新作ではありませんが、かつて途中まで書いたところで仕事が忙しくなり、そのままになっていた投稿を完成させようと思います。
原題は “Paatal Lock”。インドのサスペンスドラマで骨太。インド発の作品は数こそ多いもののエンタメ系主導の印象が強かったので「こういった作品も世に出せてしまう」のはすごいと思いました。
この世界は1つではなく、3つに分かれてる。一番上にあるのは天界。神々の住む場所(スワルグ)。真ん中は地上。人間が住む場所だ。そして一番下は “地底界(パタロック)”。虫のすみかだ。すべて聖典に書かれてるが、ネットで知った
主人公はハティ・ラム・チョーダリー。デリー警察のアウター・ヤムナ・パール署に15年勤務する警部補で、自分の管轄エリアは “地底界(パタロック)” であると言っています。
天上での事件に警官が関わることはない。“地上の事件” にうまく対応できれば昇進する
“地底界(パタロック)” の現場を熟知しているハティ・ラム警部補は乱暴ではあるものの、自ら額に汗して働く、勇気ある武闘派。“とんでもなくデキない警官” というふうには見えないのですが、上位者からの彼に対する評価は高くありません。対照的に3カ月前に警官になったイムラン・アンサリは知恵と理性で対処するタイプ。難易度の高い国家公務員試験に合格して官僚に転身します。
シーズン1と2があります。非常に面白いのですが、インドの社会問題(カースト/宗教/貧困/地域紛争など)をベースにしているため重く、集中して観るとドッと疲れるかもしれません。
シーズン1(9エピソード/2020年)
あらすじ
シーズン1はタルン・テジパルの2010年の小説「The Story of My Assassins」をベースに創作されています。
2019年、3人の男と1人の女がデリーの橋の上で逮捕されます。彼らには計画がありましたが未遂に終わったのです。計画とはゴールデンタイムのジャーナリスト、サンジーヴ・メーラの殺害でした。この事件は休暇中のバハルに代わってハティ・ラム警部補の担当となります。サンジーヴは彼の勤務する局のオーナーであるシン・サーブから辞職勧告を受けていました。その背景にはサンジーヴが高速道路建設の不正を探っていたことがあるようです。シンは高速道路建設の利害関係者でした。
捜査のプロセスで不始末があったため本件はインド中央捜査局(CBI)に引き継がれ、責任を問われたハティ・ラム警部補は停職となりますが、彼は捜査から外されることに抗います。インド中央捜査局(CBI)はサンジーヴ・メーラ殺害計画が予想外に大規模なものであった証拠を掴みますが、ハティ・ラムとアンサリは、それらは捏造されたものと考えます。
事件捜査と並行して4人の殺害未遂犯の成育歴が追われるとともに、警部補と妻や息子との関係における苦悩、暴力的だった父との子ども時代の生活なども描かれます。
登場人物
[サンジーヴ・メーラ&その周辺人物]
サンジーヴ・メーラ:ニュースチャンネルで活躍するジャーナリスト。妻ドリーは不安障害を抱えている
シン・サーブ:サンジーヴの勤務する局のオーナー。RCホールディングの経営者であり、高速道路建設を巡ってヴェルマ運輸大臣と強いつながりがある
ダシュラート・クマール:3年前にサンジーヴの潜入取材によって政治生命を絶たれた人物
ジャイ・マリク:サンジーヴの同僚(七三分けの初老男性)
サラ・マシューズ:サンジーヴの勤務する局の6時の担当者で、若いジャーナリスト。アメリカのコーネル大学で学び、サンジーヴにあこがれて入局した
プラティマ:サンジーヴの同僚
ローハン・タークル:インターンとしてサラの下で働くお坊ちゃま
アミトーシュ:サラやハティ・ラム警部補に協力するチトラクート拠点のジャーナリスト
ヴィクラム・カプール:ゼニス株式会社の会長で防衛コンサルタント。サンジーヴとは因縁がある。メディア業界への参入を目論んでいる
[サンジーヴ・メーラ殺害未遂犯&その周辺人物]
カビール・M:暗殺未遂グループのひとり。デリーの自動車整備士タリク・モハメッドの指示でバイク&自動車の窃盗を行っていた。イスラム教徒
トープ・チャク・シン:暗殺未遂グループのひとり。目印はヘビースモーカー&バンダナ。パンジャブ州出身で “マンジャールの子”として差別されて成長した。実際には “マンジャール” というカーストは存在せず、ドラマ内に限った架空の呼称と思われる。母方の叔父シャウキの元愛人チャンダ・ムカルジーが恋人だったが、彼女はシュクラ・ジ(バージパイ選挙陣営の権力者)の愛人となる
ヴィシャール・ハトダ・ティアギ:暗殺未遂グループのひとり。左手の親指が欠損。ウッタル・プラデーシュ州チトラクート出身の殺し屋。通称 “ハンマー”
マリー・チーニ・リンド:暗殺未遂グループのひとり。トランスジェンダーで自称モール店員。幼い頃、親に捨てられて孤児となった。本名グルン。孤児時代の仲間がカリヤ
ドナリア・グジャール:無法者かつ聖者。居場所も姿も誰も知らない存在。グジャールの一族の末裔で “マスター・ジー” と呼ばれている。“グジャールの一族” が実在のそれと同じものを示しているならば、インド・パキスタン・アフガニスタンに住む農業コミュニティで、遡ると王国や王朝に辿り着く。インドでは後進部族とされている
グワラ・グジャール:ドナリアの兄。不動産ビジネスを展開。ウッタル・プラデューシュ州を地盤とし、ダリット社会党の支援する公共事業大臣バージパイから道路建設を請け負う蜜月関係だったが、政界進出を目論む。“ダリット(困窮した者)” はカースト制度における “不可触民”。貧困に苦しむ一方で、大統領や党首などの政治家も生んでいる
ラジビール・グジャール:チトラクートの体育教師。教え子のひとりがティアギ。元警官でバージパイの護衛をしていた
ムケーシュ・タルレージャー:バイシャリ地区の建設業者。マリー・チーニ・リンドの裏稼業の雇い主
[デリー警察関係者]
ヴィシュラム・バガト:デリー警察(本部)の警視
ヴィルク:デリー警察アウター・ヤムナ・パール署長。主人公ハティ・ラム警部補の後輩にあたる
ハティ・ラム・チョーダリー:デリー警察アウター・ヤムナ・パール署に15年勤務する警部補。暴力的な父に育てられたためか、すぐに手が出る。妻はレヌ、息子はシッダールト。ジットゥという “困ったちゃん” の義理の兄がいる。息子シッダールトの素行のよくない友人がラジュ・バイヤ
イムラン・アンサリ:キャリアは浅いが、ハティ・ラム警部補の物静かで有能な補佐(登場当時は副警部補)。機知に富み、取り調べで暴力を行使しない
トーカス/ブハティ:ハティ・ラム警部補の部下の警官
マンジュ・ヴァーマ:女性警官。容疑者に対しては乱暴な振る舞い、尊大な態度。上位者やモノをくれる人に対してはそうでもない
ラチャナ・ドゥイヴェディ:インド中央捜査局(CBI)の捜査官
シーズン2(8エピソード/2025年)
あらすじ
シーズン2はコロナ禍の時期に設定されています。シーズン1とはまた別の “地底界(パタロック)” の物語。
デリーのホテルの浴槽で、ナガ族のリーダーでナガランド民主フォーラムの発起人ジョナサン・トムが首を切り落とされて死んでいるのをルームサービスの男性が発見します。ジョナサン・トムは、ナガ・ビジネス・サミット出席のためにデリーを訪れていました。国家公務員の警察官僚(Assistant Commissioner of Police)となったイムラン・アンサリがジョナサン・トム殺害事件の捜査を指揮することになります。
その頃、ハティ・ラム警部補は失踪した出稼ぎ労働者ラグ・パスワンの足取りを追っていました。ラグと寝起きを共にしていた男たちによれば、彼は仕事でよくナガランドへ出かけていたとのことでした。その後、ラグを捜してくれるよう強く訴えていた妻のギタは交通事故に遭って死亡。5歳の男の子が残されます。
鉄道駅の監視カメラの記録をあたるうちに、ラグ・パスワンが写り込んだ映像が見つかります。アンサリらが捜査しているジョナサン・トム殺害事件の重要参考人として、所轄のアウター・ヤムナ・パール署が捜すよう指示されていたローズ・リゾも同じ場所、同じタイミングで写っていました。ハティ・ラム警部補の担当する事件とアンサリ警部の担当する事件には接点がありそうです。
デリーでラグ・パスワンを雇っていた青果卸売商ジョギは不自然な人数分の鉄道チケットを購入、人を集めて何かを運んでいました。一方、ジョナサン・トム殺害に関して「氏のナガ・ビジネス・サミット参加はナガ人に対する裏切りである」との犯行声明が覆面の3人組によって発表されます。
登場人物(シーズン1との重複を除く)
[ナガランド/ナガ族関係者]
ジョナサン・トム:ナガ族のリーダー。デリーのホテルで殺害される。妻はアセンラ。レイチェルという娘がいたが16歳で亡くなっている。
ナガランドは1947年8月15日よりインドの一部となっているが、インドからの独立運動は続いている。歴史的にミャンマー、アッサム州との関わりが強く、住民の90%がキリスト教信者。
ナガ族は23部族からなる。ゆえにドラマ内でのナガ・ビジネス・サミットには多数の部族のリーダーが出席。民族としてはモンゴロイド系であり “いわゆるインド人” 特有の濃い顔ではなく、日本人などの東アジア人に近い。ナガ語はチベット・ミャンマー語族に属する。
ランソン・ケン:ナガ族のリーダーのひとり。タイジーンという女性に介護されている
ダニエル・アチョ:ジョナサン・トムの護衛兼殺し屋
カピル・レディ:インド政府の特別顧問。妻グレイスはナガランドでホテル「ルリ」を経営している
ルーベン・トム:ジョナサン・トムの息子。父とは対立。ナガ青年評議会のリーダー
ローズ・リゾ:ジョナサン・トムが殺害されたホテルの監視カメラに写っていた女性。ナガランド出身。ナイトクラブのホステスで、クラブのオーナーはドゥルブ・マリック
ビットゥ・ラーマン:元運び屋。口利き等、情報屋みたいなことをしている
エスター・シポン:ローズ・ウェイ リハビリ施設の医師でシングルマザー。娘はジェーン
ゴーシュ:ホテル「ルリ」の会計係
プラヴィーン・シンハ:ナガ・ビジネス・サミットの主催者側メンバーのひとり(内務省)
ニーラジ・バショリア:ナガランド在住の資産家
[警察関係者]
アナンド・バルドワジ:デリー警察の警視。警察官僚アンサリの上司
サトビル・ブラー:アンサリの部下。ターバンに髭ピンが目印
ヴィルク:シーズン1ではアウター・ヤムナ・パール署長だったが、デリー警察(本部)の麻薬取締課に異動になっている
ダルジート・シン:シーズン2におけるアウター・ヤムナ・パール署長
メグナ・バルア:ナガランド警察の警視。ニーモという息子がいる
アイザック・ロンクマー:ナガランド警察の警部補
キース・バスマタリー:ナガランド州コヒマ県の警視長。メグナらの上官
ジェームズ・スミ/サイラス:ナガランド警察の警官
[出稼ぎ労働者失踪事件の関係者]
ギタ・パスワン:チャプラからデリーへ出稼ぎに行った夫ラグと連絡が取れなくなったため、アウター・ヤムナ・パール署を訪れる。息子はグッドゥ
ジョギ(ジョギンダー):青果卸売商でラグの雇い主
マックス・リズー:麻薬の売人
マノージ:ラグの遠い親戚。ナガランドの市場で野菜を売っている
キショール:デリーでラグと同じ部屋で暮らしていた男
[その他]
バラ:ハティ・ラム警部補の義理の兄ジットゥの知り合い。金融会社の経営者(推定:闇金融)
ウザイア:アンサリの恋人
感想・メモ
否が応でも引き込まれる、素晴らしい演技陣
「パタロック~地獄に生まれし者たち~」は主役ハティ・ラム警部補(ジャイディープ・アフラワット)を始めとして、登場人物に “演じている感” がなく「各俳優のために用意された役柄」に見えますし「役の魂と俳優の魂が見事に重なっている」ように感じさせます。
もともとジャイディープ・アラワットが警部補を演じることを念頭に脚本が書かれたようではあるのですが、彼が演じるハティ・ラムがあまりに実存的であることに驚かざるをえません(ハティ・ラム・チョーダリーとジャイディープ・アラワットを重ねたときに、ぴったり一致していて隙間が生じていないのですよ)。
私はイムラン・アンサリ(シーズン1では副警部補としてハティ・ラム警部補をサポートし、シーズン2では国家公務員の警察官僚となっている)が大好き。シーズン1から「ゲイっぽい人だな」と思っていましたが、シーズン2で男性の恋人がいることが判明します。彼は警察官僚になる前と後では、住んでいる部屋のランクがかなり違います。恋人ができたのも官僚になってからと思われます。演じているイシュワク・シンもゲイなのでは(エビデンスなし)。そう思わせる何かをもっています。
ほかの出演者の活躍も見事ですが、ハティ・ラム警部補とアンサリのケミストリーなくして、このドラマの成功はなかったと思います。
一筋縄ではいかないインド社会を疑似体験できる
私はインドへ行ったことがないため、インドに関して触れたことのある情報が限られます。もっているイメージにも偏りがあることでしょう。
それらを補完する意味で、カーストのある多民族国家、差別と貧困の具体的イメージ、かなり独特な地域文化や紛争など、あくまでもドラマに描かれた内容を通じてではありますが、インド社会が “いかに多様で相容れない要素を含んだ混沌のなかで営まれているか” を疑似体験できるドラマでした。
インドは人口増加が見込まれるため、今後の経済発展が期待される新興国。しかしこれまでのプロセスやこれからのロードマップが複雑なのは、インド社会や人々が同じ方向を向いて、同じ歩調で確実に歩んでいくような基盤をもっていないからだと思います。つくづく日本はシンプルな国ですね(そして発展どころか後退モード)。
[ロケ地]
- チトラクートがロケ地となった初のケースであるらしい(シーズン1)
- ほかにもインド110以上の地点でロケを行った
- ナガランドは紛争地としての歴史をもつものの、ドラマでも言っていたように近年は観光客を呼び込むことに力を入れている。観光資源を活かしてのドラマ製作も政策の一環かもしれない(シーズン2)