自由都市ダンツィヒが舞台の名作映画「ブリキの太鼓」

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Amazonプライムビデオでディレクターズカット版が公開されたので視聴しました。原題は “Die Blechtrommel”。ドイツのギュンター・グラスが1959年に長編小説として発表したもの。1979年に映画化されています。

闇鍋的な不気味さがあり「これって必要?」と思われる雑多な情報が盛り込まれています。しかしそのような細部に、その時代のムードやエッセンスが封じ込められているのかもしれません。

深読みすることで解釈の世界が広がるともいえるし、何も考えずに受け止めることで偏見やバイアスなく表現の世界を堪能できるともいえます。名作と呼ばれるものには、ときにそういう面があります。絵画を鑑賞するのに似ていて、わかりやすい効率のよさや無駄のなさとは真逆を指向しているようにも感じました。

本作の舞台と時代背景

時代は1920~30年代。場所は自由都市ダンツィヒです。

ダンツィヒとは、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約を根拠として1920年頃にドイツから切り離され、第二次世界大戦初期にドイツ軍によって占領されるまで現在のグダニスク(現在はポーランド)に存在した都市国家。著者のギュンター・グラスもここで生まれています。

主人公オスカル・マツェラートの母アグネス・コルジャイチェクは1918年当時、野戦病院で看護師をしていました。そこで出会った第一次世界大戦のドイツ人兵士アルフレート・マッツェラートと結婚します。

オスカルは母方からカシューブ人の血を引いています。カシューブ語が主要言語であるため、ポーランド人からみるとポーランド語が不十分で、ドイツ人からみるとドイツ語が不十分。しかし映画では、その辺りのことは省かれているようです。オスカル自身は自分のルーツはポーランドにあると考えていました。

主人公オスカルは1924年生まれの設定です。ざっくり調べた範囲では、この当時のダンツィヒは人口の9割以上が元ドイツ人。ポーランド系ならびにロシア系ユダヤ人の多数はアメリカとカナダへ亡命。元ドイツ人の住民たちは自由都市ダンツィヒの誕生により、ドイツ国籍を再取得するかどうかで居住できるエリアが決まりました。

自由都市ダンツィヒはポーランドから見ても国外でした。ダンツィヒには郵便局がふたつ設けられ、ひとつは都市の郵便局、もうひとつはポーランド人専用の郵便局。主人公オスカルの母アグネスの従兄弟であり、愛人であり、恐らくはオスカルの生物学上の父であるヤン・ブロンスキはポーランド人専用の郵便局に勤務していました。

第二次世界大戦によりユダヤ系住民はホロコーストの対象となり強制収容所へと送られ、多くが虐殺されます。

1944年から1945年にかけて、ソ連によってナチスドイツから解放されます。約28万5千人ともいわれるダンツィヒ居住者たちは、1950年までに連合国支配下のドイツに移住したそうです。オスカルたちも無関係ではなくダンツィヒを離れます。

原作の小説では1952~54年、オスカルは精神科病棟にいて自身の半生を語ります。

3歳で成長を止めたオスカル

本作の語り部は主人公オスカル・マッツェラート。彼いわく、生まれたときから物事を理解できるレベルに成熟しており「この子が3歳になったらブリキの太鼓をあげるわ」という母アグネスの言葉を耳にして、この世で生きることを決めたとのこと。

3歳になってブリキの太鼓を与えられたオスカルですが、大人たちの世界の見苦しさに辟易して自らの成長を止める(=3歳から歳を取らない)ことを決めます。オスカルはブリキの太鼓を手放そうとせず、誰かが無理矢理奪おうとすると叫びます。その叫び声で離れた場所にあるガラスを破壊するという能力を期せずして獲得します。

家族関係は微妙で、何かにつけ母アグネスの側にいて、ベタベタ触ってまとわりつく従兄弟のヤン。親密すぎて明らかに奇妙なのですが、父アルフレートも周囲の人たちも見とがめません(スピルバーグの自伝的映画「フェイブルマンズ」のミッツィ、バート、ベニーを思い出しました)。

3歳から成長しない肉体と人間離れした能力をもつオスカルは、人間社会の既定路線から逸脱した子どもとして世の中を見渡し、出会った人たちに関わっていきます。

そして20歳の頃、ある出来事をきっかけに成長を再開します。小説には先がありますが、映画はそこまでです。またその年頃になるまでのエピソードすべてを映画で取り上げているわけではありません。

感想:人間社会はグロテスク

子どもの頃は大人や社会の誤魔化しや矛盾に敏感です。しかし成長するにつれ、飼いならされて茹でガエル状態になり「これで何がいけないのか」と思うようになります。

本作には生きたカエルを煮え湯に放り込む等のグロテスクなシーンがいくつかあります。とはいえ、慣れ過ぎて鈍感になっているので気付きませんが、人間たちが肩寄せ合って暮らす社会のほうが、よほどグロテスクなのかもしれません。

不思議なのは、成長を自らの意志で止めたオスカルも性欲は普通の青年並みにあるようで、父アルフレートの仕事を手伝うために住み込みでやってきた同い歳の少女マリア、近所の中年女性、興行で知り合った小人の女性と行為に及びます。オスカルのあり方が清廉潔白で美しいということはなく、後に成長を再開するのですから、人間の見苦しさやグロテスクさを自分の中にもあるものとして受け入れることを決めたのかもしれません。

彼は自分の半生を精神科病棟で語っているわけで、真実でないこと、誇張やバイアスも混じっていることが考えられます。しかしオスカルの言葉には、彼の目を通した真実、彼にとっての世界の見え方が表れているはずです。

出演者について

オスカルを演じたのはダーフィト・ベンネント(当時11~12歳)。作中の性的描写が児童ポルノであるとして問題となり、国によっては上映が禁止されました。

先にも述べた通り、性的なシーンだけでなくグロテスクなシーンもいくつかあり、関わる人たちがどんどん死んでいくという展開でもあることから、ひとりの子どもの成長に対する影響を考えると「どうだったのだろう?」と思ってしまいます。

彼は現在も俳優を続けていますが、身長は155cmと低いです(小柄な子どもだったからオスカル役に選ばれた面はあるにせよ)。父親はドイツ人俳優、母親はフランス人ダンサー。

実の父ハインツ・ベンネントも「ブリキの太鼓」にグレフ(八百屋でボーイスカウトのリーダー)役で出演しています。父親は一般的な白人成人男性の身長に見えました。

子役は歳を取っても背が伸びないことがあります。子どもを演ずることを強く期待されてきたからでもありますが、小さな頃から大人の事情を目の当たりにし、成長を阻害するものを何かと背負わされるからではないでしょうか。

1979年の作品なので出演者のなかには既に他界した人もみられますが、オスカルの母アグネス役だったアンゲラ・ヴィンクラーはドラマ「ダーク」で主人公ヨナスの祖母イネス・カーンヴァルトを演じています。

[ロケ地]ドイツ、ポーランド、クロアチア(ザグレブ)

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