グダグダかつ意図的な幕引きがお家芸のメキシコ。この事件もそうでした。
今回取り上げるドラマは「犯罪アンソロジー:大統領候補の暗殺」(原題 “Historia de un Crimen: Colosio” )。1994年、ティフアナ郊外で遊説中だった大統領候補ルイス・ドナルド・コロシオ(制度的革命党・PRI)が銃殺されます。政治的意図によって仕組まれた殺害と見られますが、強引に葬り去る方向へと強い力が働きます。
私は自分の住む日本という国が好きではないですが、こういったメキシコの事実ベースのドラマを観ると「メキシコよりはマシかも」という気持ちになります。その残酷さで名を馳せるメキシコのマフィア。しかし国の上層部がこうなら、社会の暗黒面も “魚は頭から腐る” の結果と言えるでしょう。
「犯罪アンソロジー:大統領候補の暗殺」は実話をベースに制作されており、創作を一部含みます。「そういえばそんな事件があり、日本でも当時いろいろ報道されていたなあ」と思いました。以下は若干の資料とドラマを基にまとめていますので、100%受け入れるのではなく、そこそこの参考にするのが妥当と思います。
このドラマは非常に面白いと思いました。今だに事件の謎は解明されていませんので、いろんな仮説が考えられます。またメキシコ社会上層部のやり口が阿漕、かつ闇が深過ぎて目が離せません。上級国民の “はかりごと” は、麻薬カルテルの “それ” と、これっぽっちも違いません。
[大統領候補コロシオ暗殺事件の周辺の動き]注)こちらは “ほぼ事実ベース” の内容です
- 憲法で再選が禁じられているため、カルロス・サリナス・デ・ゴルタリ大統領(以下、大統領)の指名により、制度的革命党(PRI)幹事長ルイス・ドナルド・コロシオが大統領選に出馬。コロシオは元経済学者
- 本ドラマでは、大統領は当初は前向きにコロシオを推していたようにみえる
- 大統領候補コロシオは、有力者や権力者、多額の寄付者や後援者への便宜を図る選挙スタイルを志向していなかった。民衆に寄り添う過激な演説が話題を呼ぶ一方、党内部には彼に対する反発が生まれた
- 党内に敵対的ムードを作り出したコロシオの演説に大統領は否定的、コロシオは厄介な存在と目されるようになる
- 1994年3月23日午後7時12分、バハ・カリフォルニア州ティフアナ郊外のロマス・タウリーナスでコロシオは暗殺される。頭部と腹部に銃弾を受けていた
- マリオ・アブルト・マルティネスを逮捕。単独実行犯として処理される。複数犯による組織的な襲撃という見方やそれを示唆する証拠もあった。しかし各種の力により握りつぶされる
- コロシオは二発の銃弾を受けていたが(実際には人体を貫通した銃弾がほかにあり、合計三発)、単独犯によるものかどうか、今なお明らかになっていない
- コロシオの妻ラウラ・リオハス(ドラマでは “ディアナ・ラウラ”)は、生前コロシオが公正さを高く評価していたミゲル・モンテス(最高裁判事)を捜査責任者に指名
- コロシオが暗殺されたため、PRIはほかの候補者を立てる必要に迫られる。憲法の規定に基づき、大統領はコロシオ陣営の本部長になるため教育相を辞職したエルネスト・セディージョを指名
- 大統領の義理の兄にあたるPRI党首ホセ・フランシスコ・ルイス・マシューがメキシコシティで暗殺される
- 党に取り立ててもらえなかった大統領の兄ラウルが関与したとされる
- ティフアナ市警察署長ベニテスの家族が脅威に晒され、彼は殺害される
- コロシオ暗殺から8ヶ月後、彼の妻ラウラが癌で死去。息子と娘が残される
- 妻は重篤な病であったが、党の反発に屈することなく理想を追求するよう生前の夫を応援し続けた
- コロシオの父は事件の真相を明らかにするため、2004年に本を出版
- 市民と記者からの強い要望により、コロシオ事件の再捜査が2018年に決まる
暗殺は当然のことながら仕組まれたものであり、大統領候補コロシオは、ロマス・タウリーナスの町へ殺されに行ったようなものです。この遊説には奇妙な点が多数ありました。たとえば以下のようなものがあります。
[遊説⇒暗殺についての奇妙な点]注)“ドラマの創作” が含まれている可能性があります
- 遊説に先立ち、コロシオは葬式の花輪と脅迫文を受け取る
- 制度的革命党(PRI)の判断により、民間警備隊がコロシオの警護に当たる。連邦警察ロペスとディオニシオ准将は、ティフアナ市警の警護の申し出を退ける
- 遊説に同行するはずだった選挙対策チームの本部長セディージョは、元大統領補佐官コルドバに急遽メキシコシティへ呼ばれたため不在となる
- 地方の党が手配した人物が空港から現地まで車を運転する
- シークレットサービスが容疑者マリオ・アブルト・マルティネスを拘束して連れ去ろうとする。ほかに容疑者がふたりおり、そのうちサントス・オリバをティフアナ市警署長ベニテスが拘束したものの、すぐに解放される。その男は後に「自分は諜報機関の人間だ」と証言。もうひとりの容疑者、民間警備隊のビセンテ・マヨラルも解放される
- 救命に当たった医師は頭部を撃った銃は38口径、腹部を撃った銃はそれより小さいと証言したが、使用された銃は一丁だったと司法長官のバルデスによって発表される
- 連邦警察のロペスは、市警のベニテスらに捜査から手を引かせようとする
- 容疑者マリオのメキシコ州の重犯罪刑務所で測定した身長は、ティフアナで拘束された日の測定記録と10センチ違っていた
奇妙なことは続きます。見えない力が、コロシオ暗殺の真相を闇に葬ろうと動いています。
大統領を中心とした制度的革命党(PRI)が、民衆の支持を獲得しつつある厄介者の大統領候補コロシオを消した、と考えるのが順当ではあるのですが、コロシオ暗殺について誰がドンで、誰と誰がつながっていたのか(役割分担)については明らかになっていません。
事件の幕引きのあり方が尋常ではありませんが、ここまで甚だしいものでないとしても日本でも同様の対処が社会の随所で行われていると思います。
とても考えさせられるドラマです。人間は肉体的/社会的存続を脅かされると、他者の魔の手に堕ちるのです。悲しいことです。