原題は “Ser du månen, Daniel”。デンマーク語で「月が見えますか、ダニエル」という意味です。人質になった息子に対して母親が日記に書いていた文言のようです。
映画は基本的には事実に基づいているはずです。2時間18分とやや長尺ですが、序盤に割かれる時間は短く、人質になってからの物語が長くなっています。展開に緊迫感があり、ダニエルを演じるエスベン・スメドの演技が素晴らしいため、長いとは感じさせません。
導入部あらすじ
能力の高い体操選手だった23歳のダニエル・リューは怪我により転向し、写真家助手になります。休暇を取ってシリアへ。紛争や戦闘ではなく、シリアの人々の普段の暮らしを撮影するのが目的でした。2013年のことです。
シリア人ガイドのアーヤや自由シリア軍兵士を通じて現地の許可を取得し、一日の撮影を終えたらシリア国境に近いトルコの街に宿泊する予定でした。しかしシリア内の情勢が変化したことにより、ダニエルはムジャーヒディーンを名乗る者たちによって身柄を拘束されます。
脱走を試みますが再度捕まり、アレッポからラッカに移されたダニエルはIS(イスラム国を立てることを目指す者たち)の管理下に置かれます。拷問され、行動制限を受け、人質としての過酷な日々が続きます。人質はデンマーク人のダニエルだけではなく多国籍からなりました。ISは高額の身代金を要求。国家なり家族なりから身代金が支払われると人質は解放されます。
デンマークの場合、政府に「テロリストと交渉しない」という方針があったため、身代金は家族が工面することになります。ダニエルの身の安全のため、拉致・拘束や身代金要求のことを公言しないよう保安専門家アートゥアは家族に指示します。アトゥーアはISとの間でダニエル解放の交渉に当たります。彼はシリアで行方不明になっているアメリカ人ジャーナリストであるジェームズ・フォーリーの捜索にも関わっていました。
ダニエル以外の主要な登場人物
[ダニエルの家族と親しい人物]
父ケル、母スサネ、姉アニタ、妹クリスティーナ、恋人シーネ
[ダニエル解放のために動く人]
アトゥーア(元軍人の保安専門家。シリアの外で動く)、アフマド(シリア内部で動く)、マジード(アトゥーアの指示で動く)、ハンネ(デンマークの危機心理学者)、デンマーク外務省の人(ほぼ役に立っていない)
[ダニエルとともに拘束されていた人質たち]
※ 映画では、ジェームズ・フォーリー以外の名前を変えている可能性あり
ジェレミー(フランス人ジャーナリスト)、ルイ(フランス人)、アレクセイ(コソボ出身のイスラム教徒)、アーウェル、ボイチック、ラウール、ハンス、ジェームズ・フォーリー(アメリカ人ジャーナリスト)、ほかにもいる
[ダニエルたちを見張るISの人たち]
※ 映画の人質たちは、イギリス系の彼らを “ビートルズ” と呼んでいた
ジョン(香水くさい)、リンゴ(小柄)、ボール(イスラム教説教者)、ジョージ(血の気が多い)
[その他]
アブー・アシール(ムジャーヒディーン指導者。ISに合流)、アブー・スハイブ(アザズの指導者)、リチャード(諜報員。多分CIA)、アイユーブ(元ISの外国人兵士)、アイマン(アーヤの友人。映画ではマジードと見分けがつかない)
運命は何で決まる?
現地の情勢
ダニエルの場合、トルコ国境に近いシリアの街で人々がどのように暮らしているかを撮影したかったわけで、現地の武装組織の許可を事前に得ていました(なおシリア自由軍は反政府武装勢力のひとつでシリア政府軍やISと敵対関係にある)。シリアの武装勢力の勢力図が不安定だったことにより、事前準備が意味をなさなくなりました。
人質の属する国の方針や法律
アメリカは自国民ジェームズ・フォーリー氏に関して「国はテロリストと交渉しないし、家族が身代金を支払うことも禁ずる」という姿勢をとっていました。彼に関しては当時日本でもかなり話題になっていたと記憶しています。
デンマーク政府も「テロリストと交渉しない」姿勢を貫いています。しかし家族が身代金を支払うことは禁じていません。ダニエルを引き渡す条件として430万クローネが提示されました。本日のレートでいうと9102万5840円です。1億円近い現金を家族が用意することになります。
リュー家はデンマークの平均的な家庭。貯蓄や資産を現金化し、それに加えて新たに借金をするとしても自力で全額揃えるのは無理です。保安専門家アトゥーアが「交渉の余地はない。満額揃うまで回答を引き延ばすのがよい。金額を引き下げようとすると逆に身代金の額を吊り上げてくるだろう」と言っているにも関わらず、両親は交渉に踏み切ります。ISは激怒し身代金を1500万クローネに引き上げました。当時は円高だったかもしれませんが、今なら1500万クローネは3億1753万2000円です。
デンマークでは身代金に充てるための募金は違法だそうです。リュー家は違法にならない形式で寄付を集めようとします。
タイミングや巡り合わせ
ダニエルの家族は巨額の身代金を集めることに成功します。映画がどの程度、事実に沿っているかはわかりませんが、すんでのところでダニエルは命拾いします。
一方、アメリカ人であるジェームズ・フォーリーの家族は「身代金を支払わないようアメリカ国務省職員から脅された」と証言しています。家族は国の方針があるため、身代金を調達しようとすることすらできず、アメリカはシリア政府軍を動かしての人質救出にも失敗します。
2014年8月、フォーリーはアメリカ軍によるイラク空爆への報復としてISによって処刑されます。諸条件の積み重ねやタイミングが悪すぎました。
演じている人たち
この映画、トビー・ケベルが出演していることを知って視聴したという面もあります。彼はアメリカ人ジャーナリストのジェームズ・フォーリーを演じました。
温かで鷹揚でユーモアのあるフォーリーが人質に加わったことでメンバーに笑顔や輪・調和が生まれました。彼はダニエルとの別れ際に言います。「奴らの憎悪に負けたくない。僕の心にあるのは愛だけだ。いいか、奴らのことは忘れろ。君の人生を生きるんだ。時間を無駄にするな」。ダニエルはフォーリーから家族へのメッセージを預かって後に解放されます。
一部ですが、出演者を見ていきましょう。
- エスベン・スメド(ダニエル・リュー役):デンマークの俳優。国立舞台芸術学校を卒業しています。舞台を含め、いろいろ受賞しています。本作でも迫真の演技を見せます。“Lykke-Per” という映画にも出ていてNetflixで見られるようです。
- ソフィー・トープ(アニタ役):デンマークの女優。こちらも国立舞台芸術学校を卒業。もともとはハンドボールの選手を目指していたようです。本作で複数の賞を獲得しています。「特捜部Q」の「知りすぎたマルコ」(2022)でローセ役。私はヨハンネ・ルイーズ・シュミットが演じたローセのほうが好きでした。
- アンダースW.ベルテルセン(アトゥーア役):デンマークの俳優で映画監督。州立演劇学校卒。本作の監督を務めています。
- トビー・ケベル(ジェームズ・フォーリー役):イギリスの俳優。労働者階級の生まれでシングルマザーに育てられました。2020年に結婚。相手はルズワナ・バシール(イギリスの起業家)ではなく、アリエル・ワイアット(イギリスの女優)です。後者との間に娘がいます。出演作は「Dead Man’s Shoes」「コントロール」「ロックンローラ」「ブラック・ミラー」「ベン・ハー」「コードネーム エンジェル」ほか。
- アミール・エル・マスリー(ジョン役):カイロ生まれ。ロンドンで育ちました。エジプト映画でも活躍しているようです。「ナイト・マネージャー」にユセフ役で出ています。
- イスハーク・エルヤス(アフマド役):ヨルダンの俳優。「モスル~あるSWAT部隊の戦い~」でワリード役を演じています。
[ロケ地]デンマーク、スウェーデン、ヨルダン