジンリ建業)代表。ト・ヘウォン市議会議員と組んで再開発を実現しようとしている。オ・ジファ警部補の元夫でもある。聞かれて都合の悪いことはロシア語でつぶやく
- ハン・ユンウォン:JTBSモバイルに勤務。パク・ジョンジェの友人
その他
ソルロンタン店主:ユヨンの失踪事件等でムンジュ市の再開発計画が流れたため、当時の容疑者だったイ・ドンシクを恨んでいる
イム・ギュンソク・:JSBの若手記者
※「マリア」店主を演じたチョン・ジョンハさんは2021年4月27日、自宅で亡くなった。享年52歳
ドラマのポイント
移り変わっていく“疑惑の人たち”
事件関与者、犯人、犯罪者らしき人たちは物語の流れにそって移り変わります。
第一段階:エリート警部補が目星をつけたのはイ・ドンシク巡査部長
物語の序盤において、エリート警部補ハン・ジュウォンはパートナーのイ・ドンシク巡査部長が一連の犯罪に関わっていることを疑います。具体的には次の通り。
- 外事課でおとり捜査に利用した不法滞在者イ・グムファとイ・ドンシク巡査部長の間に接点があり、彼女の失踪に同巡査部長が関与したとの仮説をもっている
- そもそも、なぜ上記のような考えに至ったのかは不明だが、イ・ドンシク巡査部長が一時期、彼の妹ユヨンの失踪、友人のパン・ジュソン殺害の容疑者だったことが「同巡査部長が不法滞在者イ・グムファの失踪に関与している」との警部補の考えを強化したようだ
- 「マニャンスーパー」社長の娘カン・ミンジョンの失踪についても、イ・ドンシク巡査部長が関与との嫌疑をかける
第二段階:浮上する、ふたりの怪しい男たち
「イ・ドンシク巡査部長は誰かをかばっている」、次の段階としてハン・ジュウォン警部補はそのように確信します。かばっているとしたら、それは誰なのでしょうか。
ドラマ中盤ではパク・ジョンジェ(鹿の絵を描く警官)、カン・ジンムク(「マニャンスーパー」社長)の怪しさが増していきます。前者には精神障害があり、後者も社会性に問題を抱えています。
両者について、イ・ドンシク巡査部長がどこまで真実を知っている/知っていたのか。知っていながら、それを明らかにしないとしたらなぜなのか。そういう疑問が生じてきます。気配としては、イ・ドンシク巡査部長はパズルピースとしての事実に感づいてはいたものの、ピースをつなげる確実な証拠がないため、怪しい人たちを泳がせていたように感じました。
とりあえず、ハン・ジュウォン警部補による「カン・ミンジョンの失踪に巡査部長が関わっている」という疑いは、中盤では薄れきています(しかし完全に払しょくされたわけではない)。
一方で、ナム・サンベ所長も怪しい動きを見せます。
第三段階:イ・ユヨンを殺した人物+α
カン・ミンジョン殺害犯は「イ・ユヨン(に関して)は俺じゃない」と兄のドンシクに告げます。それは真実と思われます。警官となったドンシクの出発点であり、ある意味でのゴールでもあるイ・ユヨン失踪事件の真相という “ラスボス” と対峙するときがやってきました。
同時並行で①カン・ジンムクやふたりの警察関係者の死のいきさつ、②実際に手を下した人物、③指示を出した人物についてのあぶり出しが進行していきます。
ユヨンの死には複数の人物が関わり、複数の偶然も重なっており、「彼女を殺したのは結局のところ誰なのか」を紐解いていく流れがドラマのクライマックスです。
昭和の日本のような地域社会
ドラマの舞台となる時期は3つに分かれ、2000年頃(パン・ジュウォン、イ・ユヨンの事件)、2010年頃(ジェイの母の事件)、2020年頃(カン・ミンジョン、イ・グムファの事件)。
2000年代でありながら、街の光景(建物、内装やインテリア、食器類、風景、人々の服装など)が日本の昭和時代のようです。昭和が終わったのは1989年(昭和64年)ですが、ドラマは昭和40年代相当に見えます。“マニャン=地方の片田舎” という設定にせよ、軽く40~50年、日本より遅れている気がしました。言い換えればノスタルジックということです。
派出所をめぐる人間関係、警官たちが接する住民たちの関係性は大家族のようです。「秘密はない」「誰かが必ず見ている」片田舎の街マニャン。都会生活に慣れた者にとって暮らしやすいとは言えない気がしますが、相互の助け合い、関わり方の深さも昔の日本を思わせます。
家族関係の濃さ(愛情や執着)については、韓国のほうが日本の数段上をいく感じはほかの韓国作品と同じです。縁あった人との義理人情に厚いのも韓国のほうかもしれません。
イ・ドンシク巡査部長(後に警部補)の充血した目元
こみあげる思いに耐えながら捜査に当たる巡査部長。悔恨、悔しさ、悲しみにより、しばしば涙を流します。目や下瞼が赤く充血している場面が多いのが気になります。
純粋な見方をすると“熱演に次ぐ熱演”。視聴が進むにつれ、冷静になってきて「涙を流すシーンの後に撮影していて、前のシーンの名残りで目が真っ赤なままなのかな」なんて思いました。
イ・ドンシクを演じているのはシン・ハギュン。プロに向かって失礼ですが、演技が大変上手です。
不思議な点もいくつかある
私は韓国の警察事情を知りません。そのうえで指摘するなら、未解決事件の元容疑者であり、被害者家族でもあるイ・ドンシクが警官になれたのはなぜでしょう。イ・ユヨン失踪事件の担当刑事だったナム・サンベの力添えがあったのかもしれませんが、警察組織において、彼がそれだけの権力をもっていたようには思えません。
母親のコネが強烈という理由もありそうですが、精神障害を抱え、未解決事件関与も疑われる(ドンシクのアリバイを恐らくは偽証した)パク・ジョンジェが警官になれたのも不思議です。実の息子を警察内部に置くことが、母親にとって重要だったとも考えられますが。
強行犯係の警部補オ・ジファの元夫が、ビジネスヤクザのイ・チャンジン(JL建設代表)というのも腑に落ちません。イ・チャンジンは彼女の嫌いなタイプに見えます(だから離婚したのだろうけど)。
余談:「オトケ?」と「ポルケ?」は似ている
私は韓国語はまったくわかりません。ドラマを視聴していて最も耳についたのは「オトケ?」(“어떻게”)という言葉。「どのように?(How?)」 に近いニュアンスをもつ表現のようです。
スペイン語のドラマを観ていると最も耳につくのが「ポルケ?」(“¿Por qué?”)という言葉。そちらは「どうして?(Why?)」という意味です。
「『オトケ』と『ポルケ』ってなんか似てないか?」と思ったドラマ「怪物」なのでした。