Netflixのオリジナルシリーズ「ナルコス」はとても興味深いものでした。たくさんのファンがいて私もそのひとりです。
「ナルコス(コロンビア編)」では “アメリカのDEA(司法省麻薬取締局)が国の強力なバックアップのもと満身創痍でコロンビアの麻薬戦争を戦った” という実話ベースの内容が展開されます。ナレーションでは「DEA捜査官エンリケ・“キキ”・カマレナがメキシコのカルテルによって酷い拷問の末、惨殺されたことにアメリカは怒り狂い」「正義のために立ち上がった」という説明になっています。
そのメキシコを舞台にカルテルとの戦いが描かれたのが「ナルコス:メキシコ編」。冒頭に「事実に着想を得た創作であり、人物・場所・事件等は架空のものです」と表示されます。しかし視聴者は少なからず「エンリケ・“キキ”・カマレナが惨殺されたのは事実だし、実在の人物(当人ではなく役者)が登場するし、カルテル間の抗争も実際にあったことだし、創作とはいっても限りなく事実に近いのだろう」と思ってドラマの世界に没入するのではないでしょうか。
以前、メキシコ編について書いたのはコチラ(↓)
DEAの捜査官エンリケ・“キキ”・カマレナは1985年2月7日、グアダラハラの米領事館から妻との食事に向かう途中、4人の男によって誘拐され、拷問され、惨たらしく殺害されました。
ドキュメンタリー「ラスト・ナーク~麻薬捜査官 殺害の真相を暴く」(原題:THE LAST NARC)を観ると、「ナルコス:メキシコ編」の創作とはエンリケ・“キキ”・カマレナ事件が起きた最大の理由(政府から密売人までを含めた国家間の組織的結託の闇)を掘り下げなかったことのように感じます。
どこまで信じるかは観る人次第ですが、ドキュメンタリーに登場する人たちの証言と「ナルコス:メキシコ編」の間で答え合わせをしたくなりました。まずはドキュメンタリーの内容を概観します。
冒頭に、こんなテロップが出てきます。
麻薬戦争史に残る最大の闇にチャールズ・ボーデンは挑んだ。メキシコの麻薬カルテルと中央情報局(CIA)が絡む殺人事件。だがボーデンは事実を世に問う前に死去した。本作はその経緯を描く
チャールズ・ボーデンは日本では馴染みのない人物かもしれません。ニューメキシコ州を拠点とするノンフィクション作家、ジャーナリスト、エッセイストで2014年に69歳で亡くなっています。環境問題を取り上げたほか、アメリカ-メキシコ国境の麻薬戦争に関する著作があるようです。
ドキュメンタリーに登場する人物
エンリケ・“キキ”・カマレナの妻ジェニーバ “ミカ” やヘクター・ベレレスの母コンスエロ・“チャティタ”・ベレレス(占い師)も登場しますが、事件そのものに直接の関わりはないので詳細は割愛します。
【メキシコ】グアダラハラ・カルテル関係者
※ 当時の映像や話題に登場
- ラファ(エ)ル・カロ・キンテロ:グアダラハラ・カルテルの幹部。キキに酷い拷問を行い、死に至らしめた首謀者。コスタリカで逮捕されたが2013年に釈放
- エルネスト・“ドン・ネト”・フォンセカ・カリージョ:グアダラハラ・カルテルの幹部。誘拐したキキを解放するつもりだったが、キンテロが聞き入れなかった。2016年に出所し、メキシコシティで自宅軟禁となっている
- ミゲル・フェリクス・ガジャルド:グアダラハラ・カルテルの幹部。1989年にメキシコで逮捕され、カマレナ殺害の罪で懲役37年の判決を受ける。2014年、健康状態の悪化によりグアダラハラにある警備の緩い刑務所に移送
- サミュエル・ラミレス・ラソ:カルテルの補佐官。キキを誘拐した4人の実行犯のひとり
- ウンベルト・アルバレス・マシャイン:フォンセカの主治医
- ルベン・スノ・アルセ:カルテル支援者。遺体を処分するプリマベーラの森、キキの拷問を行ったロペ・デ・ベガ881番地の邸宅の所有者。ルイス・エチェベリア・アルバレス元大統領の義理の兄弟
【アメリカ】DEA(司法省麻薬取締局)関係者
※ 重要度の低そうな人物も含まれるが一応羅列
- ヘクター・ベレレス:元DEA特別捜査官。メキシコ生まれのアリゾナ育ち。州警察官となった後、ニクソン大統領によって1973年に創設されたDEAに1974年に入局(キキは1975年の入局)。当初は米国内を拠点に捜査に当たっていた。カマレナ事件の2年後にシナロア州マサトランの事務所長に任命されるが、グアダラハラ・カルテルによって命を狙われるようになったため1988年に一旦アメリカへ戻る。その後、“レジェンダ作戦” の指揮管理官となる。担当を外された後はワシントンD.C.に勤務。1996年にDEAを退職
- ジム・ホワイト:元DEA特別捜査官。マサトラン事務所長だったヘクターと捜査に動いていた
- ジャック・ローン:元DEA長官(1985~1990年)。ヘクターを “レジェンダ作戦” の指揮管理官に選ぶ。一方で1990年、ヘクターにカルテルお抱えの医師ウンベルト・アルバレス・マシャインの誘拐を命じたうえで梯子を外す。それによりヘクターはカマレナ事件の捜査から外され、メキシコではお尋ね者となる
- デビッド・ウェストレイト:当時のDEA長官補佐。ローレンス・J・スミス下院議員に答弁する
- ハイメ・クイケンダール:キキの上司でグアダラハラ事務所の元所長(1982~1985年)。「我々の職務は逮捕ではなく密売人と取引形態を暴くこと」と述べたほか、カマレナ事件に際し、検察側ではなくカルテルを援護するかのような証言をする
- エド・ヒース:当時のDEA作戦部長でメキシコシティにいた
- フィル・ジョーダン:元DEA情報部長。キキとは仲間だった。後にハリスコ州警察の3人の元刑事に対してカリフォルニア州で尋問を行う
- マイク・ホルム:ヘクターがカマレナ事件捜査中だった時期のDEA事務所長
- ジョン・ツィエンター:元DEA特別捜査官責任者
メキシコ側の人たち
ハリスコ州警察関係者
※ 以下の3名は当時の汚職警官
※ カルテルの要人の護衛をしていたのは州警察からの指示によるもの
- ホルヘ・ゴドイ:殺人課刑事(1980~85年)。イタコ(憑依)体質なのか、目を見開いて話す姿、突然歌い出す姿など芝居がかった様子が舞台俳優のよう。「彼らが内務大臣からの指令を君に出す」と上官に言われ、グアダラハラ・カルテルの幹部エルネスト・“ドン・ネト”・フォンセカ・カリージョを護衛。フォンセカとともに逮捕され3年服役。売春宿を営むラファという青年が情報を流したことがきっかけで、カマレナ事件捜査に協力するようヘクターから要請される
- ルネ・ロペス:殺人課刑事(1981~85年)。ある指揮官から「“連邦司令官” の運転手をしないか」と誘われてフォンセカの護衛となる。「キキ誘拐の実行犯はサミュエル(・ラミレス・ラソ)、トレス・リープ、ルネ・ベルドゥゴ、そして自分」と述べる。1989年にホルヘを通じて事件捜査への協力を要請されるまでは逃亡していた
- ラモン・リラ:ホルヘとルネの上司(1973~85年)。上官の指示でフォンセカの警護にあたった。ルネ同様に1989年まで逃亡していた
DFS(連邦調査局)関係者
※ DFSは当時のメキシコの秘密警察。アメリカの中央情報局(CIA)が創設
※ 1980年代半ばまで多くのDFS捜査官がグアダラハラ・カルテルの協力者であり、キキの誘拐にも関与し尋問を行った。フォンセカやキンテロは彼らの特権を悪用
- サミュエル・ラミレス・ラソ:カルテルの補佐官。キキを誘拐した4人の実行犯のひとり。DFSのIDを持っていた
- キューバ訛りの尋問者(マックス・ゴメス):サミュエル(・ラミレス・ラソ)によればカルテルに雇われたDFSの指揮官。キキを尋問し、そのやり取りをテープに録音
連邦警察関係者
※ 州警察とは立ち位置がやや異なり、基本的(=表向き)にはDEAと組んで麻薬捜査にあたっていた
- アルマンド・パボン・レイエス:メキシコ連邦司法警察の指揮官。連邦特別部隊長。DEAと協力して指名手配されたキンテロを追う立場だったが、彼の逃亡を黙認したことにも表れているようにグアダラハラ・カルテル側の人間だった
- ギレルモ・ゴンザレス・カルデローニ:メキシコ連邦司法警察の指揮官。DEAに協力する一方でカルテルからお金を受け取っていた。サリナス大統領(当時)と兄ラウルが自分を消そうとしていることを察知してヘクターに対してメキシコの実態を告発。その際「キキを殺したのはアメリカ政府だから、事件解決を望んでいない。命が惜しかったら捜査を止めろ」と忠告
政府関係者/政治家
※ 彼らはグアダラハラ・カルテルと深い関わりがあった
- ミゲル・デラマドリ:1982~1988年の大統領
- ホセ・ロペス・ポルティーヨ:1976~1982年の大統領
- マヌエル・バーレット・ディアス:カマレナ事件当時の内務大臣。ミゲル・デラマドリ大統領に代わって代金(ドラッグビジネスの利益における取り分)回収などをしていた
- カルロス・サリナス・デ・ゴルタリ:1988~1994の大統領。兄ラウルは麻薬密売人
- エンリケ・アルバレス・デル・カスティーリョ:カマレナ事件当時のハリスコ州知事
軍部
※ 基本的にはDEAに協力していた
※ しかしカマレナ事件に関わっており、カルテルのミーティングにも参加していた
- アレバロ・ガルドーキ:メキシコ国防相司令官
- ビニシオ・サントヨ・フェリア:統合参謀本部議長で司令官
アメリカ側の人たち
連邦検察局関係者
- マニー・メドラーノ:元連邦検察局検事補。カマレナ事件主任検察官
CIA(中央情報局)関係者
- 上層部:人数や名前は公表されていない。キキ・カマレナの誘拐・尋問・殺害を指示
- フェリックス・イスマエル・ロドリゲス:マックス・ゴメスの本名。CIA工作員でキキを尋問。殺害現場にも居合わせた。キューバの上流階級生まれで反共主義。当人はカマレナ事件への関与を否定
- ユージン・ハーゼンファス:1986年10月、ウィスコンシン州を出発した輸送機が撃ち落されたことでニカラグアで拘束される。輸送機に乗っていたのはCIAの指示によるものと主張したが、アメリカ政府は彼個人での行動と発表する
政府関係者/政治家
- ロナルド・レーガン:カマレナ事件が起きた当時の大統領(1981~1989年)
- リチャード・モアフィールド:カマレナ事件が起きた当時のメキシコ総領事
- ジョン・ギャビン:カマレナ事件が起きた当時の駐メキシコ大使
- ローレンス・J・スミス下院議員:フロリダ州民主党員。メキシコ警察によるカマレナ事件のもみ消しを追及する質疑を行う
- ジョージ・H・W・ブッシュ:レーガン政権時代の副大統領。大統領からの信頼が厚かった
- ジェームズ・ダンフォース・クエール:ジョージ・H・W・ブッシュ政権時代の副大統領(1989~1993年)
その他
- ジェームズ・ミルズ:組織犯罪専門家。「カマレナ事件に対してメキシコ政府の協力は得られないだろう」と述べる
ニカラグアの“コントラ”
※ ニカラグアの親米反政府民兵(ミリシア)の通称が “コントラ”
※ アメリカ合衆国のレーガン共和党政権から資金提供を受けていた。CIAは資金や武器を供与。グアダラハラ・カルテルの空軍基地(キンテロ所有のベラクルス農園)で訓練も行った。カマレナ事件の1年前にアメリカ議会がコントラ等の反共ゲリラ支援を否決したため、政府は新たな隠れたルートを探すことになった
国際社会で起きた2つの出来事
私は歴史に疎い人間。ドキュメンタリー内での取り扱い方が既に知っている人向き(=不親切)と感じたので補足しておきます。エピソード4で出てくる話題で、いずれにもCIA工作員フェリックス・ロドリゲス(マックス・ゴメス/カマレナ事件でキキを尋問した人物)の関与が取り沙汰されます。
2つの出来事には20年弱の開きがありますが、非常にざっくりまとめると、アメリカは中南米における共産主義勢力の撲滅に力を入れていて、CIAも関与していたということでしょう。
イラン・コントラ事件
1985年、アメリカ合衆国のロナルド・レーガン共和党政権が、レバノンでヒズボラに捕らえられているアメリカ人の解放を目的としてイランと裏取引。アメリカ国家安全保障会議(NCS)は同国へ武器を売却。さらにその代金をニカラグアの反共右派ゲリラ “コントラ” の援助に流用。
当時のアメリカは、1979年のイランアメリカ大使館人質事件によりイランとの国交を断絶しており、イランに対する武器輸出、政治家や官僚・軍人による同国政府との公式な交渉を禁じていた。一方でイラン・イラク戦争におけるイランの敵国イラクとアメリカの間には国交があった。
イラン、“コントラ” との交渉窓口は副大統領だったジョージ・H・W・ブッシュだったと言われている。
1987年頃に本件についての聴聞会が開かれ、CIA工作員フェリックス・イスマエル・ロドリゲスも質疑に応答している。
Wikipediaを基に編集
1979年のイランアメリカ大使館人質事件でも大統領選挙に勝利するため、事件を長引かせようとレーガン陣営からイランに資金が供与されたと言われています(黒いな、レーガン)。
2024年時点でもアメリカとイランの関係は悪いように見えますが、一見仲が悪い同士(トップ)が裏で手を握っているのはありえることです。
チェ・ゲバラの殺害
1967年10月、アルゼンチン出身の革命家チェ・ゲバラはボリビア政府軍レンジャー大隊によって捕えられた。CIAのフェリックス・ロドリゲスが受信した電報「ゲバラを殺せ」によってゲバラは射殺された
Wikipediaを基に編集
アメリカ政府やCIAが隠したかったこと
1984年、アメリカ議会の採決によって反共ゲリラの支援が禁じられました。表向きには不可能になったニカラグアの “コントラ” 支援、その代替になるものが考案され密かに実行されます。それがCIAによる麻薬密輸、メキシコのカルテルに対する(通じての?)武器供与。アメリカ政府が陰で調達した資金や武器は引き続き “コントラ” 支援に充てられました。
そのようなアメリカ国内の事情が前提にあったうえで、①アメリカ政府、メキシコ政府や軍部、カルテルや麻薬密売人、CIA、DFS、メキシコの警察など、これらはすべて大金や武器、それぞれの思惑でつながっていて共犯者である、②キンテロらはDEAの上官を通じて賄賂を贈ったがキキは受け取っていなかった、③正義感や使命感の強いキキの告発により不都合な事実が明るみに出ることを恐れたアメリカ政府やCIAがメキシコのネットワークと協力して彼を殺害した、というのが本ドキュメンタリーの主張です。
キキ誘拐の事前会議にはDEAの上官(キキの上司)も参加していたそうですし、キキの拷問の際、建物にはカルテルのメンバーのほか、メキシコ政府高官、政治家、CIA、DFSなど総勢50~60人がいたといいます。
カマレナ事件の捜査を行っていたヘクターも上官にハメられてメキシコで指名手配になったり、閑職に追いやられたりします。このドキュメンタリーの内容(カマレナ事件の捜査を通じて明らかになった国家レベルの犯罪)もDEAに報告書として提出しましたが、もみ消されたそうです。
かなり濃い内容のエピソードからなる作品ですが、本作を通じての告発によって危険な目に遭ったとしても思い残すことなく人生をまっとうしたいという関係者の思いが伝わってきました。
さて「ナルコス:メキシコ編」では、この辺りをどう取り扱っていたのでしょうか。かなり忘れてしまっているので再視聴して振り返りたいと思います。