3つの異なる立場から正義と悲哀を描いた戦争映画「スヘルデの戦い」

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戦争や紛争を扱った映画の紹介が続いています。なぜかそういう流れになっているだけで理由はありません。高校時代、私は世界史と地理が大の苦手でした。過去の世界の戦争について造詣が深いわけでもなく、むしろ関心が希薄なほうです。しかし関連した映画を観ると感情が動かされ、いろんなことを考えます。この歳になってから、世界の地理と歴史を学び直している感があります。

第二次世界大戦のなかでも1944年10月2日~11月8日にベルギー北部及びオランダ南西部で、連合国軍(主にカナダ第1軍)とドイツ第15軍との間で行われたのが “スヘルデの戦い” です。

アメリカ軍は世界中どこに出没しても違和感がないのですが、カナダ軍がオランダでの戦闘の柱になったと聞くと「随分遠いところから来たんですね」と思います。とはいえ、映画「マリアンヌ」で第二次世界大戦中の諜報をモロッコで行ったブラット・ピット演ずる軍人はカナダ空軍所属でしたし “第二次世界大戦” と耳にしたとき、私がカナダ軍を連想しないだけのことです。カナダは元イギリス植民地なので連合国軍に付いて何ら不思議ではありません。なお映画「スヘルデの戦い」は実話(史実)に基づいています。

ちなみに第二次世界大戦終戦間近のヨーロッパ戦線についてのドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」は連合国軍のなかでもアメリカ軍に関する実話でした。

第二次世界大戦終戦間近のヨーロッパ戦線を描いた「バンド・オブ・ブラザース」
戦記ものはあまり観ないのですが、このドラマは非常にまとまっており、各エピソードの切り口から戦争と兵士について考えさせられます。一部、事実とは違う脚色もあるようです。

連合国軍のなかでも①アメリカ軍、②イギリス軍とカナダ軍という大きくいってふたつのグループはノルマンディー上陸後に向かっていった先が少しずつ違います。映画「スヘルデの戦い」の冒頭にて地図を用いながら非常に分かりやすく解説されています。映画の原題は “De slag om de Schelde(The Forgotten Battle)” です。

[スヘルデの戦いの沿革]

  • 連合国軍(イギリス軍、カナダ軍など)は物資供給のための港の確保が急務であった。連合国軍はスヘルデ川を遡った内陸にあるアントワープを解放。しかし海への出口となるスヘルデ川河口地帯は依然としてドイツ軍が支配していた。
  • ドイツ軍の一部がスヘルデ川の南岸から退却を開始。オランダの人々は解放目前であると考えた。
  • 失敗に終わった “マーケット・ガーデン作戦” 後の10月2日、 “スヘルデの戦い” が始まる。河口地帯での戦いは厳しく犠牲の多いものとなった。ドイツ軍は陸地に地雷、水中に機雷を敷設。さらに退却線に火砲と狙撃兵を配備。戦闘は5週間に及びカナダ第1軍は他の国籍の部隊による支援を受けて戦いに勝利した。
    • “マーケット・ガーデン作戦” とは、連合国軍がドイツ国内へ進撃できるよう、兵站問題を解決できるよう、オランダ国内の複数の河川の橋を奪取し、港湾施設を使用できるようにしようとするもの。最終的にはアーネムを目指した
  • “マーケット・ガーデン作戦” で連合国軍は思う成果を挙げられていなかったものの、スヘルデ川北岸地域に至る重要なルートを確保。それが “スヘルデの戦い” の成功に繋がった。
    • 「バンド・オブ・ブラザーズ(アメリカ陸軍第101空挺師団第506歩兵連隊第2大隊E中隊のドラマ)」では “マーケット・ガーデン作戦” の状況も描かれている。

映画のストーリーは1944年9月5日、オランダのゼーランド州フリッシンゲンから始まります。ドイツ軍の一部が退却を開始。市役所はナチス・ドイツの旗を降ろし、ドイツ軍部との関わりに関する不都合な書類等の廃棄に力を入れています。オランダ人女性トゥンは市役所勤め。彼女の弟ディルクはレジスタンスに関わっています。なお、オランダのレジスタンスを題材としたフィクション(サスペンス)として「ブラックブック」があります。

覚えるべき登場人物は多くないのですが、レジスタンスに関わることになるフリッシンゲンの人たちを挙げておきます。

[レジスタンス関係者]

  • トゥン・ヴィッサー 市役所に勤めている。父は住民と兵士の治療にあたる病院の医師。弟への思いから図らずもレジスタンスに協力することになる
  • ディルク・ヴィッサー トゥンの弟で17歳。レジスタンスに関わっている。ドイツ軍の車への投石により騒動を起こす。オランダの解放を目前にして、その罪により追われる身となる
  • ヤンナ パン屋で働いている。トゥンとは友人。レジスタンスに関わっていてトゥンの弟ディルクとつながりがある
  • ピム・デン・オーヴァー 名前を呼ばれているシーンはないが、レジスタンスで重要な役割を担っている人物。ドイツ軍に関する情報を連合国軍へ渡したいと考えている

場面は変わってナルヴァ。前述の通り私は地理に弱いので「唐突にナルヴァと言われましても」ということで調べました。ナルヴァはエストニアにあります。そして1944年8月11日のソ連軍前線として描写されていますので “タンネンベルク線の戦い” の終わりと思われます。そうなると、こちらの映画ともリンクします。ドイツ武装親衛隊(エストニア人部隊)とソ連赤軍の戦いを描いています。当時のヨーロッパ各地では各国の目論見と野心に基づいて様々な戦争が繰り広げられていました。

兵士のモチベーションについて考えさせられる映画「1944 独ソ・エストニア戦線」
エストニアで大ヒットした映画。制作資金は私的出資、エストニア映画協会、エストニア国防省、エストニア文化基金によって賄われました。ソ連側とドイツ側に分かれて戦ったエストニア人兵士の姿を描いています。

ソ連がナルヴァを奪取し、ドイツ軍はタンネンベルク線まで後退します。映画「スヘルデの戦い」は戦場におけるドイツ軍側の悲壮な状況を伝えます。ドイツ側の義勇兵でオランダ人青年のマリヌス・フォン・スタベレンはその後、野戦病院に収容されます。彼は父親の強い反対を押し切ってドイツ軍側の兵士として戦ったのでした。

[ドイツ軍]

  • マリヌス・フォン・スタンベレン ドイツ軍とともに戦うオランダ人の海軍義勇兵。17歳のときにバイエルンの訓練所に入る。“タンネンベルク線の戦い” で負傷。野戦病院で知り合った軍人の口添えでフリッシンゲンへ異動し、ベルクホーフ大佐のもと事務職に就く。連合国軍やレジスタンスとドイツ軍の間で気持ちが板挟みとなり「正しき道」について葛藤する。あることがベルクホーフ大佐の知るところとなり、再び銃をもつことになる
  • ベルクホーフ大佐 フリッシンゲンのドイツ軍司令部に属するドイツ軍人

一方、イギリス軍の新米グライダー(滑空機)パイロットのウィリアム・シンクレアは “マーケット・ガーデン作戦” に参加。空中で爆撃に遭い、湿地のスカウウェン島へと数名で不時着します。カナダ軍が国境を越えて前進したゼーランド州テルネーゼン付近まで行くには、ボートで海を渡る必要がありました。

[イギリス軍空挺部隊]

  • ウィリアム・シンクレア 父親が軍の上層部にいる。反対されたがゴリ押しして “マーケット・ガーデン作戦” に参加。仲間3人、上司のターナー中尉とともにスカウウェン島に不時着する
  • ナイヴィルジョン ウィリアムとともに不時着するが裏切って姿を消す
  • ヘンク ウィリアムとともに不時着するが戦意を喪失して離脱
  • ターナー中尉 ドイツ軍によって射殺される

川沿いの塹壕で連合国軍を迎え撃つ構えのドイツ軍(マリヌス・フォン・スタベレン)、ドイツ軍が待ち伏せしていることを連合国軍に伝えようとするレジスタンス(トゥンとヤンナ)、カナダ軍(連合国軍)に合流して戦うイギリス軍兵士ウィリアム・シンクレア。

それぞれの選択と運命が絡み合います。具体的には映画をご覧になっていただければと思いますが、それぞれに苦しみや悲しみはあれど、義勇兵マリヌス・フォン・スタベレンのそれらが最も複雑で気の毒なタイプのもののように私は感じました。同役のギス・ブロムが非常に優れた演技をするという点も、そのような感想に影響しているかもしれません。

マリヌス、トゥン、ウィリアム、国や立場は違えども、それぞれが自分なりの正義と良心に従います。毎度のことながら戦争ものを視聴して思います。人間から生まれ出る美しさとは一瞬で儚いと。恐らく人間とは長く継続的に美しくあることができない生き物なのですよ。

主たる役を演じた3人が素晴らしかったので、ざっくりですがまとめておきます。

[3人の俳優]

ギス・ブロム(マリヌス・フォン・スタベレン役) オランダのアムステルダム生まれの俳優。見た目が大変麗しく、しかも演技があまりにも素晴らしい。女優のマーロエス・ファン・デン・フーヴェルの息子。9歳でデビューし、17歳からは主役級。2021年にアムステルダム芸術大学で演劇の学位を取得して卒業。そこはかとなくゲイっぽい雰囲気をまとった人

スーザン・ラダー(トゥン・ヴィッサー役) オランダのアムステルダム生まれの俳優。6歳で映画デビュー。マーストリヒト演劇芸術アカデミーで学ぶ。“テレビや映画での演技のキャリアだけでなく有名なソーシャルメディアスターでもある” とのこと。鼻の形がかわいい

ジェイミー・フラッターズ(ウィリアム・シンクレア役) イギリスのロンドン生まれの俳優。演劇アカデミーで4年学んだあと、16歳のときにBBCのシリーズでデビュー。雄弁であり、2015年(すなわち15歳のとき)「スピークアウト」チャレンジで優勝。年齢が若いゆえに投票できないことへの抗議動画をYouTubeで公開し、絶大な人気を得る。彼のもっている物怖じしない太さはウィリアムの役に合っていたと思う

“スヘルデの戦い” をオランダで撮影することは、ふたつの理由により不可能と判断されたそうです。ひとつは環境問題(野生動物の保護、爆発シーンに対する許可が下りない等)によるもの。もうひとつは実際に戦いのあった場所周辺に風車があり、それらをデジタル作業で取り除くことに費用がかかること。映画の冒頭にもテロップで出てきますが、映画制作に税制上の優遇措置を行うリトアニアで撮影することで解決したとのことです。

[ロケ地]オランダ(ゼーランド州/シント・アンナ・テル・モイデン)、ベルギー(シント=トロイデン/ハッセルト)、リトアニア

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