1978年から1991年の13年に亘り、オハイオ州やウィスコンシン州で17人の青少年が殺されました。その犯人 “ミルウォーキーの食人鬼” と呼ばれたジェフリー・ダーマーの生涯と事件をドラマ化したものです。根拠はありませんが、実話にかなり忠実に作られている気がします。原題は “Dahmer – Monster: The Jeffrey Dahmer Story” 。
印象だけを言えば「とても気持ちが悪い作品」です。しかし「気持ちが悪い」のは、殺人鬼ジェフリー・ダーマーの行った犯罪と彼の生い立ちです。事件被害者の多くが有色人種であること、アメリカ社会の歪みや課題にも焦点が当てられている点は高く評価できます。
「とても気持ちが悪い」とは胸のあたりに淀んだ水が滞留しているような気分を表現したもので、下記によって喚起されました。血や肉が出てきますので、デリケートな人は観ないほうがよいドラマです。食事どきの視聴もお勧めできません。
【性癖や成育環境の問題】
- 殺人鬼ジェフリー・ダーマーの行為の内容(17人の青少年を絞殺、屍姦、死体切断、人肉食、死体の一部の保存等) ⇒ 彼の部屋からの悪臭に近隣住民は困り果てていた。ジェフ自身、なぜそんなに臭いところに住んでいられるのかが不思議だし、死肉のニオイが充満した部屋を訪問し、滞在できる男性たちも不思議
- 育った環境の劣悪さ(両親の無関心と不仲、母の情緒不安定・薬物依存・自殺未遂) ⇒ ジェフのしたことに比べると正常に近いが、子どもの初期体験としてはクレイジー
- 死んだ犬猫や小動物、虫を集め、ホルマリン入りの瓶に入れて保存する嗜癖 ⇒ 子どもには虫を殺したりする時期もあるが、それは命の意味を理解していないからで一過性なのが普通
【当時のアメリカ社会の問題】
- 有色人種の訴えに無反応 ⇒ 殺されそうになった、部屋から絶えず悪臭が漂ってくる、叫び声が聞こえる、家族が不審な失踪を遂げた等、通報しても警察はなかなか動かない
- 白人であるジェフの主張の軽率な受け入れ ⇒ 有色人種男性(未成年)がジェフの部屋から逃げ、それを近所の黒人女性が通報する。しかし「彼は恋人だ」というジェフの言葉を鵜呑みにした警察は、ご親切にも被害者を加害者の元へ戻す。その結果、彼は殺害される
- ジェフの罪状に対する寛大な措置 ⇒ [睡眠薬入り飲料+絞殺+解体]で1年の刑務所外労働と5年の保護観察処分。仮釈放となったジェフはスラム街で暮らすようになる。多数の男性を殺害し、後に “ザ・シュライン・オヴ・ジェフリー・ダーマー(ジェフリー・ダーマーの神殿)” と呼ばれる “オックスフォード・アパートメント213号室” に居住する
警察がずさんな対応をしていなければ、被害者の数はもっと抑えられたはず。アメリカは人種差別に敏感な国ではありますが、それは差別問題が根強くあることの裏返しと言えます。
有色人種の被害者たちやその家族の警察による低劣な扱われ方に比較すると、白人のジェフやその父は犯罪者でありながら丁重に対応されています。しかしジェフの育った家庭は荒んでおり、彼が食人鬼に成長した経緯も比類なきものです。強い国、大国、自由な国である反面、相当な歪みをはらんでいるアメリカ社会。日本にもいろんな犯罪があれど、その凶悪さにおいてアメリカの足元にも及びません。
私はソシオパスとサイコパスを分けて捉えません。はじめに種子があり、そこに水や空気が提供されるから芽が出ます。ジェフの父は、自分のなかにもジェフと同じ性向があることに気付いたと後に述べていますので、父から受け継いだ因子があったのかもしれません。とはいえ、ジェフの弟は犯罪者になっていないため、DNAや成育環境だけが彼の人物像の理由とは言えないでしょう。
ジェフ役エヴァン・ピーターズの口ごもったような重みと威圧感のある話し方、“蛇に睨まれた蛙” のように、この感じでこられたら怖くて逃げられないと直感的に思わせるオーラがすごいです。彼のほかの作品は観たことがないのですが、実力ある俳優なのかも。
“オックスフォード・アパートメント213号室” とジェフの祖母の家で多数の殺害が行われた時期、彼は少年への性的暴行で保護観察中でした。そういう状況であるにも関わらず、大量殺人が可能だったということは、しかるべき観察が行われていなかったことを示しています。
ジェフの母は離婚後、HIVに関する相談員のような仕事をしています。家を出るとき、ジェフも連れていこうとしましたが、彼が同行しようとしなかったため、そこに放置して立ち去りました。すべてにわたっておかしな人というわけではなさそうですが、自分勝手かもしれません。
ジェフの父は離婚後再婚。最終的には父親としての自分を振り返り、向き合い、残酷な事件を起こした息子ジェフに寄り添います。そうでないよりは、そっちのほうがいいんでしょうが、なぜか全面的には共感できない父親です。当初は「自分は子どもを正しく育てた。間違っていない。よい父親だった」と自己正当化していたものの、事件の全容が明らかになるにつれ、息子にまつわるあれこれを自ら受け入れようとします。しかし自分自身が神から許されたくて、足掻いているように私の目には見えます。
ジェフも刑務所に入ってから「神は信じるだけで、誰でも許す」と牧師に説かれ、洗礼を受けています。その後 “神の代理” と自らを思い込んだ、ほかの囚人によって制裁を受けて死に至るのですが。“神” とは人間にとって最終的な逃げ場なのかもしれません。
グロテスクであることを除けば、犯罪者の性癖の成り立ち、多様性の共存を謳いつつマイノリティが生きづらいアメリカ社会、いずれについても考えさせられるところが大きいので、興味深い作品だと思います。
ジェフリー・ダーマーに関するドキュメンタリーについてはコチラ。