史実に基づき三者の視点から描く―映画「最後の決闘裁判」

スポンサーリンク

原題は “THE LAST DUEL”。主な舞台はフランス。かつて親友だった騎士と従騎士(ジャン・ド・カルージュとジャック・ル・グリ)が「自分の申し立てこそが正しい」ことを一騎打ちで決めます。戦いに勝ったほうが正しいとされます。14世紀のフランスで実際にあった出来事をベースにしています。基になっている書籍(アメリカの作家エリック・イェーガーによるもの)があります。

私が一番の見どころと思うのは、ふたりの決闘シーンです。手に汗握る攻防が繰り広げられます。「そこかよ!」という人もいるでしょうが「そこ」です。

なおタイトルの「最後の決闘裁判」とは、有罪無罪を決定する最後の司法決闘として1386年に行われたものであり、公に承認された決闘はその後も行われました。

ストーリーはいたってシンプル

ジャン・ド・カルージュと親しかったジャック・ル・グリは、ジャンの後妻マルグレットの美しさと賢さの虜となり横恋慕。家族や使用人が不在となった機会をとらえて彼女に性的暴行を加えます。

ジャンと妻マルグレットはジャックの犯罪を告発。ジャックは「レイプではなかった」と否認します。領主ピエール伯爵はジャックの無実を支持。ジャンは国王シャルル6世(別名「親愛王」「狂気王」)に決闘での決着を直訴し、ふたりは決闘裁判に臨みます。

3つのパートで三者三様の視点を描く

構成順でいうと「ジャン・ド・カルージュ(夫)の視点 ⇒ ジャック・ル・グリ(容疑者)の視点 ⇒ マルグレット(妻)の視点」。黒澤明監督の「羅生門」に倣っているとのことですが、重複するシーンも少なからずあって上手く機能していたかは疑問です。

それぞれの人物像は以下のようです。性格や価値観、そして立場によって、同じ出来事であっても見え方や捉え方は異なります。

ジャン・ド・カルージュ(夫):演じているのはマット・デイモン。ベレムの長官の息子。垢抜けた感じとは縁遠い男。妻の気持ちを理解できるような繊細さはないが冷酷ではない。自分の考えに執拗にこだわる頑固者。世渡り下手で領主ピエール伯爵に重用されない。直情的、勇敢である。

ジャック・ル・グリ(容疑者):演じているのはアダム・ドライバー。美形ではないように私の目に映ったものの、本作中では名うての美男で女たらしという設定。領主のピエール伯爵に目をかけられる。伯爵とともに女性たちと乱交に励んでいたが、美貌の人妻マルグレットと知り合い、文学について会話をしたことで「運命の相手」と思い込む。「ジャン(夫)より学がある」との自認があった。

マルグレット(妻):演じているのはジョディー・カマ―。夫ジャンとの関係性に多少の物足りなさを感じ、姑を鬱陶しく思っているが、粗野な夫を愛し彼の活躍を応援している。読書や多言語を嗜む聡明な女性でもあった。ジャック(容疑者)について「美男だけれど信用できない」「攻撃的でイヤな性格だけれど目を引く」と発言したことがある。

事件発生以前の3人を取り巻く状況

レイプ事件発生以前、次のようないきさつが3人にはありました。各人の事件に対する受け止め方や判断は、このような前提の影響を受けています。

  • ジャン・ド・カルージュ(夫):地代を領主ピエール伯爵に支払うことができず、資金調達のため、ロベール・ド・ティボヴィルの娘マルグレットと二度目の結婚。土地と多額の持参金を手に入れようとする。しかし所望していた土地の一部をピエール伯爵が召し上げる。それを不服としてシャルル6世に直訴するが却下される。その件がピエール伯爵の心証をますます悪くし、ベレムの長官だった父の逝去後、そのポジションを引き継げなかった。
  • ジャック・ル・グリ(容疑者):戦場ではジャン・ド・カルージュ(夫)と親友で、直情的な判断をしがちな彼をサポートしていた。領主ピエール伯爵に重用され、地代取り立て役を買って出る。ピエール伯爵が接収した土地(マルグレットの持参金の一部)は取り立てたジャック・ル・グリ(容疑者)に与えられた。その後、ベレムの長官を命じられる。
  • マルグレット(妻):財産を見込まれての結婚ではあったが、夫ジャンを内助の功で支える。子どもを望んでいたが妊娠しないことが悩みのひとつだった。とあるパーティーで夫の指示により、彼の親友ジャック・ル・グリ(容疑者)に口づけをする。文学談義ができる聡明な女性だったこともあって、ジャック(容疑者)の恋心に火を付けてしまう。

視聴しての感想

時代も国も違うので、何が罪とされるのか、社会階層別の倫理・常識・マナーなどを知りません。映画のなかで言及されていたのは「レイプは正式には夫人に対する罪ではない。夫の所有財産の侵害とみなされる」ということ。

プラハのミステリー」というドラマの記事でも触れました。キリスト教が “姦淫” を禁じたのは倫理的な理由ではなく、所有者の財産権の侵害だから。したがってジャック(容疑者)が問われるのはジャン(夫)に対して罪を犯したかどうかです。

決闘裁判を選んだジャンの思惑

妻マルグレットは決闘裁判ではなく、法廷での裁きで十分と考えていたようです。しかし法廷を司るのがジャック(容疑者)を贔屓する領主ピエール伯爵であることから、夫のジャンは勝ち目がないと判断します。

ジャンはいくつかの戦争を経験していましたし、非常に勇敢だったようですから決闘裁判への心理的ハードルが低かったとも考えられます。「決闘裁判は神への上訴であり、正しければ神が守ってくださる」という言葉に騎士としての潔さを感じます。

親友ジャック(容疑者)に見下されていると以前から感じていたであろうジャンが重んじたのは “自分の名誉” か “妻の名誉” か。その点は微妙です。しかしその当時、妻は夫の所有する財産とみなされていましたから、夫の名誉も妻のそれも一蓮托生と考えてよさそうです。

多くの財産を期待してマルグレットと結婚した男であるにも関わらず、命を懸ける覚悟をもっていたことについては称賛を惜しみません。

当時のフランスでは、財産の移譲を折り込んでする結婚が当たり前だったとしたら、ジャンだけが財産目当てで相手を選んでいたわけではないので、彼を「計算高い男」と決めつけるわけにはいかない気がします。

マルグレットの強さ

夫ジャンが敗れた場合、妻である自分は服をはぎ取られ生きたまま火あぶりになるのが決まりであることを、決闘裁判が決定するまでマルグレットは知りませんでした。「命あっての物種」と思うならば「ジャックがレイプした」という主張を引っ込めて泣き寝入りしそうなものですが、マルグレットはそうしませんでした。ただし妻が危険な目に遭うかもしれないことを当人に伏せて、決闘裁判に持ち込んだジャンに対しては怒りをもっていたように描かれています。

結婚して5年というもの、夫ジャンとの間に子宝を授かりませんでした。しかしレイプ事件の半年後、マルグレットは妊娠6カ月になっています。夫の子か容疑者の子か、わかったものではありません。しかし当時は「男女が快感の頂点に達する性交を行うことで子どもを授かる。レイプで妊娠することはない」というのが共通認識だったようです。半分は本当で半分は嘘だと思いますが、誰が言い出したのでしょうね。マルグレットは決闘裁判の日の少し前に男の子を出産します。

ジャック(容疑者)にみられる男の典型的な勘違い

ジャック(容疑者)は美男でした。女性たちとの遊びも派手で、その浮名はよく知られていました。

ジャンの妻マルグレットに対してだけは一途な思いを抱き、真剣に求愛。しかしもろもろを見誤っていました。ジャック(容疑者)は女あしらいに慣れ過ぎていて、自分が真剣に求愛することで思い通りにならない女性がいるとは思っていませんでした。マルグレットの拒絶を「人妻という立場上嫌がっているフリをしているだけ。彼女も自分を愛している」と解釈します。

この手の男性は現代もたくさんいそうです。

マルグレットの裕福で幸せな余生

ジャンは決闘裁判には勝ったものの数年後に十字軍遠征で死にます。マルグレットは女主人として裕福で幸せな人生を送り、再婚しなかったそうです。

ふたつの解釈ができそうです。夫が生死を掛けて決闘裁判に勝利して自分の命を守ってくれたことを契機に、ふたりの絆は強まったと考えるのが自然。であれば、二夫にまみえることなど考えられなかったことでしょう。決闘裁判後、ふたりの間にはさらに子どもが生まれています。

もうひとつは「私だったら」ですが、男性や夫が人生に存在することで厄介な出来事や問題が起きたわけで、この先の人生にそういう要素は不要と考えます。マルグレットの心中にも、そういう思いが多少はあったのかもしれません。

[ロケ地]フランス、アイルランド

旅行は人生の大きな喜び(^^)v
ランキングに参加しています。
応援をお願いいたします。
↓  ↓  ↓
にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村