最近のNetflixは、実話に基づくドラマや映画、そして関係者の証言等から事件を概観したり分析したりするドキュメンタリーを前後して発表するという「一粒で二度おいしい」戦略(表現が不適切かも)を好んでいるように見えます。
ミルウォーキーの連続食人鬼ジェフリー・ダーマーについてもドラマとドキュメンタリーがありますし、タイのタムルアン洞窟遭難事故についてもドラマと遭難した青少年たちへの取材メインのドキュメンタリーがあります。
看護師チャールズ・カレンが勤務してきた数々の病院で数百人を死に向かわせた件についても、俳優起用の映画と関係者の証言で構成したドキュメンタリーが制作されています。俳優版を視聴した段階では、経験豊富な看護師チャールズの善人風の顔つきに垣間見る、表現しようのない暗さと不気味さはよく伝わってきたものの「真の動機がみえてこない」というのが率直な感想でした。その後ドキュメンタリーがリリースされたので、このたび併せて投稿する次第です。
俳優版の原作はチャールズ・グレーバー著「The Good Nurse (原題)」らしいのですが、実話に基づく著作と思われますので “[実話ベース]刑事/犯罪/サスペンス” に整理分類しています。
看護師チャールズ・カレンとは
看護師チャールズ・カレンは、俳優版タイトルにもある通り “グッド・ナース” であったようです。俳優版でもドキュメンタリーでも、看護師チャールズ(チャーリー)と善き同僚だった看護師エイミーとの関わりを主に通じて描かれていきます。
エイミーには心筋症がありましたが健康保険や有給休暇が適用されるまでに数カ月あり、無理をして働いていました。チャーリ―は看護師経験が豊富であり、エイミーを職務においてサポートするとともにシングルマザーである彼女の健康状態や娘ふたりを献身的に気遣いました。
彼の勤務する病院では患者の不審死が相次いでいました。エイミーと働いていたニュージャージー州の病院もそのひとつです。俳優版では年配女性アナの死に関する捜査がチャーリー関与の事実に迫るきっかけとして描かれています。
ドキュメンタリーは呼吸困難に陥ったフロリアン・ゴール司祭が救急科にかかり、その後の回復基調で突然心肺停止に至ったケースからスタート。同様の症状で別の患者たちも死亡しており、警察の捜査が始まります。
保身に走る病院経営者たち
俳優版ではチャーリーとエイミーの勤務する病院は顧問弁護士を通じて「病院代表者の同席なしに警察と話した場合は契約違反となる」ことを周知。ドキュメンタリーでも病院側は内部調査の資料を警察側へ渡すタイミングを引き延ばそうとし、その提供した資料も薄っぺらなものでした。
この病院は病棟における薬品の管理と出庫に “ピクシス” という調剤システムを利用しており、その仕組みの盲点、病院が隠匿しようとした背景や内容も後に明らかになっていきます。
刑事たちはチャーリーが過去に勤務した病院から情報を得ようとしますが、どの病院も彼に関する情報を明らかにしようとせず、自分たちを守ることに腐心。病院の隠匿体質を前にして捜査は難航します。
ドキュメンタリーでは、彼が過去に勤務した病院で同僚だったICUの看護師からも情報提供があったことに触れています。
なぜ多数の患者を死に至らしめたのか
チャーリーの犯行動機はシンプルではありません(私はそう感じる、ということです)。
俳優版ではエミリーに対し「犯行を続けたのは薬剤投与を誰も止めなかったからだ」と述べています。
ドキュメンタリーでは「人の役に立つのが喜びだったから看護師になった。夜勤で苦しくなった。苦痛にあえぐ人をこれ以上見ていられない。僕にできることはただひとつ、苦痛を終わりにすること。止められなかった」と供述。しかし被害者の多くは回復に向かっており、退院を控えている人も含まれていました。彼の告白とは状況が食い違っています。
不憫を理由に看護師や介護士が患者や利用者を殺害する事件は、日本でもしばしば発生します。しかしチャーリーの場合、被害者に対する慈悲、彼らの尊厳を守ろうとする気持ちに基づく行為ではなかったと解釈できます。
理解の多少の助けになるのは「自分がどうしても好きになれなかった。母の死をうまく受け入れられなかった。母は家庭内のさまざまなことから僕を守るクッションになってくれた。母なしでは僕は守られていない。そう感じた」というチャーリーの言葉です。
自己肯定感が低いことが分かります。そして常に外部からの脅威を感じていたことも。彼は患者の人生を薬剤投与によって一方的に終わらせていきました。しかしそれは自己の投影の一種であり、彼は恐怖と脅威に取り囲まれた自分の人生と決別したかったのではないでしょうか。ラクな状態へと移行させたかったのは他者の苦しみではなく、自分の苦しみだったと私は考えます。
この事件が提起した問題
ドキュメンタリーには「The Good Nurse」の著者も登場し、利益追求型の私立病院に多くみられる問題を指摘。「病院は普遍的な存在、看護師は交換可能な部品。そういう認識に立つ組織はチャーリーにとって好都合だった。静かに彼を病院から追い出し次の職場へと向かわせた」と。
「見ていられないから」と自己判断で患者を死に向かわせたチャーリーも死刑はイヤだったようで、死刑判決を避けるために29件の殺人を認めています。しかし実際の被害者数は400人にも上るといわれています。彼は終身刑を18回宣告され、ニュージャージー州立刑務所に服役中だそうです。
この事件を契機に、医療機関は従業員の問題点をもれなく州に報告すること、後の雇用主に情報を開示することが義務付けられる「カレン法」が可決されたとのことです。