子どもの頃、アメリカという国が大好きでした。父が出張で長期滞在していて、誕生日やクリスマスにはアメリカから絵本などの贈り物やカードを送ってくれました。私自身の初めての海外旅行もアメリカです。スーパーマーケットは広々として商品が大量に陳列されているし、日本で見ないようなお菓子がたくさんあるし、自由なムードで日本のようなせせこましさがなく、子ども心に夢の国のように感じられたものです。
しかし大人になり、事件もののドキュメンタリーなどを観ると「アメリカって怖い国だな」「歪みの大きい社会だな」等、日本とは桁違いの異常性のほうが気になるようになっていきました。よいところもあるけれど人種や出自、教育レベルや経済力に基づく階級社会化が進行していて、機能不全の家庭は歪んだトラウマを抱え、未来に希望をもちづらい国となっているのではないでしょうか。
テキサスを舞台とした連続殺人事件、失踪事件。今回紹介するふたつのドキュメンタリーは一部が集合(算数で習う〇を書いて表現するあれです)のように重なっています。たとえば「THE 11-シリアル・キラー:エド・ベル・ケース」にメインで登場する新聞記者のリーサ・オールセンは「事件現場から:テキサス、キリング・フィールズ失踪事件」でもコメントを提供していますし、前者のメインテーマである1970年代に失踪した少女たちのケースが後者でも紹介されています。
「THE 11-シリアル・キラー:エド・ベル・ケース」は1970年代の事件、「事件現場から:テキサス、キリング・フィールズ失踪事件」は1980年代以降の事件を取り扱っています。
自分自身がふたつのドキュメンタリーの内容を整理して解釈したいというのが、これを書いた主たる動機です。
THE 11-シリアル・キラー:エド・ベル・ケース
A&E Television Networks の提供による作品。Amazonプライムビデオで配信されています。2005年に迷宮入りした1970年代テキサス州での未解決事件を元刑事フレッド・ペイジが引き継いだという経緯の説明からスタートします。
遺体発見現場を管轄するテキサスシティ警察を訪れたところ一通の手紙を示されます。その差出人はラリー・ディケンズという男性を1978年に殺害した受刑者エドワード・ハロルド・ベルでした。①自分は政府工作員によって殺人プログラムをインプットされた、②マリア・ジョンソンとデビー・アッカーマンを殺したのは自分である、③ガルベストン郡でほかに5人の少女を殺したと書いてありました。その書簡を検事局は1998年1月に受け取っています。しかしベルはそれに関する供述を拒み、当時の地区検事長はベルは殺していないと判断。それ以上の捜査を行いませんでした。
元刑事フレッドはベルに面会を拒否されたため、ベルが取材に合意したヒューストンのジャーナリスト、リーサ・オールセンと協力体制を敷きます。ベルは11人の未解決事件についてリーサに書き送りました。しかしその後ベルは態度を翻し、一貫して11人の殺害への関与を否定し続けます。
[ベルに殺されたと思われる11人の少女たち]
コレット・ウィルソン(13歳):1971年6月、楽団の合宿に参加、母親の迎えを待っている間に失踪する。11月、アディックス貯水池で遺体が発見される
ブレンダ・ジョーンズ(14歳):1971年7月、叔母の見舞いの後、バスを降りた自宅近くで消息不明となる。翌朝、船の航路で遺体を発見。11人のなかで唯一のアフリカ系アメリカ人
シャロン・ショー(14歳)/レネー・ジョンソン(14歳):1971年8月、ウィックス・スキー学校(←水上スキー)を出た後、消息を絶つ。テイラー湖で遺体を発見 ⇒ 72年5月、マイケル・セルフが逮捕される。当時のウェブスター署長と副署長に銃で脅され、供述書へのサインを強要されたとして後に無罪を主張。訴えを認められることはなく刑務所で人生を終える
グロリア・コンザレス(19歳):1971年10月、買い物先で拉致され、アディックス貯水池で遺体が発見される
マリア・ジョンソン(15歳)/デビー・アッカーマン(15歳):1971年11月に白いバンへ乗り込む姿を目撃されたのが最後。バイユーの池の中で遺体を発見
キンバリー・ピッチフォード(16歳):1973年1月、自動車教習の後にヒューストンでヒッチハイク。ドイツ車に乗った後に失踪。3日後にベルの生家近くで遺体で発見される
ジョージア・ギア(14歳)/ブルックス・ブレイスウェル(12歳):1974年9月、ディキンソンのモーテルで目撃された後に失踪する。1981年、遺体が発見される
スザーン・バワーズ(12歳):1977年5月、祖父母宅から自宅へ戻る途中、ガルベストンの海辺で失踪する。1979年、ベルの居住区近くのアルタ・ロマで遺体が発見される
元刑事フレッドや記者リーサは地道な活動によって証言や証拠を集めていきます。その様子をみるにつけ、事件発生当時に適正な捜査が行われていたら、とうの昔に真犯人を逮捕できていたはずと思えてなりません。
1978年、ベルはラリー・ディケンズ(←ベルの下半身露出を見とがめた男性)殺害事件によって逮捕されます。しかし24時間後には保釈金を支払うことで釈放され、その後14年間、国外(⇒コスタリカ⇒パナマ)へ逃亡。したがってそれ以降、テキサス南東部で彼が少女の連続殺人を起こすことはなくなったといいます。そして1993年2月に逃亡先のパナマで逮捕されます。
過去に繰り返し逮捕されているにも関わらず、ベルは3回結婚し、アメリカでもパナマでも10代の若い恋人がいたようですから、寛大で人を疑わない女性を嗅ぎ分けるのが得意だったのかもしれません。ベルは特別かっこいいわけではなく、アンソニー・ホプキンス系の風貌。
気の毒な幼少期があったのかもしれませんが「おかしな人物は一生おかしい」との確信を強化してくれるキャラクターです。
事件現場から:テキサス、キリング・フィールズ失踪事件
こちらはNetflixオリジナル作品で3エピソードからなります。
「THE 11-シリアル・キラー:エド・ベル・ケース」を観て、エド・ベルは国外逃亡ののちに逮捕されて刑務所にいるのだからテキサス州で同様の事件が起きることはなくなった、さぞかし平和になったことだろうと思いました。しかし彼の地にはまだまだ多くの変態・極悪人がいるらしいことが判るのが「事件現場から:テキサス、キリング・フィールズ失踪事件」です。
冒頭辺りで「1983年以来、ガルベストン郡では不審な失踪が相次いでいます」と言っています。この時期、エド・ベルは国外逃亡していてテキサスにいなかったので、ほかの誰かが犯人です。
州間高速道路45号線沿いで20人以上の女性が犠牲となりました。失踪者数で言えば、さらに多数となります。ヒューストンから45号線を南へ下ると小さな町があり、それ以外はただの平地・沼・貯水池、油田や石油化学工場という環境。特にヒューストンとガルベストンの間は死体が発見されにくい場所だったとのこと。リーグシティは “キリング・フィールズ” と呼ばれていました。リーグシティの大部分はガルベストン郡で一部はハリス郡です。
[“キリング・フィールズ” 周辺で発見された遺体]
1984年4月:カルダー・ロード沿いに住む子どもたちが白骨遺体を発見。ハイディ・ヴィジャレアル・ファイであることが判明
1985年1月:バー「テキサス・ムーン」に行った後に失踪したエレン・ビーソン(20代)の白骨遺体がガルベストン島にかかる橋の近くで発見される
1986年2月:カルダー・ロードを自転車で通りかかった少年たちが若い女性の白骨遺体を発見(2019年にドナ・ゴンスリン・プルドームであることが判明)。警察は付近で3体目の死体(ローラ・ミラー)を発見する
1991年9月:乗馬をしていたカップルが女性の白骨遺体を発見(2019年にオードリー・リー・クックであることが判明)
–(時間的な隔たり)–
1997年4月:行方不明となったローラ・スミザーの捜索に海兵隊ほか6000人が参加。ボランティアが遺体を発見。ローラ・スミザーであると断定された
[被害者/失踪者](ドキュメンタリーで取り上げているのは一部)
ハイディ・ヴィジャレアル・ファイ(25歳):1983年10月、ボーイフレンドのいるヒューストンへ向かう前にコンビニエンスストア横の公衆電話で電話をかけているのを目撃されたのが最後。バー「デキサス・ムーン」で働いていた
エレン・ビーソン(20代):1984年7月、バー「テキサス・ムーン」に行った後に失踪
ローラ・ミラー(16歳):1984年9月、コンビニエンスストア横の公衆電話から家までの800mの間で姿を消す。もとはディキンソンに住んでいたが更生のために家族でリーグシティへ引っ越していた。接点はなかったものの、先に遺体が発見されたハイディと家が近かった
–(時間的な隔たり)–
ローラ・スミザー(12歳):1997年4月、ジョギング中に失踪。フレンズウッド(治安のよいエリア)に住んでいた
サンドラ・セイポー:1997年5月、車がパンクした彼女を助けるふりをした男性に誘拐される。高速道路走行中に拉致された車から飛び降りて重傷を負う
ケリー・コックス(20歳):1997年7月、テキサス州デントンで失踪。授業の一環で拘置所を訪問。その後、車を開錠できずボーイフレンドに公衆電話から連絡する姿が目撃されている
ジェシカ・ケイン(17歳):1997年8月、飲食店での目撃を最後にティキ島(ウェブスター)から失踪。彼女の車はゴルフ場に放置されていた
[主要な登場人物]
クライド・エドウィン・ヘドリック(容疑者①):犯罪歴、元妻などに対するDV歴あり。エレン・ビーソンの遺体を隠匿。後年いくつかの失踪事件について非公式に殺害を認めるが有罪にはなっていない。2021年10月に67歳で刑務所から釈放となる
ティム・ミラー:行方不明者捜索会社「テキサス・エクウサーチ」創設者。失踪したローラ・ミラーの父。ディキンソンでの家の2軒隣にクライド・ヘドリックの住んでいた家があった
マーラ:ガルベストン郡住民。小学校5年生のときに母が “運命の恋人” クライド・ヘドリックを家に連れてくる。母親とクライドはやがて結婚。継父クライドから性的被害を受ける
ロバート・ウイリアム・エイブル(容疑者②):元NASAの科学者。元妻へのモラハラ、動物虐待など、FBIによる犯人像のプロファイリングと一致した
ビル(ウイリアム)・リース(容疑者③):1997年10月、サンドラ・セイポーの証言により誘拐の容疑で逮捕される。2016年、死刑回避を目的としていくつかの失踪事件について殺害を認める
リチャード・レニンソン:FBI特別捜査官。“キリング・フィールズ” 事件を担当
ケヴィン・ペトロフ:地方検事補
キャスリン・ケイシー:作家。事件に関心をもち本を執筆する
S・ホランズワース:月刊誌記者
リーサ・オールセン:新聞記者。「THE 11-シリアル・キラー:エド・ベル・ケース」ではメインメンバーとして事件捜査にあたっている
※ 警察がガルベストン郡とハリス郡の性犯罪者のリストを作成したところ数千人にも及んだ
映像と照らし合わせると一箇所重要な部分の字幕が間違っているのではないかと思います。
私は情報を整理して理解したい性質、かつ整理しないと理解できないタイプなのですが、じっくり眺めてみると住む場所によってかなりグラデーションがあるにせよ、つくづくアメリカってすごい国だと思いました。