過去に名作を送り出してきたイギリスの「ブラック・ミラー」シリーズ。現実社会のほうが、かつて描写された近未来の世界に追いついてしまって「これは新しい!」「想像もしなかった世界だ!」というフェーズは既に終わった感があるのも事実。
そして2025年にリリースされたシーズン7。これまでのスゴさを超えることは無理だろうと思いつつも視聴。各エピソードについてまとめておきます。いろんなレベルでの並行世界を扱った作品が多いように感じます。
普通の人々
評価:〇+
あらすじ:パーマー郡が出てくるので舞台はアメリカと思われます。愛し合うウォーターズ夫婦(マイク&アマンダ)の物語。アマンダが脳腫瘍であることが判明。妻を失いたくないマイクはスタートアップ企業 “リヴァーマインド” によるサブスクリプションを採用することに決めます。「障害を受けている脳の神経細胞を読み取り、コンピュータにクローン(バックアップ)を生成。腫瘍を切除したところに合成受容体組織を移植。クラウドと受容体組織が通信することで、これまでと同じように生活できる」という内容です。アマンダはクラウドからの情報を得ることで生活を成り立たせていますが、サービスをカバーしていないエリアではうまく機能しなかったり、クラウドからの配信で自分の意思と関係なくサービスや製品の広告宣伝を口にしたりと不都合な現実を招きます。それを解消するためにはプランのアップグレード、さらなる課金が必要で、マイクは投げ銭で視聴者の無理な要求に応える “ダム・ダミーズ” でお金を稼ぐことになります。
コメント:脳のクラウド化への取り組みは現実社会でも進行しています(参考事例:https://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/robotics/h_vol38/)。肉体とデジタル領域の連携で人間の意識の世界を拡大することは可能になりつつあり、今後さらに研究が進みそうです。生の一部がテクノロジーで代替され、サブスクリプションで継続できるようになるのは果たして幸福な未来なのか。人間という生物としての体験のかけがえのなさ、生命倫理とは何なのだろう?と考えさせられます。言い換えれば「人間の生/持続する幸福への執着」がこういった技術研究やサービスを生み出すのでしょう。意外性はない物語と思いますが、執着によって別の存在(例えば電脳)にコントロールされ、結果としてシステムを提供するサービスの奴隷となって不幸へと導かれる流れをわかりやすく描いています。個人的には電源喪失したら使い物にならなくなるモノやサービスに身を預けるのは危険と思っています。
ベット・ノアール
評価:〇
あらすじ:舞台はイギリスのようです。“Ditta” 研究開発部の花形メニュー開発者のマリアが主人公。高校時代の知り合いヴェリティ・グリーンが最初は試食モニターとして、次に新入社員として現れます。彼女が現れたことで “マリアの思っている現実” と “周囲の現実” との間に違いが生じていきます。ヴェリティの言葉通りに現実が変わり、マリアは評価を下げていき、ヴェリティのそれは上昇していきます。マリアは、ヴェリティが何か秘密を抱えているに違いないと考えます。
コメント:中盤までのストーリーは面白いです。学校でイジメに遭ったヴェリティが世界線を変えることで、かつての同級生に復讐。自分がイジメられる立場だったら、私も似たようなことを妄想するかもしれません。ヴェリティの用いた手法は量子コンピュータが現実を変える仕組みらしく、肉体の周波数を変えることでパラレルワールドへと移行するようです。よく言われている並行世界への移行は量子コンピュータなど使用せず、もっと個別的な周波数に反応すると思いますが、この物語では狙った人物もろとも別の世界線へと移動するシステムが構築されています。最終的にはマリアが勝利するというオチはつまらない。「自分が女王となっても過去の心の傷が邪魔をしたからイジメっ子たちを成敗しようとした」とヴェリティは言っていたので、世界の征服者となったマリアの心の平穏を邪魔する何かが現れるか否かで、この先のストーリーは変わりますね。時間軸も古代へ遡ったようなので、ある世界線ではその後の歴史が書き換わりそうです。
ホテル・レヴェリー
評価:〇
あらすじ:往年のヒット作品メイカーだったキーワース・ピクチャーズ。名作「ホテル・レヴェリー」を現代のハリウッドスターを使ってリメイクしようともちかけられます。最新のテクノロジー(“REDREAM”)を使うことで、低コストで演じる人物を瞬時に差し替えられるといいます。一方、ハリウッド女優のブランディ・フライデーはオファーされる役に物足りなさを感じていました。1940年代のイギリス映画、たとえば「ホテル・レヴェリー」のような作品に出演したいと考えており、主役のアレックス・パーマーを演じる俳優が決まらなかったため、ブランディが演じることになります。彼女は “REDREAM” によって “マトリックス” っぽく仮想世界へ入り、アレックスを演じます。しかし想定外のことが起きてオリジナルの台本通りに進行しません。途中で製作を切り上げるという選択肢はなく、出口である台本の終わり(「永遠の愛を君に捧げる」)まで到達しなかった場合、ブランディには意識を消されて死ぬ運命が待っています。
コメント:「なんとなくいい話」系ですかね。「ホテル・レヴェリー」の登場人物であるデジタル世界のクララは、劇中のクララを演じているのがドロシー・チェンバースという女優であり、後に自殺したということを知りません。「ホテル・レヴェリー」の台本通りに動く存在です。しかし、ときにベースに刻印されているドロシーとしての意識の影響が見え隠れします。そういった仮想空間へ入り込んだブランディともども、あらかじめ想定されているシナリオ通りの物語を完了する必要がありますが、作り物としての枠組みに気づいたとき、そこから外へ出ようという気持ちになり、幅広い気づきを得ることになります。時空を超えて存在同士が関係を構築し、人生体験の幅が広がるというお話。“今の人生のストーリーしか知らない輪廻転生” や “時空の近接や共存” の概念を西洋風味に味付けした作品のように思えます。80分使って製作するほどの内容なのかなあという疑問は湧きます。
おもちゃの一種
評価:〇+
あらすじ:近未来のロンドン。店から酒を奪おうとして捕まったキャメロン・ウォーカーに殺人容疑がかかります。警察は彼の住まいの施錠された部屋のなかに機器や配線を見つけます。カノ警部と精神鑑定を行うミンターによる取り調べのなか、1994年に草むらで発見されたスーツケースのなかの身元不明遺体についてキャメロンが話し始めます。その当時、彼は “PC ZONE” というゲーム雑誌の記者であり、“タッカーソフト”の天才プログラマー、コリン・リットマンを取材。「人間を高めるツールとしてのゲーム」「『スロングレット(大群)』という生物、動物、生命体のシミュレーションではないホンモノの命のゲーム」について話を聴きます。リットマンはデジタルですべてが構成された自由度の高い生命体を作り上げていました。デジタル生命体 “スロング” は独自の進化を遂げ、生態系や文化を作り上げていくのです。キャメロンは魅入られ、ソフトを盗み出し、自宅で彼らを養育します。不意に来訪する麻薬の売人 “ランプ” は「おもちゃの一種」としてキャメロンの不在時に “スロング” をいたぶります。
コメント:“タッカーソフト” のコリン・リットマンといえば、すっかり忘却の彼方だった「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」のあの人。「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」の時代設定は1984年なので、本エピソードはその10年後にあたります。キャメロンには壮大な目論見があり、そのためにわざわざ警察に捕まるように仕向けていました。人間の根源的な性質を “争いを好む邪悪なもの” とみなしている彼は “スロング” に大きなパワーを与え、システムの全体の一部として愚かな人間をアップグレードしようとします。この物語から少し離れますが、かつて私は犬を飼っており、あるサイキックの方から「来世は人間に生まれ変わる」と言われました。それをまた別のサイキックの方に話したところ「そこには思い込みがあることに気づきませんか?犬より人間のほうが優れていて進化した存在であるという思考です」との指摘を受け、妙に納得してしまいました。このエピソードはそれに似ていて「おもちゃの一種」の “スロング” より人間のほうが優れている気分になっているものの、実は両者は等価であり、“スロング” より人間のほうが優れているというのは思い込みであり、思い上がりに過ぎません。人間もまた、システムの一部であるということに気づかされる作品でした。面白かったけれど、主人公キャメロンのロン毛に清潔感が欠け過ぎているのがマイナスポイント(変な基準ですね)。
ユーロジー
評価:〇+
あらすじ:老いたフィリップ・コナティはアメリカの郊外の家で庭の手入れなどをしながら暮らしている孤独な男。ある日、ケリー・ロイスの代理を名乗る男性から、彼女の母親キャロルについての知らせを受けます。キャロルの旧姓はハートマン。キャロルが亡くなったことを伝える男性は「没入型の追悼を提供する “ユーロジー社” の者」だと言います。フィリップはイギリスでの葬儀に参列はできないものの、キャロルが若かった頃の思い出をアップロードする形で共有することについては検討することにします。そしてドローンによってキットが届けられました。ガイドディスクをこめかみに貼り付けることで、過去の記憶にアクセスできるようです。古い記憶を辿るため現像された写真を引っ張り出し、それをシステムにインポートすることでフィリップはキャロルとの思い出に入り込んでいきます。どの写真にもキャロルの顔は映っておらず、心の奥底にしまい込んだ記憶から彼女を思い出そうとします。
コメント:「過去との和解系いい話」ですかね。アメリカからイギリスへ渡り、プロポーズしたところで去った恋人のキャロル。彼女の死をきっかけとして、案内人のナビゲートで過去に没入して当時の状況や気持ちを振り返るフィリップ。彼の記憶や言い分にはバイアスがかかっていて、当人が事実をどこまで知ろうとしていたのか、実際に知っていたのかには疑いが残ります。でも、その相手が死んでしまった今となっては(+彼は孤独な老人になっているということもあって)鷹揚に/視点を変えて過去の出来事を受け入れられるよう変化していくという話。いい話ではあるのですが、人間(特に恋愛においては女性より男性)はどこまでいっても自分の都合のよいようにしか物事を解釈できない生き物なので「ほっこり」するのもそこ止まり。ある解釈から別の解釈へ移行しただけ。純粋な人は感動するかもしれません。
宇宙船カリスタ―号:インフィニティの中へ
評価:◎
あらすじ:カリスタ―号船長のロバート・デイリーを彼のPCのなかのゲーム空間へ閉じ込め、クラウドへと移動したことで新船長となったナネット・コール大尉。かつてはロバートのパソコン内に設定されていたカリスタ―号でしたが、クラウドへと舞台が変わったことで多数のゲームプレイヤーたちが彼らの敵に。乗組員たち(デジタルクローンとしての存在)とともに没入型ゲーム “インフィニティ” のなかで生き残るため、ゲームプレイヤーを襲ってクレジットやアイテムを奪うことを続けています。シーズン4で船から宇宙の藻屑と消えたカリスタ―社CEOのジェームズ・ウォルトン(※デジタルクローン)も “インフィニティ” の惑星のなかで生き延びていました。ゲーム “インフィニティ” のなかではカリスタ―社のデジタル・メンバーがチームを形成しているものの、現実世界の彼ら(リアル・メンバー)はそれを知らず、それぞれの認識で生きています。リアル・CEOウォルトンは欲深くて軽薄な俗物ですが、デジタル・ウォルトンはリアル・ウォルトンよりマトモな感覚をもち合わせています。 “インフィニティ” のプレイヤーからタグのないキャラクターが強盗を繰り返しているという報告が相次いだため、リアル・ウォルトンはリアル・ナネットに対処を命じ、彼女とともに “インフィニティ” の中に没入します。一方、カリスタ―号のデジタル・ナネットたちは “インフィニティ” のソースコードにアクセスすることで、ゲームとは無関係、クレジットを略奪しないで済む、切り離された自分たち(デジタルクローン)の宇宙を構築しようと考えます。
コメント:シーズン4「宇宙船カリスタ―号」の続編。シーズン7のなかでは90分と最長なので力作なのでは。ゲーム “インフィニティ” の中から抜け出せず、強盗行為を働かざるを得ないナネットたち。ゲームプレイヤーたちはゲームをしたくて “インフィニティ” に没入しているので問題ないですが、デジタル・ナネットたちはそういうわけではないのでストレスが溜まりますよね。クズ男リアル・ウォルトン、ゲームの心臓部に閉じ込められているロバート・デイリーのデジタルクローンが、デジタル・ナネットたちの作戦の鍵を握ります。鍵を握る、いずれの人物も機能しなくなり、ひとつ課題が残されるのが結末ですが、本作の続きを製作することはできそうな感じ。リアルとデジタルクローンは別々の意識をもっていて、必ずしも足並みが揃うわけではありません。リアルとゲームという並行世界を描いている点が面白い(私はSFやゲームのマニアではないので、その方面からのコメントは不可能)。


