シーズン2では、シーズン1で起きた殺人について真犯人を突き止めようという人たちと、真犯人が逮捕されると困る人たちが謀りごとをします。
[ストーリーはこんな流れ]
建設会社社長令息のグスマンの、転入生サムエル(&兄のニーノ)に対する憎悪がマックスまで高まります。しかしグスマンは蔑んでいたサムエルとの距離を縮めます。転入生クリスチャンは事故により再起不能の重傷を負います。この事故の裏には仕組まれた何かがありそうです。
「秘密と苦しみをどこまで抱え続けられるか」がシーズン2のテーマ(個人の解釈です)。ゲイであることのカミングアウト、異教徒との恋、属している階級の異なる者同士の恋、演じているハリボテ生活のほころびなど。同級生を殺した人物やその事実を知る者たちも苦しみます。
登場人物それぞれが壊れていき、「嘘」という殻が破れ「本当」へと少しずつ近づいていきます。
[シーズン2の新キャラ:怪しさ漂う転入生3人]
ヴァレリオ ⇒ ルクレティア(通称:ルー)の腹違いの兄弟。ルーとは怪しい関係にある
カエタナ ⇒ SNSで裕福な生活をアピールする転校生。私生活に秘密を抱えている
レベカ ⇒ 格闘技を好む男前系美女。母親ともども怪しい稼業に関わっている
さて、このドラマが観る者を惹きつける要因の二つ目です。
私はこんなふうに考えます。それは表現されている価値観が古くからの枠組みに基づいているから。このドラマの面白さは「現実にはありえないこと」の寄せ集めによって筋書きが構成されていることにあると、先の記事で述べました。
「現実にはありえないこと」を作り出しているのも「古くからの価値観」。ドラマで起きていることに「私たちの生きる現実と何かが少し違っている世界」を見て心騒ぐのだと思います。
ウェイウェイやっているだけのお気楽な高校生活に見えても「エリート VS 労働者階級」という構図がベースにあり、両者は愛し合っても最終的に結ばれることはなく、金持ちには社会的支配層からの忖度があり、貧乏人はしてもいないことを疑われて追い詰められる。しかし「エリート」も「労働者階級」もたくさんの「嘘」を抱えていて、「嘘」を破壊しようとする自分の内なる「本当の声」に苛まれています。その枠組みが視聴者の内面にある「それ」と相似形なので、どれだけ現実離れした生活が描かれていたとしても、私たちの内側にある鋳型にピタっと収まり、理解と共感を呼ぶのです。このドラマだけでなく、ほかの人気ドラマにも言えることです。
なお、このドラマでは高校生同士がやたらイチャコラしています。私のような日本の中高年が最近のスペインの若者について語るのもどうかと思いますが、40年くらい前(大昔過ぎてすみません)高校の夏休みをイギリスで過ごしたとき、身近にいたスペインの高校生について触れておこうと思います。サマースクールにはスペインの子たちも参加していて、当たり前の日常のあり方としてカップルでイチャついていました。スペインの女の子たちは長い髪と声質を含め、大人びていてセクシーな恋多き人たちでした。
私のバックボーンは日本なので「エリート」を観て「こんなに恋愛にかまけていたら、学業がおろそかになる」と感じますが、文化が違うので「普通」の基準が違うと推測されます。このドラマほどではないにせよ、スペインの若者とは概ねこんな感じなのでは、と思います。
シーズン1でプールサイドの殺人があり、シーズン2で新たな容疑者が拘束され、シーズン3へと続きます。人間は言うこと、することが「嘘」にまみれていますが、少しだけ「本当」があります。それが人生を複雑でわかりづらいものにするのだなあと感じさせるシーズン2でした。
[シーズン2でお仕事を終えたキャスト]
ミゲル・エラン(クリスチャン役)
1996年マラガ生まれ。生後3カ月で母親とマドリードへ移る。彼の両親は正式に結婚したことがない。母親との絆がとても強いとのこと。俳優で監督のダニエル・グスマンに見出され、2016年にゴヤ賞を受賞。「ペーパー・ハウス」(2017~2020)では「リオ」役。
ハイメ・ロレンテ(ニ-ノ役)
1989年生まれ。スペイン南東部のムルシアで生まれ育つ。「ペーパー・ハウス」では「デンバー」役。演技に加えて、高校時代に書き始めた詩集「プロポシト・デ・トゥ・ボカ」(2019年)を出版している。「エリート」でも「ペーパー・ハウス」でも単細胞ゆえにピュアな役柄を演じている。俳優であると同時に作家、歌手、モデルと多才。
※ いずれも「ペーパー・ハウス」シーズン3の撮影に向けての降板のようです。