Amazonプライムビデオにて「FARGO/ファーゴ」シーズン5を観ました。2023年11月21日にエピソード1がリリースされ、週に1エピソードずつ追加されます(初回のみ2エピソード配信)。観ようとすると「このビデオは、現在、お住まいの地域では視聴できません」というメッセージが表示されることがしばしばあり、もったいをつけて週1回の小出しにしたものの視聴する人が少ないのだろうかと勘繰ったりしました。
「このビデオは、現在、お住まいの地域では視聴できません」の合間を縫って観た結論からいうと「シーズン1が傑作過ぎた」ということです。シーズン5はかなり良作ですが、私のなかでは「駄作のシーズン3より上でシーズン4と同じくらい」という位置づけになります。理由は後で述べます。
導入部あらすじ
主婦ドロシー・“ドット”・ライオンは夫ウェインと娘のスコッティとミネソタ州で暮らしています。娘の通うスカンディア中等学校のPTAの集まりで騒動が起き、テーザー銃を誤用したドットは警察に身柄を一時的に拘束されます。
夫ウェインは優しく善良な人物で(※とぼけた役柄&メガネなので目立たないが、非常に整った顔立ちをしており)ドットとの関係は上手くいっていました。彼の実家は資産家で、義理の母は一筋縄ではいかぬ女帝。義理の父の存在感は希薄です。
ある日、ひとりで家にいたドットの前にスカート(キルト)姿の不気味な男たちが現れます。彼らはドットを拉致。怪しい車両に気付いたノースダコタ州の警察官たちは彼らを追います。男たちと銃撃戦となりますが、ドットは現場から姿を消して何事もなかったかのように家に戻ります。
その後もドットの元には執拗に追手がやってきます。その理由はドットの隠された過去にあるようです。
登場人物
ライオン家関係者
ドロシー・“ドット”・ライオン:主人公。ミネソタ州で暮らす主婦。戦闘力が高い
ウェイト・ライオン:ドットの夫で資産家の息子。自動車販売代理店ウェイン・ライオン・モーターズを経営。父親に似てピントがズレているが、資産家の家庭で両親に愛されて育ったので屈託がなく愛情深い
スコッティ・ライオン:ドットとウェインの娘で9歳
ロレイン・ライオン:ウェイトの母。ドットの義母にあたる。債務救済サービス企業のCEOであり資産家。地域社会の有力者でもある。ドットに疑いの目を向ける
デニッシュ・グレイブズ:ロレイン付きの主任弁護士。眼帯をしている
ジェローム:ロレインの部下
ウインク・ライオン:ロレインの夫。ロレインとは正反対のタイプ。やり手からはほど遠く、浮世離れしている。悪気なくズレた反応を返す男。ほぼ空気
警察関係者
インディラ・オルムステッド:ミネソタ州スカンディア警察の警部補。ドットの事件を担当する。ラーズというダメ夫がいる
ウィット・ファー:ノースダコタ州警察の警部補。インディラと協力する
ドットを追う人たち
マンチ:(「ウーラ・ムーンク」と当人は名乗っている)スカート(キルト)姿の不気味な男。奇妙な思想に憑りつかれている。イルマの家に居候する。イルマにはドラ息子がいる
ドニー・アイルランド:マンチの仲間
ペース&レムリー&ブランディ:ハロウィンの日にドットを追う3人組
ティルマン家関係者
ロイ・ティルマン:ノースダコタ州最強の保安官で農場主。立場を利用して好き勝手なふるまいをしている。俺様気質の脳筋男
ゲイター・ティルマン:ロイの息子で27歳。スターク郡の保安官代理。威張っているがヘタレ
カレン・ティルマン:ロイの現在の妻。ロイとの間に双子の娘(ジェシカ&モード)がいる
オーディン・リトル:ロイの友人。自警団(右翼)のメンバーでカレンの父
ボウマン:ロイの仲間
リンダ:ロイの前妻。ゲイターの母
FBI
ホアキン・ジャクイーン:男性捜査官
マイヤー:ファーゴ支局の女性捜査官
ドカティ:特別捜査官
その他
ヴィヴィアン・ダガー:銀行家。ロレイン・ライオン、ロイ・ティルマン双方と面識がある
ジョーダン・シーモア:入院中のガン患者
感想:面白いけれど、私の求める“らしさ”と少し違う
シーズン5は面白いです。ひょっとしたらシーズン4の上を行くかもしれません(個人的には上位からシーズン1→2→4&5→3)。
ただし私にとっての「FARGO/ファーゴ」らしさがあるのは、シーズン5ではなくシーズン4のほうなのです。
“ミソジニー” 問題で登場人物同士がつながっていく
“ミソジニー” とは “女性に対する嫌悪や蔑視” を言います。女性を低くみるあり方です。そういう態度&価値観で生きている人は日本にも多数います。
シーズン5では男性の名前をもつ女の子(スコッティ)、女性の名前をもつ男性銀行家(ヴィヴィアン)、やり手の女性実業家とビジネスに不向きな夫など、女性や男性に無意識のうちに期待されているラベリングや役割を意識させる人物が登場します。
実質ヒモなのに謙虚さのないダメ男、妻は夫の所有物と公言するDV男、ビジネスウーマンを「お嬢さん」と呼ぶビジネスマン。彼らは、女性を自分たち男性より劣った生き物とみなしており、男性であることだけで女性をしつけ、罰することのできる位置にいると思っています。彼らに虐げられ搾取され心身に痛みを追う女性たち。
物語の展開において “ミソジニスト(女性蔑視者/男尊女卑の価値観をもつ者)” をぶっ壊す方向で女性たちが結び付いていくところは面白いです。私は “ミソジニスト” が好きじゃないので。
ただし社会問題の “ある流れ” が正義のように力をもって物語を左右するのは、私にとっての「FARGO/ファーゴ」らしいあり方とは言えません。シーズン1と2で警官が正義を体現するのは、対峙する者たちの異常性&特異性を際立たせるし、アメリカ社会が予め設定している慣れ親しんだ図式なので気にならないのですが。
ドロシー(ドット)は救世主なのか
主人公ドロシー(ドット)について。
逆境でも諦めることなく前に進もうとするドロシー(ドット)。夫ウェインと娘スコッティを心から愛しています。過酷な過去やトラウマを出発点として人に接することがありません。人間の多くは心の傷によって言動や振る舞いが影響を受け、周囲にとって厄介な人になるものです。そういったところのないドットは素晴らしいと思います。
ドットはいろんな人たちを助けます。意図していなかったかもしれませんが結果として助けになっています。彼女は救世主なのかもしれません。特にドットを拉致しようとして失敗するマンチは、彼女に救われる存在として用意されたキャラクターに見えました。
ところでマンチとは何者なのでしょう?意味不明なポエムっぽい物言いから、私は映画「パルプ・フィクション」の説教ギャングを思い出しました。マンチはしばしば聖書を引き合いに出しますが、私はキリスト教徒ではないので、何か深遠なことを言っていたとしてもよくわかりません。
マンチについて作中の情報(すべて本人の申告による)をまとめると以下の通り。
- かつては兵士だった
- 1552年に英国ウェールズで、負債を帳消しにすることの代償として死者の罪を請け負う儀式を受ける。罪を喰らった
- 以来眠らなくなった、ずっと歳を取っていない、夢を失った、罪だけが残された
- アメリカに渡ってきたのは伝書鳩と600の部族が存在した時代。手漕ぎの船で来た。大砲やマスケット銃の出現で仲間を失い、以降100年間、誰とも話さなかった
- パンケーキが欲しいと思っている
ドット一家(いろんな意味で妖精系)の生きている世界が異次元過ぎて、暗く悲惨な過去を語ってその代償を得ようとしても、マンチが思うようなコミュニケーションになりません。彼がずっとこだわってきた信条や価値観、そして主張とは人間が長きに亘って積み上げてきた二つ目の “原罪” みたいなものでしょうか。彼の発言の本意は見事にスルーされ、ドットによって赦しのビスケットを与えられます。
ひたすらに不気味だった男が「薄気味わる~い」と退けられることなく食卓に迎え入れられ、ビスケット(パンに代わるものでキリストの身体)を与えられて呪縛から解放される、みたいな感じで物語は幕を閉じます。
製作者たちは、なぜそのような終わり方にしようと思ったのでしょうね。“マンチの500年前に始まった地獄(←喪失主導の旧来型の人間観)” を “愛と赦し(←過去を責めない生き方)” で終わらせる一瞬が描かれたわけです。悪くはないのですが、私のなかでそれは「FARGO/ファーゴ」らしい価値軸じゃないんですよね。
なおドロシー(ドット)役のジュノー・テンプルは実話に基づくドラマ「ダーティ・ジョン-秘密と嘘-」でデブラの長女ヴェロニカを演じていました。次女役のジュリア・ガーナーのほうが目立っていたものの当時のジュノーは20代。やはりすごく細い身体で、モデルのようなゴージャスな娘役が印象的でした。
またウェイン・ライオン役のデビッド・リスダールは「ブラック・ミラー」(シーズン6)の「メイジー・デイ」にネイサン役で出演。同作の主演ザジー・ビーツ(ボー役)と2023年に結婚しました。