2014年、シリアのラッカがISISに奪われた後に結成された市民ジャーナリスト団体「ラッカは静かに虐殺されている」(Raqqa is Being Slaughtered Silently)の活動を通して、イスラム教過激派集団の実態を伝えるドキュメンタリーで Amazon Original です。原題は “CITY OF GHOSTS” でアメリカによる作品。
私はイスラム教徒ではなく、これといって信仰する宗教もありません。そういう人間がこのドキュメンタリーを視聴すると「ISに対する理解・共感は100%無理」という結論に至ります。
残虐極まりなく、従わない者たちは見せしめのように殺されていきます。教義を根拠に市民に対する残虐行為を行う自称宗教国家に所属し、忠誠を誓いたいと思うでしょうか。何教であろうと宗教によって統治されている国のメンバーに私はなりたくありません。
そんな集団が武力を行使して自分の住む町を制圧したとしたら、どうすればいいのでしょう。この映画はそういった観点からも非常に興味深い内容でした。
イスラム国(IS)の特徴
映画を視聴するにあたり「そもそもイスラム国(IS)とは?」が私の出発点でした。必要があれば以下をご覧ください。
[イスラム国(IS)とは]
- イスラム教スンニ派による過激派集団
- ISに否定的な人たちは、ISを داعش (翻字:Dā’ish/ダーイッシュ)と呼ぶ。
- 2004年10月にアルカイダ最高指導者への忠誠を表明し “イラクのアルカイダ” として活動を開始。主にイラクで活動していたが2013年以降、反政府運動が続くシリアにも活動を拡大。アルカイダとは意見が対立し絶縁状態。
- イラク及びシリアにおいて①政府、②治安部隊、③親政府系民兵組織、④クルド人勢力、⑤シーア派等イスラム教スンニ派以外の宗派及び他宗教の住民、⑥酒類販売業者等ISが不道徳とみなす主体、⑦インフラ設備、⑧外国人を含むジャーナリスト、⑨反体制派勢力等に対するテロ行為を行う。
- 資金源は2014年当時、①中央銀行の支店からの収奪、②人質の対価として得る身代金、③石油の販売収入、④他国からの寄付金が柱であった。サウジアラビアから巨額の資金が流れていたという説もある。
- 2019年3月にすべての支配地を喪失して以降は組織の存続を優先しつつ、再びISによる領域支配を実現することを目指しているとみられる。
- サラフィー主義に則る
- ムハンマド没後3世代(あるいは300年間)を理想とする復古主義的思想で反シーア派の立場をとる。
- 「アッラーのみを信じなければならない」と厳格に考え、イスラム他派による聖者廟や崇拝対象の樹木などを破壊。宗教警察を置き、従うべき規範を逸脱する人たちを厳罰に処する。「窃盗をしたら左手首を切り落とす」「姦通したら石打ち刑」などの人権侵害とみなされる刑罰を適用。
- カリフを名乗りイスラム国家の樹立を一方的に宣言
- カリフとは、預言者ムハンマド亡き後のイスラム共同体/イスラム国家の指導者、最高権威者の称号。カリフとなるにはいくつかの条件があり “クライシュ族の男系の子孫であること” もそのひとつ。スンニ派はカリフがクライシュ族の末裔であることにこだわらない傾向にある。
- イスラムの政治制度であるカリフ制は1923年に廃止されたが、多くのイスラム諸国、イスラム教徒で “理想の国家/政治体制” と認識されている。アルカイダもカリフ制を理想的国家としている。
- カリフがいれば侵略戦争も許されるため、イスラムのかつての支配地域以外に対する戦争も正当化できる。
- イスラム法(シャーリア)を使った恐怖政治を行う
- イスラムの教えに反する行為(焼殺など)も行っている。支配者側に法の厳格な運用はなく、もっぱら市民弾圧や虐殺行為の正当化に利用している。
- 2014年にはコーランを根拠として奴隷制度を復活させている。
- 映像やインターネットを使ったプロパガンダ戦略で戦闘員を集めている
- ISはメディア戦略に力を入れている。ラッカ占領後のビデオはプロが製作し、ハリウッド映画並みのドラマチックさ、ダイナミックさ、臨場感をもつ。
- WEBやSNS、動画共有サイトなどを利用。アラビア語のみならず英語、フランス語等を用いて活動状況の宣伝、欧米諸国等への攻撃の呼び掛け、中東域外出身の戦闘員の勧誘等を行う。
- シリア、イラク以外の戦闘員出身国としてはチュニジア、サウジアラビアが多い。子どもたちを対象とした訓練キャンプもあり、少年兵を動員していることに国連は懸念を示している。ISの戦争規則ではすべての戦闘に自爆者を必要とする。自爆者の多くは訓練キャンプで洗脳された子どもである。
- 拘束した者を処刑する様子、惨殺した遺体等を画像や動画で頻繁に公開することで、敵対関係にある組織や勢力に恐怖感を植え付け、戦意喪失を図ってきたとされる。
シリア内戦を巡る状況
シリア内戦は、シリアで起きた “アラブの春” (大規模反政府デモを主とした騒乱の総称)から続く、シリア政府軍とシリアの反体制派及び外国勢力を含む同盟組織などによる多面的な内戦。2011年から現在(2022年)まで続いており、1960年以降の世界史において最も難民が発生した戦争と言われている。
Wikopediaより
内戦は2011年に始まっており、日本社会が東日本大震災の衝撃を受けていた頃、アラブ世界も別の意味で大きく揺れ動いており、シリアも例外ではなかったということになります。
[ISが勢力を拡大できた背景]
- アサド政権の圧政が40年続き、人々は自由を求めていた。“アラブの春” で反政府運動が激化。政権からの解放を求めた人たちのなかには新たな息吹をもたらす可能性を見出してISを歓迎するムードもあった。
- 初期はアサド政権派のシリア軍と反政権派勢力の民兵との衝突が主たるものであったが、各種の主義・勢力の衝突、反政権派勢力間での戦闘も生じ、その混乱に乗じてISなどの過激派組織も勢力を拡大した。
- アサド政権打倒およびIS掃討の立場に立つ米仏をはじめとした多国籍軍、反対にアサド政権を支援するロシアやイランも軍事介入して内戦は泥沼化。トルコやサウジアラビア、カタールも自国の安全・権益確保のために反政府武装勢力への資金援助、武器付与等を行った。
- ISはもともとイラクで活動していたが、イラク軍とイラク政権の弱腰が彼らを増長させたと言われている。
- アサド政権打倒を念頭においていたトルコは、自国を経由してイラク北部のISに流入する人・武器・物資・資金に目を光らせていなかった。しかし自国の領地でISがテロ行為を行うようになりトルコもIS掃討に乗り出した。
市民ジャーナリスト団体”RBSS”の活動骨子
市民ジャーナリスト団体「ラッカは静かに虐殺されている」(Raqqa is Being Slaughtered Silently)の活動概要は以下のようです。
[映画に登場した主要なメンバー]
- 組織のリーダー的存在:アジズ(共同設立者/スポークスマン/ドイツへ)、ハッサン(共同設立者/ドイツへ)、モハマド(共同設立者/レポーター/トルコ⇒ドイツ)、ナジ・ジェルフ(別名 “アンクル” /活動や市民記者たちの育ての親/トルコで暗殺される)
- 海外組(上記以外):ハムード(カメラマン/ドイツへ)、ハッサン(ハムードの弟/トルコ⇒ドイツ)、サルマド(トルコ⇒ドイツ)。国内組から得た情報を世界に発信する役割
- 国内組:“ラッカ12” ほか記者は17人前後いる。写真や動画を撮り、緊急のニュースを海外組へ送る役割
- ラッカでISにより処刑:モウタズ、ファレス、イブラヒム
- メンバーの家族(メンバーとして活動していない):ハムードの父モハメドと長兄アハメド(ISが処刑)/アジズの弟ムサ(ラッカ脱出の密航船で死亡)
[拠点]
- ラッカ(シリア)、ドイツ(ベルリンほか)、トルコ(シリア国境にあるガズィアンテプ)
- トルコにおけるナジの暗殺後、ドイツが緊急ビザを発行したことによりトルコにいたメンバーたちもドイツへ移動
[活動内容]
- メンバーの多くは活動開始当時、学生だった。
- 当初は市民の自覚を促すことを目的としていた。しかし無作為に行われている市民の処刑や虐殺を中東や国外メディアが報道しないため、インターネットを通じてラッカに注目を集め、街の現状とISの真実を伝えることにした。
- 具体的には①ラッカでISによって日常的に行われている非道な行為、②SNSを通じたISのプロパガンダの多くが虚偽であること、③ラッカの人々を代表しての生の声を国際社会に伝えることを目的とした。
- 9か月間は自己資金で賄い、その後はNGOの支援を受けている。
平安はどこにもない
ISによる厳しい検閲の網をかいくぐり、命の危険を冒して写真や映像を撮影し、ラッカのありのままを世界へ伝えようとするメンバーたち。活動継続のために国外に拠点をもちますが、そこでも危険がついて回ります。それはISによるものだけとは限りません。
例えばドイツは緊急ビザを発行して彼らを庇護しましたが、国内が一枚岩というわけではなく、彼らや難民、シリア移民に一刻も早くドイツから出て行って欲しいと強く願う人たちもたくさんいます。ISはヨーロッパやアメリカでもテロ活動を行っているので、ISに命を狙われている人たちが国内にいることに危機感を覚える人たちもいたことでしょう。
シリアで起きていること、そこで苦しんでいる人たちに目を向けて欲しいというデモを行うRBSS。一方で「彼らをトルコへ返せ!」というデモ行進を行うドイツの人たち。避難先の国の人たちと対立するつもりはなくても、相手が歓迎してくれないのであれば対立を避けることは困難です。
スポークスマンのアジズのスピーチにもある通り、ISは市民にとっての敵でした。しかしISが消えたとしても別の組織が台頭します。「人は自由と安全を求め、そのどちらも得られない世界では繁栄を約束する組織に取り込まれます」という彼の言葉には納得させられるものがあります。それは政治組織とは限らず宗教組織であっても同様です。イスラム国家の場合は政治と宗教が一体化していますが、宗教はこの世で不遇であろうとも、死後には極楽浄土や天国へ行くことを約束して人々を取り込みます。
特に砂漠で生まれた三大宗教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)には極論的なところがありますね。比較すればブッダの説いた “中庸であることの大切さ” は世界平和という観点からは適切だったのかもしれません。
80年近く戦争も内戦もなく(それは素晴らしいことです)難民として海外へ行く人たちのいない国、極端な主義主張をもつ宗教を信仰する人の少ない国、日本。そういうところで生まれ育っているため映像の壮絶さには戦慄を覚えます。
ISによって実際に行われた斬首や銃殺などの残虐なシーンが出てきますが、過去に起きたことから目を背けることをよしとしない方には視聴をお勧めします。ドキュメンタリーとしても非常に評価の高い作品です。