最近Netflixで公開されたドラマ作品。「ガラスドーム」はスウェーデン、「私たちが隠していること」はデンマークを舞台にしています。
ニュアンスは異なりますが、どちらも気色の悪い北欧ノワール。そして真犯人候補のなかに「やっぱり犯人」。そういう場合「わかってしまって面白くないわ」という面があるものですが、この2作に関しては「後味の悪さ/人の怖さ」が強烈で、犯人が誰であったとしてもあまり関係がありません。
フィクションであることを前提にしても、日本より欧米のほうが殺人犯の凶悪さ、不気味さは数段上をいきますね。日本人の精神構造は、こと犯罪に関しては案外シンプル(もちろん常軌を逸した異常者は存在します)。
…ということで両作品の概要を紹介します。
「ガラスドーム」(原題:Glaskupan)
気を逸らさず楽しめるサスペンスドラマですが、伏線が漏れなく回収されるには至りませんでした。「結局、あの部分の真相はどうだったんだ?」という消化不良に悩まされる人もいそう。
あらすじ
かつてストックホルムで誘拐され、誘拐犯によってガラスドームのなかに囚われていた少女レイラ(シングルマザーの生母ミレーナとは死別)。成長後は犯罪心理学者となってアメリカで活動していましたが、育ての母の逝去に伴い葬儀参列等で故郷の田舎町グラナスへ一時的に戻ります。
そこにはかつての同級生や友人が住んでいて、親が鉱山会社(スベア・バナジン社)を経営しているルイーズもそのひとり。ある日、ルイーズは自宅の浴槽のなかで遺体で発見され、娘のアリシアは失踪。
それらの出来事はレイラの過去のトラウマや記憶を呼び覚まします。自らの経験や残された誘拐事件の捜査資料、それらに犯罪心理学者としての知見を統合することでルイーズの死の真相の追及、アリシアの発見に尽力するのですが…。
登場人物
レイラ・ネス:犯罪心理学者。アメリカで暮らしている。かつて誘拐され、ガラスドームに幽閉されていた
ヴァルター・ネス:レイラの育ての父。グラナス警察署長だったが引退。釣りが趣味。亡くなった妻はアン・マリー
トーマス・ネス:ヴァルターの5歳下の弟。兄の引退後、警察署長を引き継ぐためグラナスへ戻ってきた
アッデ:グラナスにいた頃のレイラと交際していた。妻アイノ、娘イスラがいる
ジム:アッデやレイラの友人。鉱山に反対するターゲの息子
ビョルン:真面目で心優しいグラナス署の警察官
ヨルン:グラナス署の女性警察官
ルイーズ・カムラン:母は鉱山会社経営者のクリスティーナ。夫は共同経営者のサイード。娘はアリシア
マーガレット:ルイーズ宅のヘルパーさん(?)
マクシム:ルイーズ宅の屋根を修理した建設業者
マルティン:行方不明となったアリシアの捜索に参加しているボランティア。レイラのファンでもある
感想・メモ
子どもを誘拐する人間は、生まれながらの怪物ではなく、複雑な心の傷を抱えて苦しんでいます。彼らの共通点は権力と支配への極めて不健全な欲求です。
これはエピソード1の講演のシーンでレイラが聴衆に語っていたこと。子どもの誘拐に限らず、よからぬ行為や犯罪は何であれ、背景に “権力と支配への極めて不健全な欲求” が潜んでいるような気がします。
結末を知ってから二度見すると印象が違うドラマ
物語において警察やレイラが直接的に追っているのはルイーズ殺害犯とアリシア誘拐犯であり、両者は同一人物である可能性があります。疑わしい人物は何人かいます。ドラマの最後まで観て犯人が判ってから再度最初から視聴すると、初見であっても自分のなかに埋め込まれている物語や思い込みの典型的かつ類型的な、どこかで学習した筋書きに沿って解釈していたことに気づきます。仕方ないよね、人間だもの。
西洋人を見慣れていないせいもありますが、犯人を知ってから二度見したときには登場人物たちの顔つきや表情までもが違って見え、別の解釈が生まれるから不思議です。
なぜこれらの事件が起きたのでしょう。レイラがグラナスに帰郷したことで、犯人にスイッチが入ったからだと考えられます。視聴し終わってからも依然疑問なのは「真犯人が誰なのか」、気づく人が周囲に一人もいなかったのかということです。新警察署長トーマスもデキる男なのかマヌケなのか、よくわかりません。最終的に犯人は判明するし、捕まるのですけれどね。
ダーラナ県グラナスは自然が多すぎる田舎
舞台であるグラナスは、ダーラナ県に実際にあるグラナスと思われます。ドラマに出てくるような自然林、川、たくさんの赤茶色の壁と白い窓枠の家屋があります。キャンプ場も点在していて、コテージはやはり赤茶色の壁と白い窓枠。あまりにも田舎なので、レストランやカフェなどの街並みは近場のどこか別の街で撮影したのでは。またムーラという地名も実在で、グラナスの北のシルヤ湖畔にあります。
西洋人の犯罪もので見かける“ガラスドーム”がここにも
例えば「YOU-君がすべて-」では主人公ジョーが “ガラスドーム” に歴代の恋人たちを閉じ込めます。「The OA」でも医師を自称するハップは、ガラス張りの箱のような部屋に被験者たちを監禁していました。アイデアの元になっている材料が何かあるのでしょうか。
私たちが隠していること(原題:Reservatet)
性的コンテンツや、アジア人(もしくは有色人種)蔑視が含まれる作品であることにご留意ください。社会問題をテーマにしたドラマと考えることは可能であり、実際のところ「デンマークの偽善性を俎上に載せた作品」として同国内では高い評価を得ているそうです。
あらすじ
舞台はコペンハーゲン北部の高級住宅地。主人公セシリエの隣人ラスムス&カタリナ夫妻のもとにはオペア留学制度を利用して住み込みで家政婦をしているルビーがいました。セシリエの家にも同様な仕組みでエンジェルが住み込んでいて、ふたつの家庭はよく行き来したり、協力して子どもの世話をしたりしています。
ある日、セシリエはルビーから相談をもちかけられますが、彼女は詳細を聞くことを拒みます。その直後、ルビーは姿を消してしまい、セシリエはルビーの身に何が起きたのかを調べることにします。
なおラスムス&カタリナ夫妻、マイク&セシリエ夫妻のいずれも経済的には富裕層で、特に前者はセレブリティ(有名人)という設定です。カタリナはわかりやすく傲慢で、有色人種を劣ったものと見下す差別主義者ですが、セシリエはオペア留学でやってきたエンジェルやルビーに対して(表面上は)親切です。
オペアとは、ホームステイして現地の子供の保育や家事をする見返りに滞在先の家族から報酬をもらって生活する留学制度。デンマークでは40年以上前から導入されているが、見直しや廃止が唱えられている。①オペアの出身国の約90%がフィリピン、②オペアの雇用者の多くが年収2000万円以上の裕福な家庭、③異文化交流目的ではなくキャリア志向の女性の権利やワークライフバランスを守るための安い労働力としてオペアが利用されている、といったことが問題視されている。デンマークのオペアは、食事と住居付きで月30時間の労働に対して月額67000円(税引前)が支払われる
Wikipedia「オペア」より引用
登場人物
セシリエ・ジェンセン:主人公。息子ヴィゴ、娘ヴェラがいる。ヴィゴ出産後にうつ状態となり、現在も息子との関係に距離感がある。詳細不明ながら、M&Aっぽい仕事をしている模様
マイク・ウィンザー・ジェンセン:セリシエの夫。弁護士であり、顧客のひとりがラスムス
ラスムス・ホフマン:富裕で成功した実業家(ハフニア・タービンのCEO)。不遜な人物であり傲慢な性格の妻カタリナを支配している
カタリナ・ホフマン:ラスムスの後妻で野心的に事業に取り組んでいる。オスカーという息子がいる
エンジェル:オペア留学でセリシエ宅にホームステイしているフィリピン人
ルビー・タン:オペア留学でカタリナ宅にホームステイしているフィリピン人で22歳。ユアンという婚約者がいる
アイシャ・ピーターソン:ノース・ジーランド警察の刑事
カール:アイシャの上司
キム・フローレス:エンジェルやルビーの友人。派手に遊んでいるがオペア留学生
ダーナ:フィリピン人ネットワークの世話役みたいな人。デンマーク人ジョンがパートナー
感想・メモ
日本にもオペア留学制度が存在した
国家間の取り決めでもあるのか、フィリピンの人がデンマークを好むのかわかりませんが、先の引用にある通り、デンマークにおけるオペアの約90%がフィリピン人。
ざっとネットサーフィンしたところでは、日本人も世界各国へオペア留学できるようです。なかでも人気があるのはアメリカ、カナダ、オーストラリア。カナダとオーストラリアはワーキングホリデーでも人気の国ですね。
日本からオペア留学をする場合、クリアすべき条件として以下のようなものを見つけました。保育士でもない限り「保育経験」がハードルになる気がします。英語は淡々と個人で勉強すればいいので、むしろラクだと思います。
【参加資格】
- 高卒以上
- 参加時に18~26歳である
- 200時間以上の保育経験があること(アメリカは300時間以上)
- 英語力
- 犯罪歴がないこと
「EF 専門留学」サイトより
話をデンマークに戻すと、オペア留学が安価なメイド調達の手段として使われていることや、デンマーク富裕層における人種差別的/支配的な感覚が問題視されています。
オペアに対する富裕層の鈍感さ/配慮不足
このドラマを観ていると、デンマーク富裕層の知性/理性/品性の欠如を感じざるを得ません。人間としての理解力、洞察力に欠けているとも言えます。
性的な盗撮動画をクラスメイト同士で共有しているような息子の世話をオペアに任せ、何日も遠出してしまうカタリナ&ラスムス夫妻。性的野心はないにせよ、中学生くらいの年齢に達している息子とオペアを毎晩のように添い寝させているセシリエ&マイク夫妻。
これがフィリピンからやってきた女性ではなく、デンマークで生まれ育った白人女性であれば同じようなことをさせたでしょうか。どこかで「軽く扱ってよい召使」と思っているから非常識なことを指示してしまうのです。昔の貴族、王族のようです。
特にカタリナのオペアに対する差別的発言、見下していることを隠そうともしない態度は品性に欠けていてウンザリしました。私がアジア人に属しているから、なおさらそう感じたのかもしれません。
立場に基づいて考え、決定する在り方の不毛さ
ドラマに登場するほとんどの人が、ひとりの素の人間としてでなく、自分の置かれている立場でモノを考え、物事を決めています。日頃ロクに面倒をみてもいないのに「母親として」とか「妻として」とか、「子どもや夫を守る/助けるのが私の役目」等と言い出します。とても滑稽です。
マイクは「弁護士として」「顧客の立場を全力で守ることが自分の役目」という立場をとり、息子ヴィゴにとっての正義を二の次のものとして扱います。ヴィゴが二の次になる理由のなかには理解できるものも混じってはいるのですが、真に息子のことを思ってというより、その本音が「自分の立場を守るため」であるところが痛いのです。
立場とは外面的なものであり、他者目線に基づいており、その人物の本質とは何ら関係がありません。本質と関係のない人生のイベントやエピソードにどんな意味があるのでしょうか。
多くの人たちが「愛する誰かのため」「現実に照らし合わせて」という表看板を掲げますが、真に関心があるのは「社会における自分の立場を守ること」のほう。誠に不毛な人生です。「父/母として」「夫/妻として」「顧客からお金をいただく立場として」「有名な実業家として」考え、決定した物事は、どこか生の本質からズレています。「良識人を装いつつ自分の立場を心配する、そんな誰かを信用することができますか?」と問いかけられた気分になるドラマでした。
不快感のほうが勝りますが、意外に良作だったのかもしれません。