薄められていた消毒液。真実に迫る映像記録「コレクティブ 国家の嘘」

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原題は “Collective(Colectiv)” 、ルーマニア、ルクセンブルク、ドイツの共同制作による2019年の作品。これは多くの人が観るべきドキュメンタリー映画と思います。東ヨーロッパの国ルーマニアの医療でかつて起きた他人事ではなく、今の日本でも進行しつつある事柄と同じ要素が含まれているからです。観る者に強烈に迫る記録映像からなる映画で心臓を鷲づかみにされた気分になります。

2015年10月30日、ルーマニアの首都ブカレストにある “コレクティブ” というライブハウスが火災に見舞われました。以下は映画字幕よりの引用です。

若者27名が死亡。180名が負傷した。出口が1つしかない店が放置されていたことに怒り、市民は腐敗した政権を糾弾するデモを行った。全国に広がる激しい抗議行動を受け、社会民主党政権は退陣。怒りを鎮めるべく指名された無党派の実務家が、次の選挙までの約1年間政権を担った。火災後の4カ月間で更に負傷者37名が入院先の病院で死亡した。

「コレクティブ 国家の嘘」冒頭字幕説明より

火災が起きたときの映像も出てきます。その日の “コレクティブ” ではブカレスト出身のメタルコアバンド “Goodbye To Gravity” のライブが行われていました。ニューアルバム「Mantras Of War」のリリースを祝うために行った無料コンサートで、バンドのギタリストであるヴラド・シェレアとミハイ・アレクサンドル、ドラマーのボグダン・ラヴィニウス、ベーシストのアレックス・パスクは火事で亡くなりました。ボーカリストのアンドレイ・ガルシュは火傷などを負い、最終的にはオランダの病院へ移送されたそうです。

バンドが演出に用意した花火が可燃性ポリウレタン音響フォームに燃え移ったのが火事の原因です。

「出入口が1つしかない店」ということで、日本でいうと消防法に問題があった、法令に準拠していない構造物が放置されていた、というのが論点の映画かと思いきや、さにあらず。ルーマニアにおける医療体制(政治家と病院上層部、製薬会社の癒着)に深く切り込んだ作品でした。このドキュメンタリーを観ると日本の腑抜けたジャーナリズムって今や存在価値があるのかな?と思ってしまいます。

当時のルーマニアは医療先進国とは言えず、ケースによっては国を出て診察を受けることが珍しくなかったようです。“コレクティブ” の火災事故では、火傷を専門とする医師のいる病院が国内に少なかったにも関わらず、国外の病院への移送をブカレストの病院がなかなか許可しませんでした。火傷そのものではなく院内感染によって全身に感染症が広がって重傷化したり、命を落としたりする患者が多かったことが問題視されました。

記録には被害者たちのショッキングな映像がいくつか出てきます。また、そういう自分を受け入れて前に進もうとする勇気ある女性の活動も取り上げています。

ブカレストの病院で行われていた医療とは

「ガゼタ・スポントゥリロル(スポーツ紙というところが若干の驚き)」のトロンタン記者によれば「国による公式発表は “対応に落ち度はなく、最善の医療を提供した” という内容だった」とのこと。遺族も「保健相を通じて “不備はなく、ドイツよりもよい治療が行われた” という説明を受けた」と話しています。

重傷および危篤の患者は80~90名にも及びましたが「ヨーロッパ基準で最高の医療を行っている」との公式見解をルーマニア政府は翻しません。

トロンタン記者らのチームは複数の情報源から告発を得ます。例えば「入院してからの死亡は緑膿菌などの細菌の院内感染が原因」というもの。そして病院で使われている消毒液の質に問題がありそうなことがわかってきました。

薄められていた消毒液

数百以上の病院に消毒液を納入しているヘキシ・ファーマ社。社長はダン・コンドレアという人物です。病院に納める消毒液は記載よりも薄い状態に希釈されていました。病院は経費を削減するために、表示より薄い消毒液をさらに希釈して使用。

“コレクティブ” 火災の被害者たちの治療は衛生面で大きな問題を抱えていたことが徐々に明らかになっていきます。国は病院で使用されている消毒液の検査をまったく行っていませんでした。トロンタン記者の記事により、国は手術室で使われている消毒液の検査を行わざるを得なくなります。

「消毒液の使用場面における殺菌作用の有効性を調べたところ、95%以上で基準をクリアしていた。基準を下回ったのは5%未満。患者たちは安全である」と発表する保健相。ブカレスト保健局の用意した資料との食い違いや、検査方法の盲点をジャーナリストは指摘します。

病院で薄められた消毒殺菌剤が使用されていることを、ある教授がルーマニア情報庁(SRI)に詳細なデータとともに報告し続けていたことをトロンタン記者たちは確認します。希釈のことを知りながら政府が動こうとしなかったのはなぜなのか、闇の力が示唆されます。

国内の抗議行動は激しさを増して保健相は辞任。彼はかつて病院の理事長職にあり、ヘキシ・ファーマの製品を採用していました。

お金のために人間をやめる医師や政治家たち

ヘキシ・ファーマ社の社長ダン・コンドレアがキプロスにオフショア法人をもっていることも判明。オフショア法人をかませることで莫大な利益を上げ、政治家や疫学者に賄賂を送るという構造が浮かび上がってきました。

一方、化学研究所が消毒液の検査を行ったことで新たな事実が報告されます。コンドレア氏に捜査の網がかかり、彼は不可解な死を遂げます。彼の元妻は「彼は自殺するような人ではない。人を殺すならばまだありえる」と陰謀の存在を示唆しています。鍵になる何かが葬られていきました。

保健相の後任はヴラド・ヴォイクレスク。調べてみると彼はウィーンの大学を卒業し、オーストリアとベルギーの企業で金融と銀行の経験を積んだ、とあります。“MagiCAMP(がんと診断された子どもたちとその家族をサポートする非営利団体)” の創設メンバーです。映画では「患者の権利を守る活動をしていた」と自己紹介しています。彼は透明性の高い制度へと改革を進めていくことを宣言します。とりあえず前任者よりは国民寄りの人に見えました。

「医師も病院もなぜここまで堕落したのだろう?」と問う新保健相ヴラドに対し、内部告発を行った女性医師は「母の言葉を借りると私たち医師は、もう人間じゃありません。お金しか頭にないのです」と答えます。

対岸の火事とは言えない理由

その後の選挙戦は投票率が大変低く(特に若年層)、そうなると旧勢力が盛り返すのはどの国でも同じで社会民主党が圧勝。新しい風が入ることはなく、むしろ古い体制へと押し戻されていきます。公約は「医療とIT従事者は所得に関係なく非課税」といったすごいもの。政府との癒着を一時は正されそうになった医療界と再び手を結ぼうというわけです(IT従事者は機密情報にアクセスしやすい立場なので、そちらも懐柔しておいたほうがいいですよね)。

後任の保健相だったヴラド・ヴォイクレスクは落胆。彼の父は「この国はあと30年は変化しない。ウィーンへ行きなさい。そちらのほうが人を助けることができる」と言います。

一方、ガゼタ・スポントゥリロル紙のミレラは諜報機関に脅され「君たちはマフィアの巣窟に足を踏み入れた」と言われます。

トロンタン記者は「メディアが権力に屈したら、国家は国民を虐げます」と述べています。消毒液が不適切な用いられ方をし続けたことにより命を落とす人が多数発生したことについては「300に及ぶ病院で年380万人の患者の命を脅かしながら “実験” が行われていたのです」と発言。

ニュース番組ではキャスターが言っています。「苦しむ患者をよそに、多くの医療予算が見えないポケットの中に消えています(=賄賂や便宜)」と。

すべてが今の日本と被ります。

ルーマニアについて若干調べてみると

興味深いことが書いてありました。やはり感染症が多くみられるようで、不適切な医療措置や衛生管理が背景にあることが窺えます。

ルーマニアの死亡率はヨーロッパで5番目に高く、人口10万人あたり691人であり、他のEU加盟国に比べて外的要因および感染症や寄生虫症による死亡者が多く見られる(4〜5%)。

Wikipedia「ルーマニア」より

また一旦退陣し、次の選挙で返り咲いた社会民主党は中道左派に位置付けられていますが、その陣容はチャウシェスク政権に仕えた人たち。“腐敗政治家、ビジネスマンの寄せ集め集団” と揶揄されています。

“コレクティブ” の火災、医療関係者の内部告発、トロンタン記者らによるスクープ記事などにより発覚したもろもろの根底には政界や医療の腐敗がありました。事件によって退陣したにも関わらず、国民(特に若年層)の政治への無関心から旧勢力が息を吹き返し、選挙で勝利したとは皮肉なものです。

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