凄まじく緻密な女たち。映画「ゴーン・ガール」と「女神の見えざる手」

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映画「ゴーン・ガール」はギリアン・フリンによる小説が原作で(ベースとなった実話があるらしい)公開された2014年当時、とても話題になりました。デヴィッド・フィンチャー監督作品です。物語の最初のうちは、ベン・アフレック演じるニックが “いけ好かない男” であるがゆえに、妻エミリーの失踪によって追い込まれていく様子が心地良かったのですが、ロザムンド・パイク演じるエミリーが相当の人格障害ということが判明してからは、ニックが気の毒になっていきました。

一方「女神の見えざる手」は、ジェシカ・チャステイン演じる凄腕の女性ロビイストの職務に対する強烈な使命感、緻密な遂行能力に見入ってしまう映画。ロビー活動に「ここまでの情熱を注ぎ込めるなんて」と感心する一方で、「この仕事を失ったら抜け殻となり生きていけないのでは」と思わされます。任務への打ち込み具合が尋常ではありません。

どちらの女性も、手の打ち方や計画の緻密さが “高水準” かつ “予想を超える内容” であるため「ここまでするなら大したものかも」「自分には、とてもじゃないが無理」という感想を抱きます。彼女たちに惚れ惚れするか、呆れてものが言えなくなるかは、その人次第。

このふたつの作品における “凄まじく緻密な女たち” を考察していきたいと思います。

【ゴーン・ガール】人心操作に長けているが、夫に愛されないエミリー

出会って結婚するまでは幸せだったニック&エミリー。しかし、持って回ったような会話を積み重ね、日々ゲームのような展開に付き合わなければならない夫婦関係では、ニックもエミリーの相手に疲れるだろうと思いながら、映画を観ていました。

一方で、ニックの親の病気がきっかけでミズーリ州へ引っ越したという点について、アメリカでは子どもが親の面倒をみること自体が一般的でないようですし(“姥捨て山社会” と聞いたことがあります)、ニックが経済面で依存する “ヒモ亭主” 化した挙句、若い愛人まで作ったのでは、エミリーもストレスが多かったであろうと当初は同情心が湧きました。

5回目の結婚記念日の朝、妻エイミーが失踪していることに気付く夫のニック。状況証拠から、ニックがエイミーの失踪に関わっていること、エイミーが既に死んでいることが疑われました。加えて、そのニュースに飛びついたワイドショー番組の影響力により、エイミー失踪事件はアメリカ社会の一大トピックになります。

失踪に際してエイミーは入念な準備をしており、周囲に対してニックが悪者であることを印象づけたうえで自殺するというシナリオをもっていました。しかし可哀想な妻のエイミー、ひどい夫のニックという報道の論調がワイドショー番組で予想以上にエスカレートしたので、自殺をもって幕引きとすることを止めにします。また身を隠していた宿泊施設で大金を奪われたことにより、失踪事件全体のストーリーに大きな変更を加えます。

有名な映画なので、あらすじ解説を端折ります。エイミーは悲劇から生還した妻を演じ、その後の人生において、ニックに “よき夫” を演じることを強制します。思い描く理想の夫としてコントロールされ続けることが確実となった可哀想なニック。レールを敷いたエイミーは支配欲が満たされ満足します。彼女はワイドショー番組などのマスコミを上手に味方につけて利用し、ニックに逃げ場を与えません。

ニックは、エイミーを愛していないどころか憎んでいます。普通の人間は、自分を憎んでいる人間をコントロールし、自分のことを愛しているかのように振る舞わせることに不毛や虚しさ、苦痛を感じるものです。そんな人間関係は双方にとって実りがないので、互いを自由にしようと考えます。関係の再構築など、既にあり得ない段階にあるからです。

エイミーはパーソナリティ障害なのでしょう。夫をコントロール/支配することに快感を覚えます。夫に愛されることは今後もありません。しかし、それでもOKなのです。夫が “自分の求めるニック” を演じ続けることが喜びであり、何よりも重要だからです。

【女神の見えざる手】“個人の喜び” を放棄した鋼鉄の女スローン

この映画の原題は “Miss Sloane” で、ジェシカ・チャステイン演じる “エリザベス・スローン” に焦点を当てた作品です。表面的なところだけ見ていると見過ごしてしまう深いメッセージがありそうな映画なのですが、視聴者に対してあえて語らなかったこと、力不足で伝えきれなかったことの両方があるように思われます。職務遂行に向けたスローンの緻密な計画、人々の裏をかく戦術は見ごたえがあります。

ロビー活動は予見すること。敵の動きを予測し、対策を考えること。勝者は、敵の一歩先を読んで計画し、敵が切り札を使った後、自分の札を出す。敵の不意を突くこと。自分が突かれてはいけない

聴聞会にて Miss Sloane

エリザベス・スローンは政界からも一目置かれる有能なロビイストであり、大手ロビー会社に所属していました。あるとき銃擁護派団体から、女性の銃保持を認めるロビー活動を行うことで、新たな銃規制法案を廃案に持ち込むよう依頼を受けます。スローンは「お金を積まれれば何でも請け負う」人間ではないようで、希望する部下を伴い、銃規制強化法案の賛成派に付く別のロビー会社に移籍します。女性を甘く見る男性への批判精神が旺盛で、その経緯と背景は不明ながら、何がしかの信念をもってロビー活動をしていることが伝わってきます。

移籍先のロビー会社は資金力で劣り、ロビー活動で味方につけなくてはならない議員数も多く、チームは厳しい戦いを強いられます。しかしスローンは持ち前の緻密さを表でも裏でも駆使し、銃規制法案賛成派の議員を増やしていきます。

銃規制法案を廃案に持ち込みたい人々(対立勢力)の企てを見抜くこともしましたが、後に手法の違法性が問われます。また部下の公にしたくない過去を “勝つための手段” として利用、それについては銃擁護派陣営に逆手に取られる結果となります。またスローンの個人的なスキャンダルを洗い出し、彼女の絶大な影響力を失墜させることで、人々に銃規制強化法案に対する関心を失わせることを銃擁護派は目論みます。

スローンは一日16時間以上働き、長期に亘る不眠症で処方薬以外にも精神刺激薬を服用。恋人やパートナーを持たず、エスコートクラブから派遣される男性と割り切った性的関係をもっています。個人生活の質的向上、安らぎの確保などは眼中になく、信念に基づき、ただひたすらにロビー活動に没頭しています。

銃擁護派ロビーを中心に聴聞会が強く要請され、スローンを疎んじる者たちの目論見通りに挑発に乗った彼女は偽証罪(上院倫理規定違反)により収監されることになります。一方で、彼女は政治システムの腐敗(エサを食べ続けるため祖国を犠牲にする卑劣なネズミたちの存在)を指摘し、ある告発を行います。

彼女は予測不能。常に奇襲をかけます。仲間にもすべてを明かさず、策を練り、相手がワナに落ちるまで気付かせません。必ず表と裏、同時に動きます。

Miss Sloane の元部下

10ヵ月後、ポズナー弁護士は連邦矯正施設にいるスローンを訪ねます。刑務所は彼女にとって居心地の悪くないところのようです。それまでギリギリの日々を送ってきたからでしょう。

スローン
スローン

キャリアを捨てるほうが命を捨てるよりマシ。医者も私のためだと言うはずよ

別れ際、違法行為の証拠の件をチームに伏せていた理由を聞かれて答えます。

スローン
スローン

5年の刑期だから

私にはこの発言の趣旨がよく分からなかったのですが、それなりの自己犠牲を伴う計画になるので、情報をシェアすることでチームに諸々の負担をかけたくなかった、ということであろうという結論に至りました。

後年、出所するスローン。建物の外に出ると何かに視線を留めます。そこには何者かがいたはずです。所属していたロビー会社の経営者、ポズナー弁護士、チームのメンバー、エスコートサービスのフォード、そのいずれかだと推測します。

緻密な女、エミリーとスローンの違い

「女神の見えざる手」のスローンの場合、私的な生活をもつこと/充実させることが、ロビイストとして成し遂げたい使命の邪魔になることまでを織り込んで、緻密な計画を立てていたのだと思います。

したがって決まった恋人やパートナーを持たず、肉体関係のみを提供するエスコートサービスの愛顧客でした。元から贔屓にしていた男性がいたのですが、彼は辞めたとのことで、フォードという後任がやってきます。

肉体の触れ合いはあっても、心の触れ合いを拒絶するスローン。しかしフォードは彼女の心に風穴を開けます。

うろたえながら「まともな人生のために、嘘をつき続けてきたのよ」と吐き出すように言うスローンに対し、「まともが何だっていうんだ」と返すフォード。スローンの鉄壁で囲まれたハートが揺れ、フォードもその姿に何かを感じます。

余談ですが、エスコートサービスのフォード役はジェイク・レイシー。どちらかというとハートウォーミングな作品によく出演しているようなのですが、ドキュメンタリー「ザ・ステアケース~階段で何が起きたのか~」で容疑者マイケル・ピーターソンが約束を取り付けた、エスコートサービスの男性と雰囲気が似ています。

スローンはエゴの強い女性に見えますが、実際には信念が強いのであって、目的達成のために個人的な欲求や喜びを放棄している面がありました。

かたや「ゴーン・ガール」のエミリーはどうでしょうか。

こちらも緻密かつ用意周到であり、ある意味でFBIやCIAの覆面捜査官向きかもしれませんが、ストーリーの中心に据えているのは常に “素敵であるはずの自分像” です。特にミズーリ州に来て以来、夫ニックが “素敵であるはずの自分像” に相応しくない男に成り下がってしまったので、それを正したいと考えています。

彼女は、どのように夫ニックや周囲を動かしていくか、それには何が必要で、何をどのように行うのが効果的か、という順序で物事を考えます。

手段を選ばないという点で自分を捨てている面はありますが、その目的は個人的な利得。すなわち過度に妄想的で肥大化したエゴによるものです。彼女のような人物をサイコパス、あるいはソシオパスと言うのでしょう(私はサイコパスとソシオパスを分けて捉えていません)。このタイプに深く関わるとロクなことがありません。

一方でスローンにはロビイストとして望む結果こそあれ、歪んだ自己愛を満たすために他者をコントロールする意図はないように見えました。猛烈であるがゆえに他者を傷つけることも起きるでしょうが、貫く信条にはエゴがないため、人生の岐路で誰かしら協力者が現れるタイプであるように感じます。

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